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紅い瞳の魔女と僕。〜ファムファタルの誘惑〜

作者: イチジク

深夜二時のコンビニに、彼女は現れた。志郎が夜食のカップ麺を選んでいると、背後で風鈴のような声が響く。振り返ると、そこには息を呑むほど美しい女性が立っていた。長い黒髪、陶磁器のような白い肌。そして何より印象的だったのは、その瞳だった。深紅に輝く瞳が、まるで志郎の魂を見透かすように見つめている。

「すみません」女性は微笑んだ。「そのカップ麺、最後の一個でしょうか?」

志郎は慌てて商品を差し出した。「あ、はい!どうぞ」

「ありがとうございます」女性は商品を受け取りながら、志郎の手に触れた。その瞬間、電流のような感覚が走る。

「私、マノンと申します」

「志郎です」

マノンは微笑みを浮かべたまま去っていく。志郎は彼女の後ろ姿を見送りながら、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じていた。まるで運命の歯車が回り始めたような、甘美で危険な予感に包まれながら。

それから毎夜、志郎は同じコンビニに通うようになった。マノンに会えることを願って。講義中も、バイト中も、頭の中は彼女のことでいっぱいだった。あの紅い瞳が、あの儚げな微笑みが、志郎の心を支配していた。三日目の夜、願いが叶った。

「また会いましたね」マノンは振り返ると、志郎を見つめた。

「偶然ですね」志郎は嘘をついた。

「偶然でしょうか?」マノンの紅い瞳が微笑む。「あなた、毎晩ここにいらっしゃいますよね」

志郎の頬が赤くなる。「それは...」

「嬉しいです」マノンは近づいてきた。香水ではない、花のような自然な香りが志郎を包む。「誰かが私を待っていてくれるなんて」

その夜、二人は近くの公園で朝まで語り合った。マノンは謎めいた女性だった。自分のことはほとんど話さず、ただ志郎の話を静かに聞いていた。大学のこと、将来の夢、家族のこと。志郎が話すたびに、マノンは優しく頷き、時折美しい笑顔を見せた。しかし、志郎がマノンについて尋ねると、彼女は曖昧に微笑むだけだった。

「私といると、危険かもしれません」別れ際、マノンが呟いた。朝日が昇り始めた空の下で、彼女の紅い瞳は不安そうに揺れている。

「どうして?」志郎はマノンの手を握った。冷たく、まるで死人のような手だった。

「呪いがあるんです。私を愛した人は...」マノンは首を振る。「でも、もう遅いかもしれませんね」

志郎は既に、彼女の虜になっていた。呪いという言葉も、危険という警告も、恋に落ちた青年の耳には届かなかった。

志郎とマノンが付き合い始めて一週間後、最初の異変が起きた。志郎の愛犬・ポチが突然病気になった。獣医は原因不明だと言った。昨日まで元気に走り回っていた犬が、一晩で衰弱してしまったのだ。ポチは志郎を見つめながら、まるで何かを伝えようとするように鳴いた。

「可哀想に」マノンはポチを撫でながら言った。その瞬間、ポチの目に恐怖の色が浮かんだ。小さな体が震え、マノンから逃れようと必死にもがいた。

二日後、ポチは息を引き取った。志郎は泣いた。子供の頃から一緒にいた家族のような存在だった。マノンは志郎の肩を抱き、優しく慰めてくれた。しかし彼女の瞳の奥に、一瞬だけ冷たい光が宿ったのを、志郎は見逃さなかった。

志郎は悲しんだが、まだ偶然だと思っていた。しかし、それは始まりに過ぎなかった。志郎の親友・健一が交通事故に遭った。軽傷だったが、車は大破していた。ブレーキが利かなくなったのだという。

「君の恋人って、どんな人?」病院で健一が聞いた。包帯を巻いた額に汗が浮かんでいる。「会った後から、なんだか嫌な予感がするんだ。夢にも出てくるよ、紅い瞳の女性が」

志郎の血管に氷水が流れた。健一はマノンに会ったことがない。写真も見せていない。それなのに、なぜ紅い瞳のことを知っているのだろうか。志郎は健一を安心させようとしたが、内心では不安が芽生えていた。

