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第3話

「じゃあ、付き合って」


 その言葉のあと。


 僕たちはコンビニの中に戻って、適当に食べ物を選んだ。


 彼女は肉まん。

 僕は、結局またカフェオレ。


「それ、好きだね」


「……落ち着く」


「わかる。いつも同じもの買うタイプでしょ」


 図星だった。


 不安な人間は、“いつも通り”に救われる。


 同じ道。

 同じ店。

 同じ味。


 予測できるって、それだけで少し安心できるから。


 レジに並ぶ。


 問題はここからだった。


「……っ」


 店員さんがこちらを見る。


「お会計、別々ですか?」


 喉が固まる。


 言わなきゃ。


 たったそれだけなのに。


 頭の中で言葉が渋滞する。


 “べ、別で”

 “いっしょで”

 “あ…”


 口が動かない。


 すると横から彼女が自然に言った。


「一緒で大丈夫です」


 店員は軽くうなずいて会計を進める。


 僕は情けなくなった。


 まただ。


 また助けてもらった。


 情けない。

 二十代にもなって。

 コンビニの会計すらまともに――


「そんな顔しない」


 店を出た瞬間、彼女が言った。


「え……?」


「“迷惑かけた”って顔してる」


 僕は何も言えなかった。


 図星だったから。


 彼女は肉まんを半分に割りながら続ける。


「私も、人に助けられるの苦手」


「……」


「でもさ、人って案外、“助ける側”になりたい生き物なんだと思う」


 湯気が夜に溶けていく。


「だから、少しくらい頼られてる方が安心する時もある」


 その言葉は、不思議なくらい静かに胸へ入ってきた。


 僕はずっと、“迷惑をかけないこと”ばかり考えていた。


 でも。


 誰かに頼ることって、本当に悪なんだろうか。


「……ありがとう」


 小さく言う。


 彼女は少し驚いたあと、笑った。


「今日はいっぱい話すね」


「……た、たぶん」


「深夜テンション?」


「……かも」


 その時だった。


 彼女のスマホが震えた。


 画面が光る。


 彼女の表情が、一瞬だけ固まった。


「……」


 通知を見たまま、動かない。


「……大丈夫?」


 僕が聞くと、彼女は苦笑した。


「全然大丈夫じゃない」


 そう言ってスマホを伏せる。


「元カレ?」


 聞いた瞬間、しまったと思った。


 踏み込みすぎた。


 でも彼女は否定しなかった。


「……うん」


 夜風が少し強く吹く。


「別れて半年くらい経つのに、まだたまに連絡来るんだ」


「……」


「しかも夜中に」


 彼女は笑う。


 でも、その笑い方はかなり無理していた。


「“会いたい”とか、“やっぱお前しかいない”とか」


 僕の胸が妙にざわついた。


「最低だよね」


「……」


「でもさ、そういうの来ると期待しちゃう自分もいて」


 彼女は俯く。


「嫌いになれたら楽なのに」


 その言葉が、妙に刺さった。


 忘れられない人。

 期待してしまう気持ち。

 終わったはずなのに、終われない感情。


 たぶんそれは、僕にもある。


「……返すの?」


 彼女は少し考えてから言った。


「今日は返さない」


 そして小さく笑う。


「今、こっちの方が少し楽しいから」


 心臓が変な音を立てた。


 僕はたぶん、こういう言葉に慣れていない。


 だから一つ一つが、必要以上に刺さる。


 彼女はベンチに座り直しながら言った。


「ねえ」


「……?」


「連絡先、交換する?」


 一瞬、頭が真っ白になった。


 鼓動だけがうるさい。


 交換したい。

 でも怖い。


 返信速度。

 既読。

 文章。

 タイミング。


 全部考えてしまう。


 でも。


 このまま終わる方が、もっと怖かった。


「……お、お願いします」


 彼女は少し笑った。


「敬語なんだ」


「……く、癖で」


「ふふ」


 スマホを取り出す。


 震える指でQRコードを開く。


 彼女のアイコンは、夜空の写真だった。


「“月島ゆあ”」


 それが彼女の名前だった。


「君は?」


「……朝倉、です」


「下の名前は?」


「……湊」


「そっか。湊くんね」


 自分の名前を呼ばれるだけで、こんなに落ち着かなくなるなんて知らなかった。


 その直後。


 スマホが震えた。


『よろしく。眠れない時、連絡して』


 彼女からの最初のメッセージ。


 たったそれだけなのに。


 僕は、その画面をしばらく閉じることができなかった。

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