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探偵ロミオとシンデレラの靴  作者: 鳴海悠一
2/12

第一話

 1


 初めましてみなさん。僕はレオン=コナー。アルカディア中央中学に通う中学生。

 趣味は読書。今やってるのは、怒鳴り散らすこと。


「あなたは本当に馬鹿ですね!」


 アルカディアの街外れ。草が生い茂る田舎にぽつんと建てられている建物。その一室にある事務所内に響く声。自身の声が近所迷惑になることなんて考えず、感情のままに言葉を吐き出した。タイムスリップができるなら、この男と出会わないよう人生を歩めるように変えてやるのに。


「どうして給料を全部使っちゃったんですか!今日は僕の給料日のはずでしょう!?」

「酒場のツケが溜まっていたから、払わないともう一生酒を飲めなくなる。マスターにはヴァンパイアの引き渡しまで任せちゃったから、割り増し分も払わないといけなかったし。やむを得なかったんだよ。これ以上あの店に迷惑を掛けるわけにはいかなかった」


 ソファに横になりながら弁明している男に、同情の余地なんてない。そもそも悪びれている様子すらない。テーブルの上には酒瓶がずらりと置かれており、酒のつまみの匂いとアルコールの匂いがダメなベクトルで配合されていて、全身から発火しそうな程怒りが込み上げており、かわいいウサギを見ても怒鳴りそうだ。

 僕が怒りの対象としている男の名前はロミオ。『探偵ロミオ』という名前の通り探偵事務所を営んでいる彼の下で、僕は助手として働いている。付き合いとしては約2年くらいだけれど、未だに幼稚なことで説教を始めることが多い。僕は中学生で、彼は一回り以上年の違う大人だと言うのに……。


「ロミオさんは知っているでしょう?僕にはお金が必要なんです!どうしても給料貰わなきゃ生活が苦しいんです!」

「まぁ落ち着けよレオン君。仕事依頼書が沢山ポストに投函されているはずだ。それをこなしていけば、給料なんて簡単に手に入る。今月は弾んであげるから堪忍してくれ」

「へぇ、ポストに沢山ね。僕が見たポストには依頼書なんて一通も入っていませんでしたけど?」

「隣の家のポストを見たんじゃないのか?」


 朝から顔を沸騰させている僕の身になって考えて欲しい。これから学校に行かなければならないから時間が無い。ソファでぐうたらと横になり、服も着替えず酒を飲んで寝落ちをしていた男に対して説教をしている時間が惜しい。

 そもそも、僕が今日貰える筈の給料を勝手に使ってしまうだなんて、絶対におかしいじゃないか。人のお金を勝手に使うなんて犯罪だ!

 怒りのあまり、テーブルの上に乗っていたヴァンパイア逮捕の依頼状を手に持って、くしゃりと握りつぶした。


「いいですか。暗殺を行っていた男と、それを手助けてしていたヴァンパイアを逮捕する依頼が来て以来、ロミオさんのとこに来た依頼はゼロですよ?どうしてなのか知っていますか?この街の人たちはあなたのことを良く思ってないからです。それじゃあ仕事の依頼なんて入るわけもない」

「ヴァンパイア騒ぎの時は来ただろう。今の世の中は恐ろしいご時世だからなぁ。悪人と化け物が蔓延り、そろそろゾンビでも出てくるかもしれん。そうなったら、俺達の出番だ」

「“僕の出番”です。ロミオさんは戦闘専門外でしょ」

「優秀な助手が居て助かる」

「だったら給料払ってください」

「難しい要求だな」


 僕は破裂するんじゃないかってくらい頬を膨らませた。

 どうしてロミオさんが嫌われているかって?それは簡単。女癖、酒癖が悪すぎる所為だ。時によっては恋仲にある男女関係を意図も容易く引き裂いたり、至る所の酒場で飲むのはいいものの、ツケを払わず未だに借金をしている店がいくつもあるからだ。探偵という職業柄、気を良くして接してくれる人も多くない。そして何より、彼は人と話すのが大の苦手だ。人という者に対してどこか疑心暗鬼になっている部分があるらしく(彼の基準で言う可愛い女性や美しい女性は対象外となるらしい)、仕事の話をするのは基本的に僕の役目だ。

 そんなこんなで、僕がこの事務所を切り盛りしているような立ち位置だと言うのに、この男は朝から酒を飲み仕事を探すこともせずにぐうたらと……将来、絶対にこんな大人にならないと誓おう。


「そろそろ学校だろレオン君。早く行った方がいいんじゃないか?」


 何を言われても癇に障る。彼の右目に付けている紫色の片眼鏡を破壊してしまおうか?