その後も不幸は続いた。志郎の妹・美咲が原因不明の高熱で倒れた。両親は急に仕事で大きな失敗をし、家計が苦しくなった。志郎自身も大学の成績が急降下し、バイト先でトラブルが続発した。まるで志郎の周りにだけ、不幸の雲がかかっているようだった。

「おかしいな」志郎は呟いた。「こんなに悪いことが続くなんて」

「心配しないで」マノンは志郎の頭を膝に乗せながら言った。「きっと良いことが待ってるわ」

しかしマノンの声には、どこか諦めのような響きがあった。志郎が見上げると、彼女は空を見つめて涙を流していた。

ある夜、志郎はついに我慢できなくなった。コンビニの駐車場で、マノンの両肩を掴んで迫った。街灯の光が彼女の紅い瞳を不気味に照らしている。

「教えてください」志郎の声は震えていた。「あなたは一体何者なんですか?僕の周りで起きてることと、関係があるんでしょう?」

マノンは悲しそうに微笑んだ。まるで長い間隠してきた秘密を、ついに打ち明ける時が来たという表情だった。

「知りたいですか?本当に?」

「はい」志郎は強く頷いた。

マノンは深く息を吸った。夜風が彼女の長い髪を揺らしている。「私は呪われた存在です。五百年前、愛する人を奪われた恨みから、魔女になりました」

志郎の世界が揺らいだ。魔女?五百年前?そんなことが現実にあり得るのだろうか。しかしマノンの表情は真剣だった。嘘をついているようには見えない。

「私を愛する人の周りから、大切なものが一つずつ失われていきます」マノンは続けた。「ペット、友人、家族、仕事、健康...最後には、愛してくれた人自身も」

「そんな...」志郎の声が途切れた。

「今まで七人の男性が私を愛してくれました。でも皆、最後は...」マノンの瞳から一筋の涙が流れた。美しい顔が月光に照らされて、まるで悲劇の女神のようだった。「逃げてください、志郎さん。まだ間に合います。私から離れれば、呪いは弱くなります」

しかし志郎は首を振った。「僕は逃げません。あなたを愛しています」

「愚かな人」マノンは泣きながら微笑んだ。「でも、それが嬉しい。誰も、最後まで私のそばにいてくれた人はいなかった」

志郎はマノンを抱きしめた。彼女の体は氷のように冷たかった。しかし志郎の心は燃えていた。愛する人が苦しんでいるのに、どうして見捨てることができるだろうか。

志郎の選択は、破滅への扉を開いた。両親が急病で倒れた。志郎の妹・美咲の高熱は一向に下がらない。大学では教授から呼び出され、このままでは留年だと告げられた。バイト先では同僚から避けられるようになった。まるで志郎が疫病神になったかのように、周りの人々が次々と不幸に見舞われていく。

「やめましょう」ある日、志郎はマノンに言った。病院の廊下で、昏睡状態に陥った妹を見舞った帰りだった。「僕から離れて。これ以上、みんなを苦しめたくない」

「もう遅いんです」マノンは絶望的な表情で答えた。「呪いは始まってしまいました。私がいなくなっても、もう止まらない。七人目の時がそうでした。彼は私を捨てて逃げましたが、結局...」

志郎の周囲の破滅は加速していく。友人たちが次々と不幸に見舞われ、家族の病状も悪化した。志郎は大学を休学し、バイトも辞めた。誰とも会いたくなかった。自分がいるだけで、大切な人たちが苦しむのだから。

それでも志郎はマノンを手放さなかった。彼女もまた苦しんでいることを知っていたから。五百年間、一人で呪いを背負ってきた孤独を想像すると、志郎の胸は張り裂けそうになった。

