ザノーニ
「全く、面倒くさいわ。はぁ。もう、まだ、前書きすら読めないってどうよ?」
作者は苛立って文句を言っています。のんびりしすぎも嫌ですが、文句をいう作者も扱いづらいと思います。こんな時は、少し華やかなアロマに頼るのもいいかも知れません。
私はフランクインセンスのオイルを熱湯が入ったアロマ用のカップに数滴垂らしました。
フランクインセンスは、和名を乳香と言って古代エジプトでも儀式に使われていたと言われています。
気持ちが落ち着いて、何か、神秘的な気持ちになるのだそうです。きっと、メイザースも執筆に困った時には部屋に漂わせたりしたのでしょう。
BGMは英国人のエルガーの名曲『愛の挨拶』を。
この曲は、1888年にエルガーが妻との婚約記念に送った曲と伝えられています。
アロマオイルが踊る耐熱ガラスのカップの中で、水の妖精が水のピアノを演奏します。繊細で穏やかなこの調べに作者は少しは落ち着いてくださるでしょうか?
しばらくすると作者は立ち上がり、自分でインスタントコーヒーを作り始めた。私が立ち上がると作者は少し困ったように「あなたも飲む?」と、聞いていくれた。
「それにしても、ここに来て、外国語を読むという事を実感したわ。」
作者は私の分のコーヒカップをテーブルに置いて苦笑した。
「どうしました?」
私の質問に、作者は嬉しそうに話し始めた。
「私、昔から英語は苦手だったわ。それは認めるわ。きっと、IQも高くないと思う。でも、そうゆうのと、語学を使いこなすのは違うと思うの。」
「どういう事でしょう?」
私は曲を弾き終わった妖精に薔薇の精油を一滴、ご褒美にアロマカップに垂らしながら聞いた。
次の曲は、ホルスト組曲『惑星』から『金星』をリクエストしました。
「ほら、インテリのすごい言語学者が頭の良さそうな演説文を書けたとしても、実際の演説は上手くないって感じ?言語って、知識と実践は違うのよ。だから、やってみないと分からないのね(T-T)」
「はぁ。」
「私が英文の説明なんてする機会無かったからさ、あっても、授業で正解がある中で、絶対的な正解を持っている唯一の客・先生に向かってするだけだから、小銭のために不特定の人間に説明するとなると色々と違うもんだって気がついたわ。」
作者はそう言って市販のクッキーを皿に盛った。お菓子なら、私が作ったプリンがありましたのに。とは言わずに1つ摘みます。
「それで、何を悩んでいらっしゃるのでしょう?」
暖かな日差しの中でピアノの調べが揮発したアロマの香気を纏った空気の精霊と踊っています。
「悩みっていうか、面倒くさいわ。もう。日本人が英語が苦手なの理解できてきたわ。だって、文化のベースがないんだもん。」
作者は渋い顔をする。
「それは、時代もの、という事も原因でしょうね。英語圏の方でも、アブラメリンの書 なんて、上手く説明出来る人は少ないのではありませんか。」
私は作者を見つめた。少し疲れているようです。ホルストの美しい曲を聴いて、少しは休めばいいのに。と、思いました。
「そうね。私、なんでアブラメリンなんて買っちゃったんだろうね(T-T)
でも、メイザースはそれをやってのけたのよね。フランス語のこの本で。この前書き、大雑把に読んでるとさ、頑張って研究したって訴えかけてくるの。
レビィーとかリットンとかの有名どころのオカルティストの考えから、さまざまな宗教の考えを比べて、自分なりの解説で頑張って書いた。みたいな事が書かれてるもの。
その文面を見つめていると、中卒で頑張っていたお父さんを思い出したわ。
自分は上の学校には行けなかったけれど、でも、頑張って研究した。それは大卒っていうだけの人物には優っても劣らない。私は努力して、そして、ここまでやった。この素晴らしい世界を、発見を、どうか楽しんでください。少し難しいかも知れませんが。 と、マウント取って気取ってるみたいな雰囲気が漂ってるの。」
作者はため息を1ついた。私は一所懸命話す作者にメイザースの思いを感じた気がした。
組曲『惑星』は『金星』から『火星』へと曲が変わっていた。その不穏な調べを聞きながら私は穏やかな気もちで素直に答えた。
「今の説明で十分、伝わると思いますよ。この前書きに込められた思いが。」
それを聞いて作者は肩をすくめた。
「まあ、そうだろうけれど、この人、本当に怪しいわよ。私はこの前置きに、昭和のノストラダムスの解説書を思い出すのよ。なんか、魅力的な胡散臭さを。そして、信じてはいけないって、そう、心が叫ぶのよっ。」
作者は叫んだ。
「それでは、この話は中断して、他の連載を始めてみますか?」
私は少し、作者は休むべきだと思った。この話を書くために、昭和のバブルから、リットンまで検索しっぱなしなのですから。少し、離れて落ち着くのもいい気がしました。
「いやよ。もう、休みも終わるし、ここって、いろんな連載にかかってくるんだもん。
例えば、リットン。コイツの小説がブリル協会の名前の由来になるんだもん。それにしても、リットンなんて読んだ事ないわ。親は芥川龍之介とか日本の話を読ませたがったし、学校はグリムとか若草物語とかの名作を読ませようとしていたし、ホームズや明智小五郎、その他、漫画!リットンまで読んでる暇なんてなかったもの。」
作者は悔しそうにぼやく。
「ブラットベリーまでは読みましたのに。」
私は肩をすくめた。
「そうね、あの話は多分、映画があったからだと思う。まあ、ともかく、明治大正のオカルトを考えるのにリットンは外せないのね。もう。『ザノーニ』なんてなんかの古文だと思ったわ。」
作者は深くため息をつく。
『ザノーニ』はリットンの小説で、薔薇十字の秘密結社で特殊能力を手にしたザノーニの冒険と愛の物語です。
「まあ、あまり、日本では人気はないようですから。」
私は肩をすくめて同意した。
「でも、19世紀のオカルティスト、ついでにSF作家、ひいては日本の少年漫画にも影響を及ぼした物語であるのよね。ついでにUFO研究者にも!もう。ブリルって、なんなのよってリットンに聞いてみたいわよ。
でも、この人、作家なのよね。なんか、多才な人だけれど、生活な為に小説書いてたと思うのよ。
その為には売れる本を書く必要があったし、権利関係で揉めるのは避けるはずだから、結構、話を盛っていると思うのよ。そんな話を真面目に信じて書いてると、色々、間違うと思うのよ。
メイザースって、何が良くてドーンの首領にまで登りつめたんだろう?
まあ、クロウリーも『ザノーニ』に影響受けてるようだけれどね。まあ、私で言うなら、オカルトまがじん『みぃ・ムー』で書いてあったって叫ぶようなもんだと思うのよね。ま、90年代はそれで納得された時代もあった気もするけれど。」
作者は遠い目で窓の外を眺めた。