「そうですね。その方がよっぽど為になる」


 事務所内がゴミだらけなので、学校が終わった後に寄って掃除をしないといけない。

 ソファで一生ゴロゴロしている男は絶対に掃除なんかしない。こんなに僕が起こっているにも関わらず、寝転がっていたせいで皺くちゃになった白いワイシャツを替えようともしない。外に行くときはびしっとタキシードを着て、黒いシルクハットを被る。それがこの事務所の正装、というか彼の私服らしく、事務所内では上着を脱ぐだけで、他の服に着替えない。

 何着も同じ服を持っているため、服に関しては一切興味を抱かないらしい。


「それじゃ、行きますね」


 足の踏み場もない床を、なんとかゴミを避けながら歩いていく。扉から出て行こうとした瞬間、頭の中にふとビジョンが浮かび上がった。

 もしも、ロミオさんが人に好かれれば?

 嫌われているイメージを払拭するのは難しい。カレーを食べた後の汚れみたいなものだ。

 例え女癖、酒癖が悪いゲス野郎であっても、彼を尊敬できる点はいくつもある。じゃないと、僕は彼と一緒に居られるわけがない。

 彼の持つ素晴らしい特色の1つで、人生を賭けても超えられないと思うものがある。

 天才的な推理力。

 推理することで全てがわかり、まるで未来を視ているかのように次々と目的を達成するために行動していく。その推理力を駆使して、不可解な事件をあっという間に解決してしまうのだ。殺人事件だけではなく、人々の悩みも解決できるその力は、僕に持つことはできないだろう。

僕らの住むアルカディアという街だけではなく、世界規模で見たってこの力を持っている人が居るとは思えない。


「ねぇロミオさん」


 僕はドアノブに伸ばしていた右手をひっこめ、ロミオさんの下へとゴミを蹴散らしながら歩み寄っていった。


「学校に行かなくていいのか?」


 眠そうに目を擦り、喉の奥まで見渡せそうな欠伸をして返事をする。


「仕事が舞い込んで来ないんだし、人に好かれることをして興味を引いたらどうです?探偵なんだから、殺人事件以外の仕事をこなしたっていいでしょう?」

「断る」


 息もつかせぬ即答だった。


「どうしてですか?人助けが巡り巡って、今後の仕事に繋がることだってありますよ」

「人と話をするのも嫌だし、人の悩みの解決といえば、大抵浮気の調査とか猫の捜索だ。そんなことに俺の貴重な人生の時間を使ってられない。そうだろう?え、違う?そんなことはないだろー」


 探偵の隅にも置けない発言だ。おまけに一人芝居まで始める始末。この人は、たまに一人芝居をして誤魔化そうとする癖がある。出会った時からこうだ。


「人生の貴重な時間をお酒だけで過ごすよりはよっぽど有意義だと思いますけど」

「酒は私にとって有意義なものだ。だから、別に無駄ではない」


 再び大きな欠伸をし、そのまま寝ようとするロミオさん。このまま彼が寝てしまうのは癪に触るが、大事な授業をサボるわけにはいかない。

 僕は早くもいびきで爆音を奏でている男を尻目に、事務所を後にした。




 事務所から学校までの道のりは歩いて30分くらい。事務所は田舎にあるけれど、学校の位置はどちらかというと、街の中心部寄りだ。

 田舎を思わせる雑草が生い茂っている散歩道が一転して、レンガで舗装された道のりに変わる。周りの建物も、どんどん背を高くする。

 人気が多い場所に入れば入るほど、つい委縮してしまうような光景が広がる。

 少しぼろぼろで、泥がズボンのあちこちについているような大人たちが、朝からカードやサイコロを使って賭け事に明け暮れている裏路地。警察の格好をしているのに、裕福な市民からお金を受け取り、それを良いことに悪事を働く大人達。子供はこんな怖い道のりを歩いて、学校に行かなければならない。


