↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

ギター弾きの兄が死んで、僕はLemonに触れる

作者: 立花ハル
掲載日:2026/08/25

 兄が死んだ。

 五年前、ギター一本と歌で生きていくと言って、千葉の北西部から東京へと上京した兄、(とおる)が死んだ。二十三歳だった。

 七月の初めだった。


 死因は、アパートの階段から滑り落ちて、頭を強く打ったことによる、脳挫傷らしい。

 どうやらバンド活動をしながら、バイトを掛け持ちして、睡眠時間が三時間とか四時間とか、そんな状態でフラリと落ちたらしい。バンドだなんて、全然ギター一本ではないじゃないか。


 僕の住む千葉の北西部は、都内へのアクセスが良い。新宿なんて、四十分もあれば着けてしまう。わざわざ上京するような土地では無い。そのせいで、千葉都民だなんていうアイデンティティの無い皮肉な呼び方をされてしまうのが、チーバくんの口辺りに住んでいる人間の悩みだ。

 房総半島に伝わる菜の花体操なんて、聞いたことしか無い。

 ちなみに、千葉県はエルレやバンプ、ニコタッチといった素晴らしいバンドを輩出している。


 兄は何が不満で、わざわざ家賃の高い東京へ行ったのか。いや、不満では無い。兄は高円寺住みのギター弾きというステータスを求めて、上京したのだと思う。

 兄は高円寺を、ギターケースを背負って歩きたかったのだろう。昔から、形から入る兄だったから。


 六歳年下の弟である僕、(ひかる)は、常に父からこう言われて育ってきた。

「兄ちゃんみたいにはなるなよ。」

 それが大卒で、背広を着た企業勤めの父が言うなら説得力があるものの、父は父で、高校中退のチェーン店のラーメン屋勤務だ。養ってもらっているから文句は言えないが、兄のことをわざわざそう言うのは腑に落ちなかった。


 兄の死後は、しばらく家が賑やかだった。聴覚的にも、視覚的にも。

 兄は思慮が浅く、決して頭が良いほうでは無かった。高校は、名前が書ければ合格出来るようなところに入った。

 だが、人気はあったらしい。中学時代の友人が、スポーツマンから優等生タイプ、高嶺(たかね)の花子さんな女性まで、線香をあげに来た。


 高校の友人は、もう兄のような者ばかりだ。

 線香のあげ方や(りん)の鳴らし方が分からず、母が二、三度説明して、やっと手を合わせられたような者が多い。派手な化粧と爪の女性二人が来た時には、「私たち、透くんの竿姉妹なの。」と(ささや)いてきた。だからなんだ。香水臭い。

 あとは、バイト先の人たち。ラーメン屋と、弁当の仕込みとか、いろいろ。ラーメン屋は、別に父の影響を受けたとかは無いと思う。


 極め付けはバンド仲間だ。兄は上京してから五年で、十二回バンドを変えたらしい。理由はよくある方向性の違いらしいが、短期間で違いが分かるほど、音楽の方向性は出るものなのだろうか。

 ただ驚くことに、その解散した十二回のバンドメンバーの、ほぼ全員が線香をあげに来た。なかにはやはり、母が何度か説明して、やっと手を合わせられた者もいるが、兄と年が離れていて、父と母、そして僕にも丁寧に、「お悔やみ申し上げます。」と三つ指ついて礼をするドラマーもいた。

 視覚的に賑やか、というのは、このバンドマンたちだ。髪の毛が色とりどりで、これが絵の具パレットだったら充実して、ちょっとした絵なら描けそうだ。

 それから、タトゥーが(いか)つい。信念とか多様性とか考えはあるのだろうけれど、温泉や銭湯に入れない人なんだ、と、僕はそこに落ち着いてしまう。

 バンドマンたちは、仏壇前でベースや歌を披露する者が多かった。では、ドラマーはどうするのか。わざわざスネアドラムを持って来て、叩き始めたのだ。「フルセットでなくて、すみません。」と言うが、多分この狭いリビングに置けないし、スネアドラム一つのほうが木魚っぽくてちょうどいい。

