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◆一滴目◆

 雨が降る中、私は最近買ったばかりの真新しい傘を差して歩道を歩いていた。傘の色は私が好きな鮮やかな青。

 群青色、というのが相応しいだろうか。

 青空色の傘は、分厚い鼠色の空の中、よく映えた。

 連日降り続いた細い水滴は、しとしとと人々を憂鬱にさせる印象を強く持っていた。擦れ違う人の多くは、重たい雰囲気を醸し出しながら俯いて歩いている。今が梅雨時だから仕方ないとはいえ、好ましい事ではなかった。快晴の青い空と眩しい太陽を懐かしく感じてしまう。

 憂鬱なのは私とて例外ではない。出来れば外出などしたくなかった。今日は折角の土曜日で学校も休みだったのだから。出歩きたくない理由は他にもある。むしろ、こっちの方が重要かもしれない。

 だが、それでも私は行かねばならない場所があった。

 ――今日は、私の彼氏の誕生日なのだ。

 だから私はわざわざ雨の日に外出し、彼の住宅であるアパートに足を運んでいる。連絡はしていないが、いつもどおりなら彼はアパートにいる筈。あえて連絡をしなったのは、ただ純粋に彼を驚かしてみたかったからだ。彼はきっと、自分の誕生日を忘れているだろうから。

 子供っぽいかな、と自分でも思ったが、たまにはこんな事しても良いだろう。ちょっとした、イベント。

 道中、私はある事にふと気付いた。

 ……飲み物を買うのを忘れていた。

 うっかりしていた。ケーキはちゃんと買ったのに。これまでの経験から考えて、恐らく彼の部屋には何も無いだろう。あったとしても、水くらいだ。正確には、水道水。

 歩きながら、どうしようか悩む。そして思い出した。

 彼の住んでいるアパートの近くには、コンビニがある。そこで買おう。この際、ジュースでも何でもいい。水道水より大分マシだ。

 そう決めて足早に歩を進めた。彼に会うのが楽しみで仕方なかった。



私はコンビニに辿り着いた。自動ドアを通り抜け、店内へと足を踏み入れる。中を見渡すと、私の他に一人お客さんがいる。レジの所では、アルバイトらしい青年が欠伸をしながら暇そうにしている。ここに来た時、何度か目にした事のある人だ。十日くらい前からいるだろうか。

 私はその男性の姿を目の端に一瞬捕らえ、すぐ目を逸らして飲料が置いてある棚へと向かう。

 整然と並べられた数多の飲み物の中から、ストレートティーとオレンジジュースのペットボトルを選ぶ。これでいいだろう。変に奇抜なものより、飲みやすくて私は好きだ。

 ペットボトル二本を片手で苦労して持つ。もう片方はケーキを持っているからだ。そして、レジへと向かう。

 ちょうどもう一人いたお客さんが支払いを始めたところだった。買い物カゴ一杯にインスタント食品やら何やらが入っている。会計までに、時間が掛かりそうだった。終わるのを待つ間、私は何気なくレジ横に置かれた新聞ラックの方へと目を向けた。

 いくつかある新聞の見出しを飾る言葉は。

 『連続殺人事件』『雨の日の通り魔』『既に四人が死亡。未だ解決ならず』

 そんな物騒な事この上ないものだった。犯人とされる似顔絵も公開されている。

 私が今日、出歩きたくなかったもう一つの理由が、これだ。

 梅雨に入った十日ほど前から、雨の日に何者かに若い女性が殺されていた。皆この近辺で起こった事件なのだ。犯人は未だ、逮捕されていない。確か全部、絞殺であったと思う。紐で背後から首を絞められて――。

 この事件はテレビでも最近よく報道されている。この近辺で起こっている事もあり、時折ブラウン管に自分の知っている場所が映ったりして、最初は喜んでいた。だがそれも四人目にまでなると、ちょっと気楽にしていられない。

「いつ自分が」

と思わずにはいられなかった。 実は今日もちょっと怖かった。だがもう後五分程でアパートに着く。そうすれば大丈夫。帰りはタクシーにしよう。

 その内、前のお客さんの会計が終わった。

 私はレジカウンターにペットボトルを置き、肩に下げたバッグから財布を取り出す。店員さんがバーコードを読み込んでいく。会計は三百円。私は財布からピッタリ百円玉三枚を差し出す。レシ−トを受け取る。購入したペットボトルを袋に入れてもらう。

袋の取っ手を掴んで、私は彼のアパートへ――――…………






 その時、私はあの似顔絵が、誰かに似ているような感覚を覚えた。

 おぼろげな疑惑はその後、絶対的な確信へと変貌した。

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