ホームレスと迷い犬
ここに掲載するのは、途中までの試し読み版です。続きは是非イベント会場でお手に取って下さい。http://naturalmaker.blog.fc2.com/
ぽかぽかと暖かい、冬の公園のベンチに俺は座っていた。
なんとかなるって、思ってた。今、生きているのだから、もしかしたら、なんとかなっているのかもしれないけれど。
派遣契約が満了してから半年が経っていた。たった半年だ。ハロワへ通って、そんなことをしているうちに、すぐに派遣会社から電話が掛ってきて、またすぐに次の派遣先へ就業できると思っていた。まだ、二十代だったし。だけど派遣会社から電話が掛ってくることはなかった。こっちから電話したら「資格もなにもなくて、事務経験三年では、どこもないですよ」と言われた。登録していた派遣会社すべてがそんな反応だった。事務職の倍率は八倍以上。経験三年では、太刀打ちできない現実。希望職種を変えては、とハロワの職員さんに言われた。「営業のお仕事ならたくさんありますよ」とのこと。俺に、営業の仕事ができるのか? やってみなくちゃ分からない、なんて良く言うけど、この不況の中、営業職なんて辛いだけじゃないのか? だから、誰もなりたがらなくて、倍率が低いんだろう? ていうか、俺のやりたいことって何だった?
「なんだったっけ」
俺は、声に出してつぶやいていた。
昼の公園のベンチに座って、頭を抱えるしか、もはや時間のつぶしようがなくなっていた。
両親は他界済。田舎の家や土地は相続税が払えなくて売った。生命保険は大学の授業料とか生活費に消えた。
やりたいこと。上京すれば、漠然と華やかな生活が送れるものだと思ってた。そんなことを夢見ていた。でもさ、街とか歩いてると、まあ楽しそうな奴ばっかで。そんな中で、そうじゃない俺って、なんなの? 何がいけなかった? 大手企業ばっか受けて、落ちまくって、夢破れたのがいけなかったのか?
「夢ってやっかいだよな」
きっと、元々都心に住んでる奴らは、現実を知っているんだろう。田舎からのこのこ出てきた人間は、何も知らなくて、知ってからじゃ遅くって、教えて欲しかったって言ったって、きっと田舎もんがどれだけ夢見てるかなんて知るはずもなくて、バカ呼ばわりされるだけなんだろう。そんなだから、今の状況を言えるような友達もいなくて。田舎にも、いったいどんな顔して戻れるっていうんだ。そもそも、田舎に家ないし。
家がないのは、今もだけど。
三年で少しずつ貯めた預金も底をつき、というか、失業手当で生活ができるはずもなく、失業手当が貰える三ヶ月が過ぎるとあっという間になくなった。携帯電話も止められた。部屋も追い出されて、最初のうちはネカフェで寝泊まりをしたが、それも難しくなった。
部屋を追い出される前に、生活保護申請をすれば良かったのか? 申請したら、受理されたのか? あれって、結局のところ「あなた健康ですよね? バイトでもなんでもできますよね?」って言われて終わりなんじゃないの?
もはや後悔しか残っていない。
どんくさい人間は、この社会で生きにくい。
なんのために働いていたのかすら、分からない。
タクシーに無賃乗車して刑務所に入った方がマシなんじゃないか? そんな考えが頭を過る。
こうしてじっとしているだけでも腹が減る。刑務所は三食も食べられるっていうのに。
働かざる者食うべからず。
もっともだと思う。昔からある言葉だ。
昔の人間だって、夢なんか持てずに奉公に出されたり、必死で働いていたはずだよな。食べるため、生きるためだったんだろうか。
時代が変わって、目的とか夢とかないと生きられない世の中になったのかもしれない。
はあああ、と長いため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げる、なんて迷信もあったっけ。前向きに前向きに。笑う門には福来る。
こんな状態で笑えるやつは、神経が図太いやつで、そういう奴ほど意外にこういった崖っぷちの状況にはならないもんだ。
繊細なんだ、俺は。
つか、寒い。まだ昼なのに。
そのうち凍死するんじゃないだろうか? それでもいいか。いっそのこと。
凍死しそうになると、熱くなって全裸になるっていうの、ホントかな。マッパで発見はされたくないな。
あと、俺には、どれだけの選択肢がある?