「なぜ私を愛し続けるんですか?」マノンが涙を流しながら聞いた。二人は人気のない神社の境内にいた。夜桜が風に散って、まるで血の雨のように見えた。

「あなたも苦しんでいるから」志郎は答えた。「五百年間、一人で呪いを背負ってきたんでしょう?もう一人じゃない。僕がいる」

マノンは声を上げて泣いた。五百年間、誰も理解してくれなかった。愛してくれた男性たちも、最後は恐怖で逃げ出した。しかし志郎は違った。全てを知った上で、それでも自分を愛してくれている。

ついに、志郎の身にも異変が起き始めた。原因不明の発熱、幻覚、そして体力の急激な衰弱。医師は首をひねるばかりだった。検査をしても何も異常は見つからない。しかし志郎の体は確実に蝕まれていく。

「時間がありません」マノンは志郎の枕元で言った。志郎のアパートは薄暗く、死の匂いが漂っている。「最後の方法があります」

「何ですか?」志郎の声はかすれていた。

「私を殺してください」マノンは短刀を差し出した。刃は月光を受けて鈍く光っている。「そうすれば呪いは解けます。あなたも、あなたの大切な人たちも救われます」

志郎は震える手で短刀を受け取った。重く、冷たい感触だった。愛する人を殺すことで、全てを救えるのか。なんという残酷な選択だろう。

「でも、あなたは?」

「私は元々、生きてはいけない存在です」マノンは微笑んだ。その笑顔は、この世のものとは思えないほど美しく、そして悲しかった。「あなたに愛してもらえた時間が、私の宝物です。五百年間で初めて、本当の愛を知りました」

志郎の手が震えた。短刀の刃先がマノンの胸に向けられている。彼女は目を閉じ、志郎の手を包み込んだ。

「愛しています」志郎は涙を流しながら言った。

「私も」マノンは目を閉じたまま答えた。「愛しています、志郎さん」

志郎は短刀を握りしめた。一刺しすれば、全てが終わる。家族も友人も救われる。しかし、愛する人を失う。なんという選択だろう。志郎の心は引き裂かれそうだった。

しかし志郎の手が止まった。短刀を投げ捨て、マノンを抱きしめる。

「一緒に死のう」志郎は囁いた。「君を一人にはしない」

マノンは驚いたような顔をして、それから深く頷いた。「そんなことをしたら、呪いは解けません。あなたの家族は...」

「構わない」志郎は強く言った。「僕の選択だ。君を愛した代償なら、喜んで払う」

二人は手を取り合い、近くの崖の上に向かった。街の灯りが眼下に広がっている。美しい夜景だった。志郎は最後に故郷の街を見下ろした。

「後悔はありませんか?」マノンが聞いた。

「君と出会えて良かった」志郎は答えた。「短い間だったけど、本当に幸せだった」

朝日が昇り始めた。空が赤く染まって、マノンの瞳と同じ色になる。二人は最後に口づけを交わし、静かに身を投げた。風が頬を撫でて、まるで羽根のように軽やかだった。志郎はマノンの手を握りながら、永遠の愛を誓った。

志郎の家族と友人たちの病気は、その日のうちに治った。まるで呪いが嘘だったかのように。美咲は目を覚まし、両親の容体も安定した。健一の怪我も完治し、志郎の友人たちにも平穏が戻った。

しかし時々、深夜のコンビニで、紅い瞳をした美しい女性の姿が目撃されるという。彼女は今度こそ本当の愛を見つけるために、永遠にさまよい続けているのかもしれない。そして志郎も、彼女のそばで微笑んでいるのかもしれない。

愛は時として、最も美しく、最も危険な呪いなのだから。死んでもなお、二人の愛は続いていく。永遠に、永遠に。病神になったかのように、周りの人々が次々と不幸に見舞われていく。

「やめましょう」ある日、志郎はマノンに言った。病院の廊下で、昏睡状態に陥った妹を見舞った帰りだった。「僕から離れて。これ以上、みんなを苦しめたくない」

「もう遅いんです」マノンは絶望的な表情で答えた。「呪いは始まってしまいました。私がいなくなっても、もう止まらない。七人目の時がそうでした。彼は私を捨てて逃げましたが、結局...」

志郎の周囲の破滅は加速していく。友人たちが次々と不幸に見舞われ、家族の病状も悪化した。志郎は大学を休学し、バイトも辞めた。誰とも会いたくなかった。自分がいるだけで、大切な人たちが苦しむのだから。

