路地裏の天使
先に言っておきますが、これはファンタジーではありません!
男は路地裏にいた
その路地裏はまるで、昭和か下手したら大正時代を思わせる程のレトロな雰囲気を醸し出していた
おでん屋に焼き鳥屋、居酒屋や謎の電気工場
閉まっているシャッターには余すことなくスプレーで落書きがしてあった
「、、、どこですかここは、、、」
男は自転車に乗りながら足をつき、周りを見渡した
この男の名は片羽祛
今年、一年生になる大学生だ
この進学を機に片羽の一人暮らしが始まった
謎の路地裏にたどり着く一時間前
片羽は住みたての部屋の中にいた
「よーっし、なかなか片付いたかな、、、」
片羽は家具だけが置かれ、ダンボールなどのゴミを全て端に寄せた部屋を見て満足そうに呟いた
「うんうん、部屋っぽいなぁ」
ゴミを避けながら窓際まで歩き、カーテンをガラッと開け日の光を部屋に入れた
「母さんには反対されたけど、、、やっぱここに決めてよかった!」
片羽はベランダから見える景色を見ながら清々しい気分で言った
片羽が引っ越した場所は大阪府ニ志成区
大阪と言えばやはり少し怖いイメージだが、ニ志成はその中でも更に治安が悪いとされる街だった
「母さんはニ志成の事を、日本唯一のスラム街だ、なんて言ってたけど、、、全然そんな事ないじゃん 目の前にファミレスもあるし」
初めての一人暮らしで浮き足立つ片羽は、楽しそうに呟きながらベランダの窓を閉めた
「まあゴミの片付けは後にして、、、ちょっと探索してこようかな!」
片羽は近所で手早く自転車を買った
「お〜、なんかいい感じだなぁ」
自転車屋の前で呟きながら、片羽は自転車を走らせた
(やっぱ大阪は都会だなぁ〜!僕がいたとことは全然違うなぁ〜!聞こえてくる言葉、全部大阪弁だし!)
見渡す限りが全て建物であるという事さえ珍しい片羽は周りを見て完全に浮かれていた
スーパーやコンビニ、カラオケ、ボウリング、ゲーセン、パチンコ、更にそれら全てが備わっている大きなデパート 自転車で行ける範囲にこれら全てが揃っている事だけで、片羽はとても嬉しかった
(治安が悪いなんてウソじゃん!そもそも埼玉人の母さんがそんな事知るわけないし、だいたい現代の日本にスラム街なんてあるわけないもんね!)
片羽はそんな事を考えながら大通りを真っ直ぐ道沿いに走っていた
そして現在
「、、、どこですかここは、、、」
片羽は、自転車に乗りながら足をつき、周りを見渡した
「なにここ、、、日本だよね、、、?」
鉄筋が剥き出しの壁はよくわからない汚れが付着しており、その付近には大量のゴミやダンボールが置いてあった
(それに、、、さっきから家なき子、、、っていうか家なきおっさん達がたくさん、、、)
片羽は恐る恐る周りを見渡した 髭や髪が伸びっぱなしのおっさんが汚いカバンを背負いながら歩いている
(な、なんだよここ、、、汚い場所だなぁ、、、)
片羽は怪訝な表情で一旦自転車を止め、少し考えてみた
(、、、僕、大通り走ってたよね、、、?それがいつからこんな路地裏に、、、?)
片羽は手を口にそえ、眉間にシワをよせる
(そうだ、、、確か交差点で、自転車で通れない道があって、とりあえず曲がって、、、そのまま大通りに戻れなくなって、、、なんとなく流されて、、、)
片羽は今通ってきた道を思い出し、一つ一つ現状を整理していた
ガサガサッ
「っ!?」
片羽はビクッと反応し、音がする方を見た
大量に積まれているゴミやダンボールの中から、おっさんが出てきたのだ
(えっ、、、ひ、人が住んでたの、、、?)
片羽はだんだんこの場所が怖くなってきた
「かぁ〜っ!ペッ!」
そのおっさんは片羽を怪訝な表情で睨みながら疸を吐いた
(な、なんなんだよここぉ!?え〜っと、どっちからきたんだっけ、、、?)
片羽はとりあえずスマホの電源をつけ、マップで現在地を確認しようとした
「なにしてるの?」
「えっ、、、」
不意に声をかけられ、片羽はバッと顔を上げた
そこには、この路地裏には到底似合わない天使のような佇まいの女の子が立っていた
「、、、っ、、、」
片羽はその女の子を見ながら思わず息を飲んだ
(天使、、、?)