あー、どうしようかな。
俯きすぎて、頭に血が上ってくる。
顔を上げると、冬晴れの太陽が目に眩しかった。
そして、なにやら寄ってくる生物が視界の隅に入った。
左手側から何か緑のロープのようなものを引きずって、地面をくんかくんか嗅ぎながら歩いてくる。
大きさからして、犬だろう。
俺の座るベンチまで来る。
首輪をしていて、ロープはリードなんだろう。持ち手の輪っかになっていたであろう部分が外れてしまっている。飼い主の手を離れて、やったぜ! 自由だ! って脱走したんだな。
足元までくると、犬は俺を見た。そして、そこに座り込んだ。
はっはっはっと舌をベロンと出して息をしている。
脱走して、疲れたんだろう。ダメ犬なんだな。
毛が長めでふさふさの、茶色い犬だった。耳は立ってて、そしてなぜか、顔が黒い。柴犬ではなさそうだ。雑種だな。
「しかたないな」
俺は立って、何か皿になりそうなものを探した。ちょっと歩いて探すと、おでんが入っていたと思われる、プラカップが落ちてた。水飲み場でちょっと洗ってやって、俺もついでに水を飲んで、そのカップに水を汲んでベンチまで戻ろうとした。ら、すでに足元に犬がいた。期待の眼差しを向けて、しっぽを振っている。カップを地面に置いてやると、すごい勢いで水を飲み始める。
なんとなく、俺はその犬の頭を撫でた。
しかし、このままでいいのか。
犬には帰巣本能があるというから、雨とかで匂いが消えてなければ脱走しても自力で帰れるはずだ。だけども、このままウロウロと歩いていたら、ちょっとビビるよな。どっかに迷い犬として届けた方がいいのか。
なんといっても、暇だしな。
「つうか、おまえ、あったかそうだな」
首のあたりを撫でようとして、思いつく。
首輪とかに飼い主の連絡先が書いてあるかもしれない。
ぐるぐると回して確かめてみる。けれども、どこにも書いていない。鑑札もついていない。
「おいおい」
俺は飼い主に密かにつっこむ。
鑑札がついていないということは、狂犬病予防注射を打っていない可能性があるということだ。もし、ひとに噛みついたとしたら、狂犬病感染につながる可能性がある。
「捨て犬、とかじゃあ、ないよな?」
改めて犬の顔を見てみると「なんですか?」と言っているような表情に見える。
「雑種じゃあなあ」
ペットブームは続いている。こんな雑種は珍しくなった。
とりあえず、リードを持って公園を出ることにした。
公園の入口近くにあった地図で交番を探してみる。
公園のすぐそばの、交差点の角に交番はあった。
ただし、無人の。
『御用の方はこちらへ連絡して下さい』と書いてある紙が貼ってあった。
なんというか、掛けにくい。
「もしもし、すみません」
『はい、こちら駅前交番です。どうされました?』
「すみません、迷い犬がいるんですが」
『ああ、迷い犬は保健所の方へお願いします。交番じゃね、ちょっと預かれないんだよね』
「え、保健所ですか? 保健所ってどこですか?」
『保健所は、えっとね、この電話番号』
お巡りさんが言う電話番号を慌ててめもる。
『ごめんねー。じゃあ、また何かありましたらご相談下さい』
なんだよって思いながら、俺はまたその電話できいた番号へ掛け直す。
本当は、この電話で掛けちゃいけないんだろうけど。
『はい、こちら多摩東保健所でございます』
「すみません、迷い犬を保護してるんですけど」
『あ、迷い犬ですかあ。すみません、迷い犬等の動物は、当保健所ではお預かりしていないんです。動物愛護相談センターへお願いします』
「えっと、動物愛護センターってどこですか?」
『お電話番号をお知らせしますね』
俺はまたメモをして、やっぱりなんだよって思いながらその電話を切った。そして、また掛け直す。
『動物愛護相談センターでございます』
「すみません、迷い犬を保護したんですけど」
『ご連絡ありがとうございます。どれくらいの期間、そちらで保護できますでしょうか?』