 ちなみに僕の家はマンションだが、この期間、苦情は一つも無かった。寛容なのか、兄が可愛がられていたからなのかは分からない。


 それにしても、遺影に使われた兄の写真が(ひど)い。運転免許証の写真だが、盛られないというのは本当だ。金髪だけれど、兄の明るさが一切無く、目つきが悪い。前科持ちに見える。


 ただ、兄が死んで、家族葬をして、線香をあげに来る客の対応をしている間も、生活は続いていたし、続いていく。

 母は、ずっと元気が無い。兄の死後は何日も泣いたし、なんだか背中が小さくなった。

 父は、世間体(せけんてい)を気にした。さっきも言ったが、自分に肩書きが無いぶん、世間の目を過剰に気にする。兄が進学も就職もせず上京した時は、ほとんど喧嘩別れだった。

 忌引き休みが終わると、何事も無かったように仕事に出た。

 けれど、ある夜、母が寝たあとのことだ。多くの人が線香をあげに来たことで、「お前は愛されていたんだなあ。」と一人で泣く姿を、僕はこっそりと目撃した。


 僕はというと、よく分からない。

 別に、兄が嫌いなわけでは無い。ただ、分からない。兄とは六歳も離れているし、趣味や、あとは感覚、今風に言えばノリが合わないので、仲が良いわけでも無かった。

 付かず離れず。僕が十二歳の時に、気付いたらいなくなった。それが僕たち、透と光という兄弟だった。


 ある日、薬の影響で、現実()みた夢を見た。

 僕は高校入試の失敗以来、眠ることが出来なくなり、低負担の睡眠薬を処方されている。その薬のせいだと僕は思っているのだが、現実と間違うほどリアルな夢を見るのだ。

 たとえば、昨日。

 兄が、帰って来た。

 真っ暗闇で、なぜかブラウン管のテレビだけが光る部屋で、兄が二段ベッドの上に登って行った。

 その時、二段ベッドの下に寝ていた僕は、なぜか焦ってケータイを探した。スマホじゃない。ガラケーだ。けれど、途中で冷静になる。僕はガラケーなんて、子どもの頃、親が使っていたのしか見たことが無い。

 そこで落ち着いて、スマホを探す。あった。夢の中でも、スマホの固い触感が分かる。

 不思議なのは、兄が帰って来たのも、焦ってケータイを探したのも、本気だったこと、そして、脳の片隅では、これは夢だと認識していること。

 この夢が、何を意味するかは分からない。けれど、子どもの頃、母や兄に隠れて、布団のなかで「ポケモン サン・ムーン」をプレイしたことを思い出した。


 僕は高校の忌引き休みが終わって、学校に登校した。定期テストの成績だけで過信をして、少し上の公立高校を受けたら見事に落ちた。そして進学した滑り止めの私立高校だ。重要なのは、実力テストだった。滑り止めとは言え、そこそこ勉強が出来る生徒が集まっているので、治安はいい。

 仲の良い友達もいる。

「光、お兄さん大変だったって?」

「いろいろ落ち着いた?」

 僕はリュックを置いて、答える。

「まあ、いろいろね。なんせ、変な兄ちゃんだからさ…。」

 そして主に、線香をあげに来たバンドマンたちをネタにして、笑って話した。友達は「そんな人いるんだ。」という感想に(とど)めて、悪く言うことも無かった。考えてみれば、忌引きで休んでいる間も、特に連絡をしてこなかった友達だ。

 ただ、僕にはこの距離感がちょうどいい。


 家に帰ると、母がパート帰りで、疲れた様子のまま夕飯の支度をしていた。

「光、それ。」

 母がテーブルの上のノートを指差した。それは、ポケモン サン・ムーンのキャラクターがデザインされたノートだった。

「透の遺品。あんたが小学生のときだかに、二人に買ったでしょ。あんたが中を見たら。」

 母はジャガイモの皮を剥きながら、僕を見ずにそう言った。


 部屋に入って、椅子に座る。後ろには、夢に出て来た二段ベッドが部屋を圧迫している。

 死人のノートを見るなんて、少し気が引ける。意を決して開くと、こう書いてあった。


「おれは、千葉のヨネヅになる」


 僕は目を(つむ)って、ため息を()いた。やはり兄は、あまり頭が良くない。

 僕も米津は好きだ。ただ、彼の場合は最初の頃、パソコンなどを使った打ち込みの作曲から入った人だったと思う。音楽はあまり、詳しくないけれど。

 それに彼は、文学作品や映画だとかに幅広く触れて、その元々持ち合わせていた感性に、さらに水を与えて磨き上げた、稀有(けう)な才能の作詞家だ。少年ジャンプだけで育った僕たち兄弟では、あんな語彙力は身に付いていないはずだ。