「おい坊主。小奇麗な服装だな。もしかして、金持ちの息子か?」


 お肉をたっぷり蓄えたお腹が、目の前にどんと現れた。顔を見上げると、ひげ面をした額や頬に傷がある、いかにも悪人ですといわんばかりの大人が立っていた。パッと見て大工の親方かな?と思ったけれど、この人は真面目に働いていなさそうだ。


「お前を使えば、パパはいくら金を払ってくれるかな?」

「生憎お父さんは居ないんですよ。もう行っていいですか?」

「じゃあ、お母さんにでもお金払ってもらおうかなぁ?テメェの面を見たらわかる。きっと美人なんだろうよ。髪も男らしくない艶やかな銀髪だしな」


 このおっさんの発する言葉に嫌気がさして、裏路地まで殴り飛ばしてやろうかと思ったけれど、そんなことをして退学にはなりたくない。ロミオさんから“人を吹き飛ばす”のは十分気を付けるようにと釘を刺されている。こんな所で暴れるわけにはいかない。


「悪いけどおじさん。どいてくれる?」


 脅かしてやろうと、一瞬だけ右手に力を込めた。おじさんは僕の顔を見ると、茄子みたいな顔色して、慌てて逃げて行った。


「ろくでもない大人ばっかり」


 路地に吐き捨てるように言葉を口から出した。

 この街は悪が蔓延っている。ロミオさんの知り合いで、警察官を務めている人が居る。その人が、アルカディアの街の惨状を語っていた。魔法と機械技術で栄え、一見平和に見える場所にも悪の手が忍び寄り、裏では法律とは無縁な世界が広がっている。あちこちに伸びる魔の手を、善良な心を持つ一握りの警察だけでは払底することは到底できず、貧困で喘ぐ人たちは増える一方だった。この街で働くロミオさんは、ただお酒と女の人のために使おうと考えているだけじゃなく、この街をどうにか住みよい街にしたい思う心があるみたいだった。

 彼と初めて会った時がそうだった。その時、彼の力と意思を知って、僕は彼の元で働き、知識と経験を得たいと思ったのだ。

 それがどうにも上手くいかないみたいで、天才的に優れた人でも、この街を良くすることは適わないらしい。力があれば、全てを思うがままにできるというのは大きな間違いみたいだ。


「あのぉ……」


 路地を歩きながらぼんやりとしていた所、僕を呼ぶか弱い声が聞こえた。


「すいません。マッチを買ってくれませんか?」


 赤いフードを被り、目元はよく見えなかった。フードから少し覗かせる艶やかな金色の髪が、可愛らしい容姿を想像させた。

 こんな風に考えるのは、女好きのボンクラの下で働いている所為かもしれない。


「一つ下さい」

「あ、ありがとう……」


 僕はポケットからいくらかの小銭を出し、そっと彼女に手渡した。

 彼女は左腕に藁で出来た籠を持っていて、その中に沢山のマッチ箱を入れていた。

 赤いフードからひょっこり覗かせた顔は、想像以上に可愛らしくて、思わず胸がどきっとした。目は丸く、鼻は少し小さめ。かわいいお人形さんのように顔立ちが整っている。

 ぱちりと瞬きして僕のことを首を傾げながら見つめてきた。おっと、見入りすぎた。


「どうぞ」


 彼女から5本入りのマッチ箱をポケットに入れて、小さくお辞儀をした。

なんとなくもう少し話をしていたい気もしたが、遅刻をするわけにもいかない。僕は学校への道を再び歩き始めた。すると、後ろから小さくか細い声が、僕の耳に届く。


「ヴァンパイアなのに、優しいのね」

「え?」


 後ろを振り返ると、もう彼女は居なくなっていた。つむじ風が僕の頬と髪を撫でる。何か見てはいけないものを見てしまったのではと、ぬるく感じた風がひんやりと冷たく思えた。