何故か片羽の脳裏にはその二文字が浮かんできた 片羽の目から見るとその女の子の背中には、白き翼がついているようにも見えた
「、、、、、」
「ふふふ、ボーッとしてる」
呆然としている片羽を見ながら、女の子はクスクスと笑った
「あ、いや、えーっと、、、」
「なにしてるの?こんなところで?」
女の子は重ねて片羽に質問した
「へっ?あ、ああ、ちょっと迷っちゃって、、、」
「あなた、この辺りの人じゃないみたいね?」
オロオロする片羽に対し、女の子は落ち着いた態度で更に質問した
「え、、、う、うん 大学の為に引っ越してきたから、、、」
「へー、、、」
女の子はジロジロ片羽を見ながらゆっくりと頷いた
「じゃ、せっかくだし遊んでいく?」
「、、、は、、、?」
女の子はそう言いながら片羽を手招きした
「こっちよ」
女の子は片羽に背中を向け、歩き出した
「え、、、ま、待ってよ!」
片羽は慌てて女の子を追いかけた
「てゆうか、、、君、名前なんていうの?」
「私の名前?」
「う、うん」
聞き返す女の子の言葉に片羽は頷きながら答えた
すると女の子はクルッと振り返り、ニコッと笑った
「私は、、、城木翼」
「っ、、、白き、、、翼、、、?」
片羽は驚きながら城木の言葉を繰り返した
「ええ、お城の城に、木曜日の木、翼はそのまま一文字で翼」
城木は空中に文字を書くようにして説明した
「えっ?あ、ああ、そっか、、、城木、、、か、、、」
「あなたは?」
城木は歩きながら片羽に質問する
「僕は、片羽祛 片方の羽って書いて片羽 祛は、、、使われてるの見たことないんだけど、示すに去るって漢字で祛」
「へぇ、、、祛、、、」
城木は頷きながら片羽の名を繰り返し、高架下に組み込まれている建物の引き戸を開けた
「へ、、、なにここ?」
「いいから」
城木はのれんを分け、中から片羽を手招きした
「、、、、、」
片羽は少し怪しみながらその中に入った
「ハハハッ!またワシの勝ちやなぁ!」
「かぁーっ!ええからもっかいせえ!もっかいや!」
「あっこの店も警察が入ったらしいど?しばらくは近寄らん方がええな」
「ほぉー、時代やのぉ」
中に入ると居酒屋で、早口な関西弁が飛び交っていた しかも全員が50代から70代であろうおっさんばかりである
「え、、、え?」
片羽はひたすら動揺した 表通りの華やかで派手な街から一転、薄汚い場所で怪しい会話をしているこの場所は完全に別世界だった
「おーつばっちゃん!いらっしゃい!」
「お前の店とちゃうがな!」
客同士のそんなやり取りにワッと笑いが起こった
「ん?誰や?そいつ」
おっさんの1人が片羽をタバコで指しながら城木に訊ねた
「えっ、、、?」
片羽は異様な空気と慣れない関西弁に威圧されていた
「知り合いの人 祛っていうの」
城木は簡単に片羽を紹介した
「ほぉ〜、なんや、つばっちゃんの彼氏かと思ったわ!」
「ゆずるか!ゆずる君か!?」
出入り口付近に座っていたおっさんは片羽の目を見ながら言った
片羽からすればおっさん達の声はでかすぎて攻撃的に感じた
「は、はい、片羽祛です、、、」
「よっしゃゆずる君!まあこっち座れ」
おっさんは自分が座っているイスからテーブルを挟んだイスに片羽を座らせようとした
「え?え?ここ?ですか、、、?」
「ええから座らんかい そこ以外あんのかいな」
「い、いえ、、、!」
片羽は素早く首を振り、イスに座った
「あの、祛は大阪の人じゃないから もっと優しく喋ってあげてくれる?」
店の端に座りマンガを手に取った城木は、補足のようにおっさん達に説明した
「そうか?別に大丈夫やのぉ?」
「あ、はい、、、大丈夫です」
おっさんが笑顔で言うと、片羽は少し安心しながら答えた
「大阪人とちごうても将棋は知っとるわな?当たり前かっ?ハハハッ!」
おっさんは自分で言って自分で笑うと、将棋の盤をテーブルに置いた
「は、はい 分かります」
片羽は別に将棋をしたくはなかったが、この雰囲気の中では断れなかった
「ほなちょっとしよかいな みんな囲碁やら花札やらしてオレだけ余っとったんや」
おっさんの説明に合わせ、片羽は周りを見渡した
「、、、あの、でも、、、」
片羽は口ごもりながらも確認したい事があった
「なんやねんな?」
「その、、、賭けみたいなのは、、、」
片羽は恐る恐る断ろうとした 周りはみんな千円札や一万円札を握りながらゲームをしている 賭けをしているのだろうと片羽は予想していた