 思い出したことがあるが、兄はこう言っていた。

「走れメロスって、あるじゃんか。あれで最後、メロスが殴るのが意味分かんない。でもって、セリなんとかも殴り返すじゃんよ。あれ、いるかね。」

 分かっていない。まず、先に殴るのはセリヌンティウスだ。それで殴り返すのが、メロスだ。

 そしてあの場面は、いる。絶対だ。互いの後ろめたさを打ち明け合い、殴り合うことで、真の友情を確認するのだ。わざわざメロスが諦めかける場面を書いたのも、この場面を引き立てるためだと、僕は思っている。

 

 思考が()れたが、僕は再び、兄のノートを見る。


「死にたい奴はおれの歌を聞きな、イキたくしてやるよ」

「君を守るよ、会いたい時は会うし、抱きしめたい時は抱きしめる」

「愛は世界をすくえるし、夢で飯を食える」←これ、えるでいんをふんでる!


 僕はまた、目を瞑る。なんだか、浅い。あと、恥ずかしい。これを米津が書くと思うのか。おそらく、えるでいんをふんでる!の辺りは、ドーパミンが止まらなかっただろう。

 あと、救えるとか韻とか、ところどころ平仮名なのが気になる。せめて、憧れているならヨネヅは米津と書いてほしい。


 ノートの端に書いてあったクエスチョンが、チラリと目に入った。


「レモンって、なんでレモン?」


 おそらく、米津の名曲「Lemon」のことだろう。兄は疑問を、素直に抱ける人だった。

 僕もこれは、なんとなく気になって調べたことがある。曲を作った米津自身は、「言語化は出来ないけれど、レモンで無ければいけない」と言っていると聞いたことがある。書き下ろしたドラマと相まって、死別した人への深い悲しみが歌われた曲になったそうだ。


 死別した人。

 僕はスマホで、あらゆる考察を読んでみた。多くの考察は、恋人を亡くした喪失感だった。

 けれど、調べれば調べるほど、僕には喪失感も、兄への希望も無いことを思い知る。


 ただ漠然とした、空白が生まれた。

 兄は、なぜ生きたのだろう。なんのために、生まれたのだろう。

 他人(ひと)の生きる理由を考えるなんて、無作法だ。けれど、考えてしまう。

 ノートには、こうも書いてあった。


「28才までに武道館をうめる!」


 兄の人生には、なんの意味があったのだろう。


 その日の夜も、夢を見た。

 舞台は中学校だ。ただ、机の並びがおかしい。

 二列くらいでズラリと長く並んで、その果ては見えない。でも、机の天板の、木材の感触はある。ここが中学校だと分かる。

 誰かが話している。僕が落ちた志望校に、進学をしたクラスメイトだ。別に、意地悪を言っているわけでは無い。そして、これは夢だと、なんとなくの自覚もある。

 けれど、現実的だ。それとは別に、浮遊感がある。

 目覚めるとだいたい、薬が残ってボンヤリとしている。スマホを見ると、まだ四時だった。僕は(だる)い頭のまま、またボンヤリと眠りに落ちる。


 八月が近付いた、夏休みのある日、母が言う。

「今週末、オオシマさんが来るから。」

「オオシマさん?」

「透の彼女。」

「兄ちゃん、彼女がいたの?」

「いたし、一緒に住んでた。そのアパートで透は死んで、遺品はオオシマさんが、ダンボールにまとめて送ってくれたの。」

 僕は、ふうん、とだけ返事をして、麦茶を飲んだ。


 もうすぐ、兄の死から一ヶ月が経つ。

 線香をあげに来る客は、ほとんどいなくなっていた。家はすっかり静かになった。

 父が仕事へ、母がパートへ出た家で一人、スマホゲーをする。ただ、僕はすぐに飽きて、だいたい三日で投げる。

 オオシマさんか。きっと高校の同級生のような、香水臭い女の人だろう。

 なぜ、一ヶ月も来なかったのだろう。


 僕はまた、夢を見た。

 今度はゲームの中に、僕がいる。それは僕にしては珍しく熱中した、「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」の世界に似ていた。似ているだけで、主人公はちょっと違う。