それでも志郎はマノンを手放さなかった。彼女もまた苦しんでいることを知っていたから。五百年間、一人で呪いを背負ってきた孤独を想像すると、志郎の胸は張り裂けそうになった。

「なぜ私を愛し続けるんですか?」マノンが涙を流しながら聞いた。二人は人気のない神社の境内にいた。夜桜が風に散って、まるで血の雨のように見えた。

「あなたも苦しんでいるから」志郎は答えた。「五百年間、一人で呪いを背負ってきたんでしょう?もう一人じゃない。僕がいる」

マノンは声を上げて泣いた。五百年間、誰も理解してくれなかった。愛してくれた男性たちも、最後は恐怖で逃げ出した。しかし志郎は違った。全てを知った上で、それでも自分を愛してくれている。

ついに、志郎の身にも異変が起き始めた。原因不明の発熱、幻覚、そして体力の急激な衰弱。医師は首をひねるばかりだった。検査をしても何も異常は見つからない。しかし志郎の体は確実に蝕まれていく。

「時間がありません」マノンは志郎の枕元で言った。志郎のアパートは薄暗く、死の匂いが漂っている。「最後の方法があります」

「何ですか?」志郎の声はかすれていた。

「私を殺してください」マノンは短刀を差し出した。刃は月光を受けて鈍く光っている。「そうすれば呪いは解けます。あなたも、あなたの大切な人たちも救われます」

志郎は震える手で短刀を受け取った。重く、冷たい感触だった。愛する人を殺すことで、全てを救えるのか。なんという残酷な選択だろう。

「でも、あなたは?」

「私は元々、生きてはいけない存在です」マノンは微笑んだ。その笑顔は、この世のものとは思えないほど美しく、そして悲しかった。「あなたに愛してもらえた時間が、私の宝物です。五百年間で初めて、本当の愛を知りました」

志郎の手が震えた。短刀の刃先がマノンの胸に向けられている。彼女は目を閉じ、志郎の手を包み込んだ。

「愛しています」志郎は涙を流しながら言った。

「私も」マノンは目を閉じたまま答えた。「愛しています、志郎さん」

志郎は短刀を握りしめた。一刺しすれば、全てが終わる。家族も友人も救われる。しかし、愛する人を失う。なんという選択だろう。志郎の心は引き裂かれそうだった。

しかし志郎の手が止まった。短刀を投げ捨て、マノンを抱きしめる。

「一緒に死のう」志郎は囁いた。「君を一人にはしない」

マノンは驚いたような顔をして、それから深く頷いた。「そんなことをしたら、呪いは解けません。あなたの家族は...」

「構わない」志郎は強く言った。「僕の選択だ。君を愛した代償なら、喜んで払う」

二人は手を取り合い、近くの崖の上に向かった。街の灯りが眼下に広がっている。美しい夜景だった。志郎は最後に故郷の街を見下ろした。

「後悔はありませんか?」マノンが聞いた。

「君と出会えて良かった」志郎は答えた。「短い間だったけど、本当に幸せだった」

朝日が昇り始めた。空が赤く染まって、マノンの瞳と同じ色になる。二人は最後に口づけを交わし、静かに身を投げた。風が頬を撫でて、まるで羽根のように軽やかだった。志郎はマノンの手を握りながら、永遠の愛を誓った。

志郎の家族と友人たちの病気は、その日のうちに治った。まるで呪いが嘘だったかのように。美咲は目を覚まし、両親の容体も安定した。健一の怪我も完治し、志郎の友人たちにも平穏が戻った。

しかし時々、深夜のコンビニで、紅い瞳をした美しい女性の姿が目撃されるという。彼女は今度こそ本当の愛を見つけるために、永遠にさまよい続けているのかもしれない。そして志郎も、彼女のそばで微笑んでいるのかもしれない。

愛は時として、最も美しく、最も危険な呪いなのだから。死んでもなお、二人の愛は続いていく。永遠に、永遠に。

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