「何を言うてんねん 取らへん取らへん いくら腐りかけのオレでも子供から取るほど腐ってへんがな」
「あ、そうなんですか、、、」
「誰が腐りかけやねん ホンマ、ハハッ!」
おっさんは自分でツッコみ、自分で笑っていた
「はは、、、」
片羽はただ苦笑いするしかなかった
将棋に大敗した片羽はガックリと肩を落とし、詰められた盤上をボーッと眺めていた
将棋をしていたおっさんは既に他のおっさんと賭け事をしにいき、ここに座っているのは片羽だけだった
「はぁ〜、、、」
(全然弱いじゃん、僕、、、)
特に将棋にこだわりがある訳ではないが、ここまでボコボコにやられるとさすがにヘコんでしまった
(、、、って、そんな事より!ここ、、、なんなんだ?)
「負けたの?祛」
片羽の思考を遮り、城木は覗き込むように盤を見る
「えっ、、、う、うん」
とても上品な佇まいの城木の姿がこの場所とミスマッチすぎて片羽は余計に戸惑った
「ふ〜ん、、、」
城木は片羽の答えに特に興味もなさそうに返事をし、先ほどまでおっさんが座っていた片羽の向かいのイスに座った
「、、、あの、ここ、、、なんなの?」
片羽は手を口に添え、小声で訊ねた
「、、、? なにって?」
城木は片羽の質問にキョトンとした表情で聞き返す
「いや、、、どういう場所なのかなって 賭けしてたり、、、外では、その、、、ホームレスみたいな人とかたくさんいたし、、、」
「別に、みんなここで遊んでるだけよ 外で寝てる人達は、、、そうね、色んなモノを失くしてここにいるの」
片羽からの質問に城木は淡々とした口調で答える
「色んなモノ、、、?」
「ええ、まあ家や職は当然だけど、、、そのせいで家族や友人を、前科によって社会的信用を、戸籍や国籍を、、、」
「ぜ、前科、、、?戸籍、、、?」
城木の言葉の意味は片羽には全く現実味がなかったが、とにかくひたすら恐ろしい気がした
「国内、国外問わず、普通の社会では生きれなくなった人達はここに流れてくる事が多いわね ここはかつて、日本の法律が適用されないとまで言われたこの国唯一の無法地帯、、、スラム街ね」
「、、、、、」
片羽は少し緊張しながら息を飲んだ その現状よりも、そんな事を淡々と話す城木にも得体の知れない恐怖を感じた
「、、、っていうのも昔の話 今はどんどん規制が強くなってるから、、、昔ほど危険じゃない」
「、、、えっ、そうなんだ、、、」
片羽はホッと胸をなでおろした
「昔暴れてた人達が年をとって元気が無くなったから、、、まあ今でもクスリなんかは売ってるけど」
「なんだぁ、、、って、えぇ!?クスリ!?」
城木の言葉尻のとんでもないワードに片羽は驚いて反応した
「何よ大袈裟に、、、クスリなんか買わなければいいんだからいいじゃない ここの隣の隣のおでん屋ではおでんなんか売ってないわよ」
「えぇ、、、ウソ、、、なにそれ」
「大体、ここだって見た目は居酒屋だけど、今は賭け事してるだけでしょ?」
「、、、う、うん」
片羽は改めて周りを見渡し、小さく頷いた
「そういう場所なの 分かった?祛」
「、、、、、」
片羽は城木の落ち着いた様子に妙な印象を受けていた
「、、、城木さんは、、、」
「翼でいいわよ」
「あっ、、、うん、翼さんは、、、なんでここにいるの?」
「え?」
城木はパッと顔を上げ、驚いた表情を見せた 城木の動揺した顔を片羽は初めて見た
「こんなところで何してるのかなって、、、」
「、、、私は、私の目的があってここにいるから」
「、、、、、」
そう言われると片羽は何も言えなかった この言葉に、それ以上聞くなという意思を城木から感じた
「、、、そういえば、何歳なの?」
「高校二年生」
「は?」
片羽は思わず反射的に声が出た
「、、、ふ、二つも僕より下じゃん!なんだよ!呼び捨てで上から目線な感じだからもしかしたら年上じゃないかと思ってた!」
「ふふふ、なに?ゆずるさんって呼べば良かったの?」
声を荒げる片羽を見ながら城木は小さく笑った
その笑顔がまた、この汚い場所にはミスマッチで、有る意味とても映えて見えた
「そうじゃないけど、、、」
城木が年下だと分かると、確かに背も低く、表情は大人っぽいが顔立ちは幼いように片羽の目には映った
(でも、、、なんでだろう、、、翼さんはなんか、、、呼び捨て出来ないっていうか、、、逆らえないっていうか、、、)
片羽は城木に対して言葉にしにくい印象を受けていた
そんな中、先ほど一瞬だけ見せた城木の動揺した不安そうな表情を思い出した
(なにか、、、困ってるのかな、、、?)