「は?」
『こちらで預かるとしても、期限は限られておりまして、そちらで保護を継続できるようであれば、なるべくお願いしたいのですけれど』
「いえ、あの、ちょっと保護できないんですけれど」
『そうですか。こちらへはお越し頂けますでしょうか』
「いえ、それもちょっと」
『わかりました。ではご住所をお願い致します』
「えっと、住所は……府中公園です」
『お名前とお電話番号をお願い致します』
「あ、電話ありません」
ここからなんだか怪しくなってくる。
『……では、お名前を』
「清水泰祐です」
『お引き取りするのに現金二万円をお支払い頂くことになりますが、よろしいでしょうか?』
「え?」
『エサ代等、諸費用を頂いております』
「えっと、持ち合わせがないんですけれど……」
『大変申し訳ないのですが、頂けない場合はお預かりできません。無償で預かってくれる施設もありますので、お手数ですが、そちらの方へお問い合わせ頂けますでしょうか?』
「たとえば、どこの施設でしょう。電話番号を教えていただけませんか」
『お調べして掛け直しましょう。お電話番、号、は』
「すみません、無人交番から掛けていて……」
『あ、そうなんですね。では、明日以降にまたお掛け直し頂けますでしょうか?』
「あー、はい。分かりました」
『保健所の方へはお電話されましたか?』
「えっと、したんですけれど、保護してないって言われまして」
『そうなんですね。保護している保健所もありますので、そちらにもお電話して頂きまして、保護された犬の特徴などを伝えて下さい』
「そこでは預かってもらえないのでしょうか?」
『預かってもらえるかもしれませんが、飼い主さんが見つからなかった場合には殺処分となってしまいますので、できれば、動物愛護センターへ預けて頂けると、私どもと致しましてはその方が』
「そう、ですよね……」
『わたくし、相談課のアイザワと申します。飼い主さん、すぐに見つかると良いですね。では、お電話お待ちしております』
「すみません、お願いします」
電話を切った。お役所対応でなくてほっとしたけど、なんだかどっと疲れた。
俺のそんな疲労もしらないで、犬は伏せの状態で退屈そうにしていた。
おまえ、殺されちゃうかもしれないんだよ?
飼い主さんじゃなくても、ちゃんと世話のできる、飼ってくれるひとが見つかったらいいよな。俺みたいな、ホームレスじゃなくてさ。
無人交番を出て、公園へ戻った。もしかしたら、この犬を知ってる人がいるかもしれない。
公園へ入ると、エプロンをしたおばさんが数人、井戸端会議をしていた。近寄ってみる。
「すみません、この犬をここで保護したんですけれど、お心あたり、ありませんか?」
聞いてみると、誰もが首を横に振った。
「飼い主さん、見つかるといいわねえ」とか言っておきながら「あ、私買い物に行かなくちゃ。奥さん、じゃあ、また。後で電話するわ~」と、いかにも面倒ごとには関わりませんと言っているかのように去っていく。「あ、私も~」と次々と解散して、誰もいなくなった。
「薄情だ」
とかつぶやきつつも、もし自分だったら、他人事で、やっぱり「見つかるといいですねー」で終わってるんだろうって思う。
俺はまた犬を連れて、ベンチに座る。
しばらくはそこでぼーっとしていた。犬も、どこに行こうとするわけでもなく、ずっと足元に座っていた。どういうつもりなんだろうか。
二時過ぎくらいだろうか。子供がたくさん公園に入ってきた。ランドセルを背負った、まだ低学年くらいの子供たちだ。学校が終わって、下校途中なんだろう。寄り道はいつものことのようで、ブランコを奪いに走る。
ブランコをゲットできなかった子供はシーソーへ。シーソーもだめだった子供は球体状のくるくる回る遊具へとつかまった。
なんだか、懐かしく思う。自然と顔が緩んでいた。