僕がさっきおじさんに絡まれた時、右手の力を込め、右目を赤く光らせた。それはヴァンパイアが魔力を発する前に表わすサインで、大抵の人たちはこの目を見ると怖がって居なくなる。なのに、彼女はどうして……。

 

 


 学校が終わると、僕は誰とも話さずに、すぐ学校を出た。

鞄を肩に掛け、僕は走って事務所に向かった。レンガ道を走り抜け、舗装された道が砂利道へと変わり、雑草が生い茂る田舎風景が広がる。

曇り空の下、ぽつんと建てられているこのレンガ造りの建物を見ると、どことなく幽霊屋敷に見えなくもない。

二階にある事務所に戻ってきて、僕は登校途中にあった話をロミオさんにした。マッチを売っていた少女の話はしていないけれど。

ロミオさんは酩酊している様ではなかった。しかし、僕が学校に行ってここに戻ってくるまで、ずっとお酒を飲んでいたみたいだ。仕事用デスクの上に、びっしりと酒瓶が並んでいる。お酒に対してどこまで耐性があるのか、計り知れない。


「それでですね…………」


 この街が、どれだけ悲惨な状態にあるのかを淡々と話した。ロミオさんが胸の内に秘めている希望を、仕事に反映させて実現してもらうためにも、このぐうたらな生活から抜け出して貰わないといけないと思って、必死に話をした。

 傍から見ると、こうして話をしている僕はまだまだ幼い小学生に見られるだろうなと思った。

 話を一通り聞き終わったロミオさんは、飲んでいたグラスをテーブルに置いて、親指と人差し指で眉間を軽く擦った。


「なんでかわいい女の子に出会った話はしないんだ?」

「へ!?な、なんで知っているんですか!僕は何も言ってないじゃないですか!」

「そこまで顔を赤らめながら反論しちゃ、僕はかわいい子にハートを射抜かれました。告白したくてたまらないくらいかわいい子だったんです。って言っていることと同意義だぞ少年」


 ぐうの音も出ない。


「真面目一辺倒なレオン君がそこまで意識するのは初めてかな?いやいや違う。あれは小学6年生の時の……」

「僕の話はいいです!」


 話をしていないことすら見抜かれているんだから、熱く語らずには居られない想いを持っていることを欲しい。わかっていて素っ気なくしているとは考えたくなかった。

 僕が街の惨状と、どういうことをロミオさんにして欲しいかを熱烈に語った。彼は眉間に皺を寄せて、嘲笑にも似た笑みを浮かべた。


「レオン君。考えてみろよ。私一人があれこれやったところで、この街の腐敗を治療することはできない。何をやっても無駄っていうもんさ」

「それでもロミオさんは、僕と出会った時に、この街のために何かしたいって言ってましたよね?あれは嘘なんですか?」

「その時々で考えは変わる。問題に着手してみて、困難だとわかることもあるだろう」

「ロミオさんは、人助けのために探偵になったって言ったでしょう?それは嘘だったんですか。それとも、ジュリエットさんが」

「嘘じゃないさ」


僕の言葉を遮るように、彼は言葉を吐き出した。


「願っても、叶えられないことだってこの世にはあるさ。子供にはわかるまい」


 酒の匂いが漂ってくるだけで、彼の頬はちっとも赤くない。

意地でも、この人を世間から評価してもらいたいと、僕の心中は意地っ張りになりだしていた。

だって、素晴らしい推理力があるのに、人のために使わないのは勿体ない。


「私はただの人間だが、レオン君は違う。ヴァンパイアなんだから、私よりもっと人のために役立つだろう」

「ヴァンパイアは、“日の当たる場所”には、出られない存在です」


 アルカディアでは、ヴァンパイアが幾度も事件を起こしており、その存在を疎ましく思う人物が沢山居る。僕の学校でもそうだ。誰も僕に話しかけようとはしないし、僕が何をしているかなんて興味も持たない。