片羽はふと顔を上げた 城木は足を組んで漫画を読んでいる
その姿を見ながら片羽は、最初に見たその瞬間から少しずつ城木に惹かれている事に気付いた
ーーーこんな汚い場所で、、、怖い場所で、翼さんは一体何をしてるのか、、、スゴく知りたい、、、ーーー
「、、、? どうしたの祛?」
片羽と目が合った城木は何気無く訊ねた
「っ!な、なんでもない、、、」
「、、、変な人」
城木は片羽の反応を見ながらクスクスと笑った
そして漫画を置くと、スクっと立ち上がった
「、、、それじゃ、出ましょうか」
「えっ?」
ーーー立ち上がったあなたの背中には、とても大きな白き翼が見えた、、、確かに、この目に映ったんだ、、、この汚い路地裏でーーー
「ど、どこに行くの?」
「さぁ?私は祛の自転車の後ろに乗るだけだから」
城木は居酒屋の出入り口の引き戸をガラガラと開けた
「ふ、二人乗り?」
「ええ、いいでしょう?」
「、、、わ、分かったよ、、、」
ーーー何故か、、、あなたに力を貸したくなった 僕の力なんかあなたにとっては、その大きな両翼の、片方の小さな羽ぐらいしかないかもしれない でもーーー
城木を荷台に座らせ、片羽は自転車を漕いでいた 城木は横向きに器用に座っていた
「二人乗りなんて、、、バレたらどうしよ、、、」
「大丈夫 この辺りの警察は二人乗りぐらい何も言わないから」
「何かは言うでしょ普通、、、」
「あっ、ここ左」
片羽の愚痴を特に相手にせず、城木は道を指示した
「これ、どこに向かってるの?」
「向こうで炊き出しやってるの」
「炊き出し?災害もないのに?」
「ふふっ、面白いでしょ?いつもやってるの 週末なんかは特に」
城木はこの辺りの事を何も知らない片羽に説明するのが楽しく、ずっとクスクス笑っている
「そういう場所なの、、、ここは」
「、、、、、」
そう呟く城木に、どこか寂しそうな懐かしそうな辛そうな一面を、片羽は見たような気がした
「、、、そうなんだ」
ーーーどんなに小さな力であっても、全てをあなたにゆずる、、、あなたはこんな、汚い場所でも気高く綺麗な、路地裏の天使だーーー
「あぁー腹立つのぉ!動かんかいボケェ!」
ゴミにまみれて座っているホームレスのおっさんはラジカセに向かって怒りを飛ばしていた
「もう潰れたんかいな、、、くそっ」
おっさんはラジカセを軽く叩きながら唾を吐いた
ガッ ガッガガガッガー
「お、、、」
ラジカセが再び動きだし、おっさんは安堵の表情を浮かべた
〜〜〜〜っーー、、、、、ー〜、、、
ラジオはあまり聞き取れないがおっさんは仕方なく息をつき、そのまま様子を見た
、、、〜〜ー〜ーーー、〜、ーーー
、、、以上、城木コーポレーションからのお知らせでした
「、、、ちっ、最後しか聞こえへんやないかい!」
おっさんは文句を垂れながらゴミの布団をかぶり、ラジオの電源を切った
後書きのページまで開いて頂きありがとうございます
大学生になろうという男が、路地裏で見た女性にすごく惹かれるという話です 簡単に言うと
この二志成という場所はこれからも使おうと思ってます
ありがとうございました