ブランコは独占できなくて、一回目の交代が行われる。あぶれた女の子がこっちに走ってくる。
「ワンちゃん、さわってもいいですか?」
俺はぎょっとする。
「えっと」と言っている間に、子供はもう犬の頭を撫でていた。
噛んだりしないか、どきどきしたが、犬は大人しく撫でられている。
でも、何かに気がついたのか、犬は顔を上げると、鼻を鳴らし始めた。ふんふん、臭いを嗅いでいる。女の子の脇の下をくぐり、ランドセルをくんかくんか。
「こらこらこら」
俺は慌てて、リードを引っ張るけれど、この、引っ張れば引っ張るほど、強い力でランドセルから離れようとしない。
「あ、もしかして、おなかがすいてるのかもー」
女の子はおもむろにランドセルを下すと、ハンカチに包まれた食べかけのパンを取り出した。
犬はなにそれなにそれ! とパンに鼻を近づける。そして、お座りをすると、右前足を上げてお手の仕草をする。「ちょーだい!」ということである。
俺はそのはしたない行為を止められずに、そのパンに見入ってしまった。
それ、おれにもください。
女の子はお手に歓声をあげて喜んでいる。
お手で食べ物がもらえるなんて、犬、うらやましすぎる。
本当は、人間の食べるものを犬にあげてはいけないんだろうけれど、女の子はあげる気満々だ。
「はい、どーぞ」
女の子がパンを差し出すと、犬はものの三秒で胃に収めた。三回くらいしか咀嚼をしていない。
「あ、ありがとね」
俺は苦笑いよりはもうちょっとマシな変な顔でなんとかお礼を言った。
「どういたしましてー」
女の子は犬をなでる。他の子供たちも犬に気がついて、わらわらと走ってくる。そして犬の背中やらしっぽやらをなでまくる。
どうやら、子供たちはこの犬のことを知らないようだ。
もし、預かってくれる施設が見つからなかったら、子供たちに飼えないかどうか、きいてみよう。そんな考えが浮かんだ。
子供たちは午後四時の夕焼け小焼けのメロディが流れると解散していった。
それから俺と犬は、しばらくそのまま公園でぼーっとして過ごし、寒くて耐えられなくなってから、一夜を明かすためにコインランドリーへ向った。
……犬、入れるかな……?
残念ながら、犬は外につないでおいて、自分だけコインランドリーで、いかにも待ちくたびれて寝ちゃいましたを装って夜が明けるのを待った。しかし、犬はピンピンしている(ように見える)。
犬のごはんはホームセンターに行けば、試供品が置いてあるかもしれない。あとで行ってみよう。
それよりも、自分のごはんだ。
……ドックフードが意外と食べられるっていうのは、本当なのだろうか。
俺は手ぶらでまた公園へ向かう。
いかにも、早朝から犬の散歩をしてますよっていう感じだ。
犬は大人しくついてくる。
犬も、頼れるのはお前だけなんだぜ? って言ってるかのように、ちらりちらりと顔を伺ってくる。
公園につくと、まず水を飲んだ。犬にもあげる。
しばらくベンチで時間をつぶそうか、食糧を調達しに行こうか、どうしようかとぼんやり考えていると、犬を連れた女性がこちらへ向かってくる。
犬はものすごい引っ張っていて、女性は体重を後ろへ傾けながら歩いてくる。犬はラブラドールレトリーバーだろう。イエローの良く見かける大型犬種だ。盲導犬とか賢そうなイメージがあるけれど、その犬からは知性を感じられない。
「おはようございます」
女性はにこにこ笑いながら俺に挨拶をする。
「あ、おはようございます」
俺は、ちょっとぼーっとしていたかもしれない。
その女性が、可愛かったから。
この寒い冬に髪をポニーテイルにして、いかにも健康そうだ。流行りの顔ではなく、ちょっと昭和っぽい。服はトレンチコートにスキニータイプのジーパンとヒールのないシンプルなパンプスだった。トレンチコートでは寒いのではないかと思ったが、この犬と散歩をしていると、暑くなるのだろうと推測する。
その犬は、俺が迷い犬のために用意したプラカップに入った水をすごい勢いで横取りしている。
