第2話 ヘンテコザウルス
……まただ。
こいつはいつも、俺の静寂を、いとも簡単に壊していく。
それでも――不思議と、完全には怒れなかった。
唯一、俺に話しかけてくれる男だから。
『可愛いは正義』。
日本国民には、ぜひ読んでもらいたい傑作なのに――この雑な扱われようは何だ。
酷いにもほどがある。
たとえ「貸してくれ」と頼まれたって、ぜったいに貸してやらない。
ため息をひとつ吐いて、博和が持ってきたマスコットをぼんやりと眺める。
ガチャガチャの景品にありそうな、手のひらサイズの四足恐竜。
目玉が飛び出ていて、しかも質感が妙にベタベタしている。
できることなら、机の上に置いてほしくなかった。
もし俺が名づけるなら──ヘンテコザウルス、くらいが妥当だろう。
あまりにバカバカしくて、コメントを考える気にもならない。
いっそ店で売れ残って、この世からそっと淘汰されてほしい。
「こいつ、お前に似てブサイクだな」
本のお返しとばかりにイジってやると、狙いどおり博和の薄ら笑いが止まった。
食いついたらしい。
左の眉をピクピクと震わせる――なかなか常人にはできない高等テクニックを披露してくれる。
「冗談を言っちゃいけない。去年のバレンタインデーを思い出せよ。靴箱いっぱいに入ったチョコの山を見ただろう? 僕は、自分でも恐ろしいほどモテるみたいなんだ。別にこれはチョコを一つも貰えなかった裕也に、喧嘩を売ってるわけじゃないからね」
「ちなみに、俺は貰った」
「はいはい、お母さんにね」
イントネーションに嘲笑が混じって、博和の悪い性格がにじみ出ている。
こいつにチョコをあげる人間がいるなんて、世の女子は見る目がない。
「世の非モテと一緒にするな。妹がチョコケーキをくれたんだ。しかも出来たてをな」
「ダウト。裕也は嘘が下手だね」
「嘘じゃない。『よかったら食べてください』って手紙が添えてあった。これは疑いようがないだろ? ごめんな、予想を裏切って」
「いいや、それを聞いて、妹ちゃんに同情したかな」
「は?」
「好きな誰かのために作り置きしていたケーキを、あろうことか憎たらしい兄が食べてしまったんだからね」
「博和」
俺は、ため息まじりに呟く。
「現実から目を逸らしたい気持ちは分かる。だがな、こっちには“手紙”という確固たる証拠があるんだぞ」
「宛名、書いてなかったのかい?」
「そんなの覚えてない」
「裕也の面白いところは、冗談と本気を履き違えているところだよ。でも、その後はどうなったんだい?」
「ああ、少し経ってから、こっ酷く叱られた。妹のツンデレには困ったもんだ」
博和という名の疫病神は、なおも笑い転げている。
にしてもイケメンだ。
殴って変形させてやりたいほどカッコいい。
さっきからクラスの女子がお前のことを噂しているぞ。
俺を含め、嫉妬した男どもは怖い顔で睨んでいるけどな。
とにかく、目立ちたくない俺としては、早く消えてほしかった。
友人として繋ぎ止める最低限の会話はしたし、もう帰っていいぞ。
「それでこのマスコットへの感想はないのかい?」
「ない。こんな気味の悪い……んで、これがどうした?」
「どうだろうね。でも、じきに知るよ」
理由もなく、無性にイライラしてきた。
博和は俺と違って、無駄を省くのがやたらと上手い。
要領がよくて、勉強もできる。
ついでにスポーツも人望もある。
天は二物を与えないはずじゃなかったのか?
神様、こいつは二物どころじゃなく、とんでもないチートを授かっています。
それだと、世の中が不公平で、努力が報われないみたいで嫌ですから、もっと公平に平和的に嫉妬のない世界を作るために、先ずは博和から消すのはどうでしょうか?
閑話休題。
要するに、博和には必ず裏がある。
無かった試しがない。
腹黒さでいえば校内随一。いや、国内随一。
恐らく何かしらの企みがある。
それが分からないのが実にもどかしい。
そんな俺を見据えてか否か。
博和はヘンテコザウルスを手に取って動かすと、俺の小指に噛みつくように見せる。
来年度に大学受験を控えている学生の行動にしては、あまりに幼稚だ。
そんなのを相手にしたら、同レベルだと勘違いされてしまう。
代わりに無表情で、冷たい視線を投げかける。
だが、博和は気にも留めていない様子だった。
「それより見なよ。こいつ、腹を押すと目玉が飛び出すんだぜ。……すごいだろ?」
ブー、と間抜けな音が鳴る。
『だから、どうした』と突き放すのは、友達との会話としてナンセンスだ。
だから、揶揄ってやることにした。
「キモさに磨きがかかったな」
「例えるなら?」
上手いテンポで返されて、咄嗟のフリに狼狽える。
「そうだなー」と言って考える時間を作りつつ、博和を笑わせるのに最も効果的なのは、共通の知り合いを出すことだと閃く。
そうだなぁ……。
「お前の横顔を見つめて、顔を真っ赤にした時の朱莉くらい」
朱莉は俺たちにとっての幼馴染に当たる。
小さい頃から母親同士の仲がよく、頻繁に顔を合わせていた。
その身近な人が好意を持っていると、暗に伝えた。
もしかしたら、既に気づいていたのかもしれない。
しかし、このイケメンときたらモテすぎて、色恋沙汰には顔色ひとつ変える様子がない。
「演技でいいから一回照れろ」
「いやはや、僕にとっては難しい局面だ」
「どこがだ。モテすぎて照れ方を忘れたか。頭を叩いて思い出させてやろうか?」
「このマスコットが朱莉に見える。そうだろう? じゃあ頑張って。言質は取ったからさ」
一転して、博和は俺を突き放し、そそくさと教室から去っていく。
まるで何かから逃げ出すように。
俺の脳内は『?』で埋め尽くされた。
せっかく面白いことを言ってやったのに、ここは嘘でも笑うところだろ。
いいよ、行っちゃうんだな。
でも、百歩譲ってヘンテコザウルスは置いていくなよ。
処分に困るだろ。
ゴミ箱まで歩いていくのだって、カロリーを消費するんだぞ。
マスコットを眺めると、握り潰されたせいで、まだペタンとしている。
心なしか、泣いているように思えた。
それに「頑張って」って、会話の流れからしてもおかしいだろ。
次の瞬間、空気が一気に冷えた気がした。
誰かが空調をいじって、温度を下げたのか。
……いや、そうであってほしかった。