 僕がそのことを気にしているのだと傍から見て察したらしく、ロミオさんは罰が悪そうに頭を掻いた。


「レオン君。人のために役立つ存在になるっていうのは、とても難しいことなんだよ。私がこの街に来たのは、とある目的のためというのは知っているね。私がジュリエットを取り戻すためには、まだまだこの街で研究しなければならない」

「でも、人助けをするために探偵をやっている。それは嘘じゃないですよね?」

「嘘ではない。だが、私が常に善良な人間だとは限らないさ」


 彼からその言葉を聞いた瞬間、とある閃きが、瞬時に頭の中を駆け巡った。我ながらいい思考をしている。


「ロミオさん。ちょっとお仕事を探してきますね。ロミオさんが好かれるような仕事を」

「だから、私はやらないと言っただろう」

「助手の僕が全て話をまとめますから大丈夫ですよ。任せてください!」

 僕はとんと胸を叩いて見せた。彼は、僕がにやにやしているのを見て、何かよからぬ事が起きると察知したのか、大声を発した。

「私は絶対にやらないからな。絶対にだ!」




「来て下さったのですねロミオさん。さぁどうぞ、お入りください」


 笑顔を浮かべようと必死だけど、顔が引き攣っており、目が血眼状態。その顔を例えるなら、ホラー映画の悪霊みたいに禍々しくて怖い。どうして自然な笑顔を作れないかな……。


「実は先日の台風で屋根が破損してしまいまして。私が直したいところですが、足を怪我しておりまして。どうか、お願いできますでしょうか?」


 杖を突いている白髪のお爺さん。足を怪我していようがいまいが、杖をつきながら腰を折って歩く姿を見ては、屋根を修理するのは無理だと誰でもわかることだ。

 学校帰りに仕事探しをするためにあちこち回っているうちに、家の外で屋根を見上げるお爺さんを見つけ、声を掛けてみた。事情を聞いた僕は、これぞ人助けになると思い、一も二もなく依頼を引き受けた。


「任せてくださいね。すぐに取り掛かりますので」

「レオン君、ちょっと」


 僕の袖をぐいとつかむと、耳元でこう囁いた。


「いつから私は大工になった?」

「これも人助けですよ。ちなみに、代金は結構ですって言ってありますから」

「なんて身勝手な!」


 この世の絶望を迎えた時に浮かべそうな表情をしている。ムンクの“叫び”にこんな顔をした人が正面に描かれていたような。


「文句を言わずに働いてください。それが嫌なら、さっさとお金になる仕事を見つけること!」

「君って奴は……」


 無理やり彼にトンカチや釘を持たせた。ぶつぶつ文句を言った後、トンカチの持ち手を口に咥え、釘をポケットに入れてハシゴを上り始めた。

 僕は下から必要な工具をさっと渡す役目。ヴァンパイアの体がこういう時に便利なのは、軽くジャンプするだけで二階建ての家の屋根裏くらいは呆気なく届いてしまうということだ。

 ぴょんぴょんカエルみたいに飛び跳ねる僕を見て、依頼主であるお爺さんは、口をぽかんと開けていた。




 正午になる頃、作業を終えた僕たちは、居間に居る依頼人の元へと向かった。


「無事屋根は修理できましたよ。少し脆くなっている部分も補強しておいたので、心配する必要なないと思います」

「君じゃなく、私が修理したんだが?」

「細かい事は言わないのが探偵ですよ」


 深いため息をつくロミオさんを見ていると、なんだか心がくすぐられる。


「ここまでしてくださったのに、本当にお代をお支払いしなくていいんですか?」

「僕が最初に言った通りです。結構ですから」


 僕がそう言うと、お爺さんは僕とロミオさんに熱く拍手をした。


「ありがとうございました!このご恩は忘れません!」


 ずっと無表情だったロミオさんも、あれだけ愚痴を零していたくせに、仕事が終わると少し満足気だった。決してその気持ちを口にすることは無かったけれど。それでも僕から見れば、これは一歩前進だった。

 