「あ、こら! ダメでしょ!」
女性がぐいっとリードを引っ張っても、ラブラドールはちょっとも動かない。
「あ、いや別に、いいですよ」
公園の水だし。拾ったプラカップだし。
「すみません」
女性は恐縮したようにお辞儀をする。
「初めてお会いしますよね? 初めて見るワンちゃん」
「あ、迷い犬なんです」
「えっ そうなんですか?」
「はい。じゃあ、やっぱり、どこの家の犬かわかりませんよね」
「はい、初めて見ますもの。お顔だけが黒い子なんて。シェパードの血が入ってるのかしら。しっぽも、巻いてませんもんね」
そんなことまで分かるのかと俺は感心してしまった。
「じゃあ、お家で保護してるんですか?」
「ああ、いえ、その、昨日、どこかに預けられたらと思って色々電話したんですけれど、その、まだ、預けられるところがあるのか分からなくて」
言うと、女性はじっと俺を見るだけで、しばらく無言だった。たっぷり五秒はあったと思う。
「お家で、飼えないですか? ペットだめなとこですか? ご家族が反対されてるとか? アレルギーとかですか?」
まるで、非難でもするかのように彼女は問い質す。
「えっと……」
なんて答えたものか。
そもそも家がないとか?
なんかもう既に軽蔑の眼差しを向けられているような気がするが、ここで「ホームレスなんで」とか言ったら、もっと軽蔑されないか? 寒いというのに、なんだか嫌な汗が背中を伝う。というか、泣きたい。
「えっと……」
俺は精いっぱい、うつむいた。それはもう、首の角度が九十度になるくらい。叱られた、子供みたいに。
「家、ないんです」
「え?」
「ホームレスなんです。昨日、この公園で、この犬がひとりで歩いてるの見かけて、それで」
彼女の反応が怖かった。
彼女は、またしばらく無言だった。
俺は、怖くて、顔をあげることができなかったから、彼女がどんな顔をしているのか分からない。
「ご、ごめんなさい」
彼女は狼狽えているように見えた。
「いえ、自分が悪いんで」
そう言ったら、彼女の口から小さな「え?」が聞こえた。
「ほんと、恥ずかしいです」
この場から走り去りたかった。でも、手には壊れたリードがあったから、できなかった。走ったら、この迷い犬も一緒に走ってくれただろうか。
「たぶん、犬は預けられると思うんで、大丈夫だと、思います」
彼女は今度は憐れむような目で、俺を見ているのだろうか。女の子の前なのに、かっこ悪い。
「すみません、じゃあ、もう行きます」
俺は彼女の顔を見ずに、お辞儀をして犬を促した。
「え、あ、ちょ、ちょっと待って!」
着ていたダウンジャケットの端をつかまれた。
「ごめんなさい」彼女はまた謝ると続けた。
「どこへ行かれるんですか? 昨日電話したとこってどこですか? ワンちゃんにごはんは?」
質問責めに俺は驚いて戸惑った。
「えっと、昨日電話したところは、動物愛護相談センターと保健所です。ごはんは昨日、小学生がパンを半分ばかり、わけてくれました」
「動物愛護相談センターはなんて言ってました?」
「えっと、引きとるのにお金がかかるので、かからないところを調べてもらってます。あと、動物を保護しいている保健所に犬の特徴とかを伝えるようにと」
「そうですね。ご家族が探しているかもしれませんから。それと、私の記憶している限りでは、お金をとらない動物保護施設は、都内ではひとつしか知りません」
彼女はそこまで言うと、上目遣いの厳しい視線をくれた。
「あ、あるんですね、よかった」
彼女のビームに竦んで、俺は棒読みの言葉しか出ない。
「ついてきて下さい」
「え?」
「その施設に案内しますから」
「ええ?」
驚いている間に、彼女はすでに数歩先を歩いていた。彼女の連れるラブラドールがこちらを振り向いていた。「来ないの?」とでも言っているように。
そして彼女も振り返る。早くついてきてと目で訴えて。
つづく