 僕は草原を走って、遺跡のようなところへ辿(たど)り着く。そこを、「ドラゴンボール」で悟空が変身する大猿のようなモンスターに襲われて、僕は何度もリセットボタンを押す。

 不思議なのは、それがやはり、現実染みて見えること。それなのに、ゲームのような第三者視点で、ちゃんと夢だと認識していること。

 つまり、僕は僕を、俯瞰(ふかん)で見て、リセットボタンを押しているのだ。

 僕はまた、体に怠さと浮遊感を残したまま、目を覚ます。カーテン越しに、まだ夜明け前であることを感じて、僕はまた、眠りに落ちる。


 そして週末、オオシマさんが来た。

「はじめまして。透さんとお付き合いをしておりました、大島(ゆかり)と申します。」

 そう言って玄関先で頭を下げた女性は、今まで来た客とは違うタイプの人だった。

 率直に言えば、地味だ。

 染めたことのなさそうな黒髪を一本に低くまとめ、爪は短く切り揃えられている。香水の匂いはしない。化粧も薄く、服は線香をあげることを意識してか、白いシャツにグレーのカーディガン、黒いスカートだ。ユニクロに売っていそうな、特徴の無い服に見える。

 では品があるかと言うと、そういうわけでは無い。もちろん、下品でも決して無い。

 大島さんには、取り立てた特徴が無い。ニュースの街頭インタビューに映っても、次の話題に移った瞬間には記憶から消えてしまいそうな人だ。

 大島さんは「東京ばな奈」の紙袋を母に渡して、家に上がった。靴は、ちゃんと下駄箱側に寄せていた。


「よかったら、麦茶でも飲んでください。こちらへどうぞ。」

 母が大島さんを、ダイニングテーブルの席へ案内した。今までの客とは違う対応なので、少し驚いた。

 大島さんは、失礼します、と言って、席に着く。


 母が麦茶を()れている間、父は兄が迷惑をかけていなかったかを聞いた。世間体を気にする父らしい。

「迷惑だなんて、とんでもないです。そもそもの出会いは、私が無理にお酒を飲んで、動けなくなっているところを透さんが助けてくださって…。透さんとはこの一年、お付き合いをしておりますが、毎日楽しくて、私はとても良くしていただきました。」

「そうですか。ところで、失礼ですが、同棲する知らせが無かったのは、何か理由が?」

「同棲、と言いますか…。なんと言えばいいのか…。」

「透が、一方的に転がり込んだんですか?」

 父の質問に、大島さんは曖昧(あいまい)(うなず)いた。

「お父さん、不躾(ぶしつけ)な質問ばかりやめてよ。今時の人は、そんなものでしょう。ごめんなさいね、大島さん。」

 母が麦茶を置いた。僕は、隣に座る大島さんと、兄が一緒にいる姿を想像する。けれど、あまりに人種が違いすぎて、二人が結びつかなかった。


「あの…。荷物のことですが…。」

 大島さんが、控えめに話し始めた。

「透さんが亡くなって、一方的にダンボールに詰めて送ってしまい、たいへん失礼しました。」

 父と母が顔を合わせて、母が問う。

「少し驚いたけれど…。お忙しかったの?」

「あ、いえ、忙しくは…。今までも、土日ならいつでもご挨拶に伺えたのですが。」

 そう言って、大島さんは震える声で続けた。

「ちょっと、その時はそれが、精一杯で、今日も、ようやく伺えたと言いますか…。時間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。」