 最初に屋根を修理した時から、その依頼人から人伝にロミオさんの噂が広まり、鍵が古いから交換して欲しいという小さい事から、巨大蝙蝠を討伐して欲しいなんていう奇怪な依頼も引き受けた(主に退治する仕事は僕がしていたけれど……)。

 アルカディアには、魔法と機械が溢れている。魔術師の悪行を成敗することもあれば、突然暴走した人型機械を破壊する仕事を行うこともある。

 そんなハードスケジュールをこなしつつも、害虫駆除を行ったり、畑の作物を収穫する手伝いもした。一部の仕事を除いて、ほとんどの依頼はお金にならないものだったけれど、僕は人生に必要な経験だと思ってやっていたし、話をしようとすると蕁麻疹が出るという、生粋の人とのトーク嫌いなただのクズ野郎だったロミオさんも、心なしか楽しんでいるように見えた事が多々あった。


「夜中に足音が毎晩聞こえてくるんです。幽霊じゃないかとひやひやしているんですが……」

「大丈夫です。先ほど我々で調査を行いましたが、心霊的な現象ではなく、屋根裏に潜む猿が原因だという事を突き止めました。今、ロミオが野に帰しますので、もう少々お待ちを」

「レオン君!助けてくれ!鼻を引っかかれた!!」


 そんなこんなで、事件を解決するたびに、ロミオさんのいい意味での知名度がぐんぐんとアップしていった。アルカディアではただの女好き、酒飲みとしか認識されなかった彼も、探偵として有能であるという事実が漸く日の目を見た。

 心霊事件という名の、お猿屋根裏事件を解決して事務所に戻った後、ロミオさんは仕事用のデスクに腰かけ、手を顎に当て、ずっと考え事をしていた。


「どうしたんです?」

「不思議なんだよ。いや、どうにも分析できなくてね」

「と、言うと?」

「依頼を達成した後、人から感謝されるとすこぶる気分がいいんだ。感謝されただけで、こんなにも気持ちが高揚した事がない。おかしいだろ。こっちは依頼料をこれっぽっちも貰っていないんだぞ。なのに……」

「人助けをすると気持ちがいいもんですよ。お金は関係ありません」

「女性とのキスの方が気持ちいいはずだ」

「中学生にそんなこと言わないでください」

「いずれ君も通る道だ。知っておいて損はないぞ。なんなら仕事で出た給料で一緒にキャバクラにでも」

「行きません!」


 なんていう下らない問答はあったものの、僕は内心嬉しかった。酒ばかり飲んで女の人の胸ばかり見ているクズだった男の成長を見られて。

 中学生なのに、どうして親心の様な目で彼を見なければならないのか。心労が募りすぎて、白髪になってしまいそうだ。と、思ったけど、僕はそもそもヴァンパイアだから純度100%の銀髪で、白髪になっても対して変わらないんだった。あはは。


「給料が増えないのは困るが……まぁ、その、なんだ。どうせ仕事の依頼もないことだし、暇つぶしにはなるから、今後はああいう依頼も請け負っていいかな」

 満面の笑みを、彼の言葉への返答として返した。


 翌日、僕とロミオさんは銀行へと向かった。基本的に無償での仕事を多く請け負っていたが、それでは申し訳ないと、僕らに報酬を与えてくれる人たちが居た。その給料を、ロミオさんは僕にくれるらしい。なんとも珍しいことだ。いつもならお酒と女の人に使ってすぐに無くなっちゃうのに。


「曇り空なのが勿体ないですね。折角だから、ロミオさんと一緒にどこかへ出掛けようと思っていたのに」

「アルカディアで観光するような場所なんてこれっぽっちもないぞ。それに、私じゃなくてかわいい女の子とデートしてくればいいのに」

「まだそれを引きずりますか……」

「親代わりとして一緒に仕事をしている私としては、君がどんな女性を連れてくるかが楽しみでね」

「やらしい目で見るに決まってます」

「息子の嫁に手を掛けようなんてことは絶対に考えないさ。安心したまえ」


 何が安心したまえだ。言ってる側から、彼は道行く女性達の中で、自分好みの女性が居ないか徹底的に探していた。恐らく、白い日傘を差している、ドレスを着た女性が一番だろう。なんでだって?それはその……ほら。豊満なむ、胸が……。


「やれやれ。君も大人になったな。男は成長が早い」


 腰をどついて、地面に転ばせてやった。いい気味だ。


「レンガ造りの路面は転ぶと痛いんだぞ?」

「知ってます。計算通りですね」

「悪名高いヴァンパイアになる未来が今はっきりと見えた」

「悪名高い名探偵の元で育ったからですね」


 いつもの何気ない会話をしていると、すぐそこまで近づいた銀行から、女性の大きな悲鳴が聞こえてきた。

 僕とロミオさんは顔を見合わせ、すぐさま銀行へと走って乗り込んでいった。

 扉を開けてみると、広い空間に何人もの人々と銀行員の方々が、黒い覆面をした男三人の銃に怯え、両手を頭の上に乗せ床に伏せていた。

 一人が天井に向かって銃を放ち、一人は大きな鞄を持って待機。もう一人は銀行員を脅して金を出すように要求した。

 これは180度回転して見たって、銀行強盗にしか見えない。


「なぁレオン君。どうして逆立ちしているんだい?」

「ロミオさんはいつも、様々な視点で物事を見ろって言うじゃないですか」

「視覚的な意味で言ったつもりはないんだが」

「おいそこのガキ!何やってやがる!」

「逆立ちしているのもわからないんですか?」

「ふざけたガキだぜ……」と言って、強盗の一人が僕を捕まえようとする。逆立ち状態から、両足を鋏の要領で男の腕を挟んで引っ張る。その反動で強盗は地面へとぐるりと転がり、ロミオさんはすかさずポケットから魔装拘束具を取り出した。

警察も所持している、最高級の拘束具。これを嵌められた犯人が、逃げる術はない。流石ロミオさん。色んな意味で手が早い。


「テメェ!何してやがる!」


 ロミオさんに銃口を向ける男に近づくと、男は必死の形相で僕に銃口を向けようとした。でも、その動きはまるで、映画のシーンを100分の1倍速に切り替えたみたいで、遅すぎて欠伸をする余裕はあった。


「お、お前化け物か!?」

「失礼ですね」


 僕の身長だと少し届かないので、軽くジャンプをしてから男の首にチョップを当てた。すると、威勢を張っていた男は脆くも床に崩れ去った。


「な、なんだこいつら!」


 最後に残った男は、お金をぎっしり詰めた黒いバッグを持ったまま銀行から逃走しようとする。


「レオン君。鬼ごっこをしたいらしい」

「僕は給料貰いに来たんですけどね」


 銀行から逃げようとする強盗は、人の少ない道の入り組んだ裏路地へと駆けていく。


「待て!」

「レオン君。奴はこのまま路地の地形を利用して逃げるつもりだ。いいか、左に追い込むように攻撃を仕掛けろ」


 僕とロミオさんは三叉路に差し掛かると、二手に分かれて行動を開始した。

 僕は右手から道を駆けていく。だけど、その先は行き止まりだった。

 すかさず元来た道を戻り、再び三叉路に差し掛かった。すると、女性の甲高い悲鳴がロミオさんの向かった道筋から聞こえてきた。

 ロミオさんが犯人と対峙している大通りへ着くと、強盗は小さな少年を腕の中へ抱き、ナイフを首元に突きたてようとしていた。


「お前ら!これ以上近づくとこのガキを殺すぞ!」

「人質を取るなんて卑怯だぞ!」

「レオン君。そんな言葉は無意味だ。もっと論理的に物事を考えろ。焦る必要はない。君の力ならば」


 そう言うと、ロミオさんはポケットから、小さなビー玉を取り出した。

 それを見て全てを察した僕は、すかさず犯人へと駆けだした。犯人が僕に銃口を向けるが、それじゃもう遅い。ロミオさんが宙に浮かせたビー玉から眩い光が当たりに降り注ぐ。駆け出していた僕は人質になった子供の両目を片手で覆い、犯人から引き離した。