 大島さんの、(まばた)きをする回数が増えた。父は腕を組んで(うつむ)き、母は唇を噛み締めている。

 少しの間、沈黙が流れ、僕の飲む麦茶の氷が、カランと鳴った。

「透は…。」

 母が、兄が死んだ直後のような、弱々しい声を出した。

「透は、大島さんにとって、どんな…、ちゃんとした人間でしたか?」

 大島さんは、小さく二回頷いて、話す。

「はい。私、趣味とか何も無かったのですが、透さんのおかげで、音楽を好きになれました。バイトで疲れていても、いつも笑顔で明るくて。よく、米津玄師の歌を弾き語りで聴かせてくれました。」

「米津。」

 僕は、思わず声に出してしまった。

「はい。米津玄師の、Lemon。私、下の名前がユカリなんですけれど、替え歌で。今でもお前は俺のユカリって…。」

 正直、なんだろう、それは。

 父が、震えている。泣いているわけではない。笑いを(こら)えている。気持ちは分かる。

 恋に浮かれたら、替え歌も甘いのだろうか。大島さんが真面目で沈痛な面持(おもも)ちなだけに、笑うわけにはいかない。

「あの、お線香をあげても、よろしいですか?」

 大島さんが言うので、母が仏壇へと案内した。


 母が、ろうそくに火を(とも)す。

 大島さんは左手に数珠を持ち、仏壇前に座り、しっかりと頭を下げた。そして線香に()けた火を、片手を振って消して、香炉に立てる。落ち着いた動きで(りん)を鳴らすと、合掌して礼をした。

 僕にはこの時間が、静かで、永遠に感じた。

 父も母も、その痩せた背中をジッと見つめている。

 気付いたら、大島さんの頬には涙が流れていた。


 ああ、そうか。あんなにどうしようもないような兄ちゃんでも、ちゃんと生きていた。誰かの、この人の光だったんだ。

 大島さんはこの一ヶ月を、どう生きたのだろう。

 喪失感を埋めようとしたのか、突然無くなった日常を恋しく思ったのだろうか。悲しみが(ほこり)のように積もっているのだろうか。

 少なくとも、大島さんの雨はまだ降り止んでいない。それにこの雨は、誰かが傘を差し出しても、今はほんの、雨宿り代わりにしかならないだろう。

 そしてまた、土砂降りの雨の中、生活をしていかなくてはいけない。

 思い出が、爽やかで甘い香りなだけならいいのに。それならば、すぐに消え去って、人は軽やかに生きていけるのに。

 けれど、たぶん大島さんは、(にじ)んだように苦く残った記憶ごと、これからも生きていくのだろう。


 横を見ると、母も泣いていた。

 悲しみは、ぶり返すらしい。


 線香を上げ終えた大島さんは、(かばん)を持って、そのまま玄関に向かった。

「このたびはお時間をくださり、ありがとうございました。お邪魔いたしました。」

 最後まで丁寧に、無駄な残り香の無い人だった。


 母がグラスを洗う、水道の音が大きい。

 僕は一つ、提案してみる。

「兄ちゃんの仏壇の写真、他のも立てようよ。」

 目の前に座った父が、意外そうな顔をした。

「あの免許証の写真、指名手配犯みたいじゃん。」

「ああ、まあ、そうだな。」

「そうね。お父さん、この前、丁寧なドラムの人とライン交換したじゃない。あの人なら写真、持ってそうじゃない?」

「ああ、連絡してみるか。」


 僕の夏休みは、大きな変化も起こらずに過ぎていった。ここで映画やドラマなら、僕がギターを始めたり、もしかしたら大島さんと恋人になったりするかもしれない。

 けれど、僕はそんなに感傷的じゃないし、夏休みの課題に追われるのにいっぱいいっぱいだった。

 たまに大島さんのことを思い出すが、それは彼女が、恋人との死別を、どう乗り越えようとしているかという興味からだった。


 夏休みの終わりに、ドラムの人から兄の写真が届いた。選ぶのに時間がかかったらしい。

 それは茶髪に金メッシュの、チャラチャラした兄の姿だった。

 僕のよく知る、頭の良くない、けれど、愛された兄ちゃんの笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。