 ビー玉に見えるそれは、こういったシーンで使える目くらまし。アルカディア産の精密機器だ。これも犯人逮捕のために使われる“警察”のものなのだが、いったいどうやって入手したんだろうか……。

 それはさておき、犯人の目が開く頃には、僕とロミオさんがじっくりと眺めるくらいには距離を詰めていた。人質になっていた子供は、母親の下へ無事戻した。


「あ、あぁ……」


 腰を抜かした犯人は、その場に尻餅をついて動かなくなった。震える手をポケットに入れ、銀色に光るナイフをこちらに向けようとする。だけど、ヴァンパイアである僕じゃなくても、人質になっていた子供でさえあっさりとそのナイフを奪えそうなくらい怖くなかった。


「さて、この状況からどう逃げる気かな?」

「逃げようとしたら、容赦しませんよ?」


 どたばたと、沢山の人たちがこちらに走ってくる足音を聞いて、ロミオさんは深いため息をわざとらしくした。


「タイミングよく来るのは、いつも犯人が逮捕されるか逃がされてからだ。よくまぁ、そのタイミングだけは外さないもんだ」


 こういういい所で警察の人たちが来るのはお決まりみたいで、険しい顔したおじさん達が、次々と犯人の周りに集まった。

 一人に対してそんな群がらなくてもいいのになぁ。


「ご苦労だったなロミオ。素晴らしい手柄じゃないか」


 無精ひげを生やした警察官が、ロミオさんに敬礼した。するとロミオさんはやる気がなさそうに、軽く敬礼してそっぽを向いた。

 てくてくと、人質になっていた野球帽を被っている短パン半袖の背が小さな男の子が、ロミオさんの下へ、目を輝かせながら近づいてきた。


「ありがとうおじさん!かっこよかったよ!」

「お、おじ……」


 この光景を見て、僕はお腹を抱えて笑い転げた。顔を真っ赤にして怒っているロミオさんを見て、助けた子供も一緒に笑っていた。

 実年齢28歳のロミオさんが、一番気にしているのは年齢。見た目は確かにホスト顔負けなイケメンかもしれないけど、寄る年波には勝てないってわけ。


「レオン君……何をそんなに面白がって居るのかな?」

「何でもないですよ。おじさん」


 僕の頭を鷲掴みにすると、赤く目を血走らせながら睨んできた。


「お兄様とお呼びなさい。お兄様と」

「僕と15も歳が離れているんですよ?おじさんに決まってるじゃないですか」

「ヴァンパイアボーイとて容赦はしないぞ」


 僕ら二人が口論していると、路地に集まっていた野次馬のみなさんが、何故か僕らに拍手をしていた。

 先ほど銀行強盗を連れて行った警察官のおじさんが、民衆に向けて演説を行っていた。


「本日の銀行強盗は、アルカディアで最も頭脳明晰な名探偵、ロミオによって捕まりました。彼とその助手、レオン君に盛大な拍手を!」


 買い物袋を持っているおばさんも、杖をついているおじいさんも、帰り際にたまたまここを通った高校生くらいのお兄ちゃん達も、みんな僕らに盛大な拍手を送ってくれた。


「素晴らしい!ロミオが犯人を逮捕したぞ!」

「あいつはただの女好きかと思ったが見直したぜ!」

「悪いやつをやっつけるヒーローみたいだ!」


 ロミオさんは頬を恥ずかしそうに掻くと、僕をちらりと見た。


「ヒーローは、言いすぎだと思わないか?」

「褒め言葉は素直に受け取りましょうよ」

「毎回思うんだが、君は少し大人っぽすぎじゃないか?もっと中学生らしくしたらどうだ。キャンディ奢ってやるから」

「それ、自分が食べたいだけでしょ?それに僕はヴァンパイアですからね。人間の成長でいう13年と、ヴァンパイアの13年じゃ少し違うんです。それに、ロミオさんと色んな事件に関わってきたから、考えが達観している気がします」


 周りの人から称賛を受けるのは、お金や見返りなど関係なく幸福なものなんだと、勉強することができた。



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