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3.

 「神々に感謝を。さて、秋の中月四の緑の日、今年最後の命名式を執り行う」


 その言葉が合図かのように、大人達が一斉に姿勢を正す。大神官様は、結晶のついた白い杖を傍らの神官に手渡すと、七色のリボンが結ばれた巻物を受け取り、目の前に掲げるようにして広げた。


 「ゲイブ・レッシャー、前へ」


 呼ばれて歩み出たのは、最後にやってきた、五歳ぐらいの男の子だった。


 「レッシャー侯爵家の……」


 「……夫人の御子息……」


 ひそひそと囁く声がする。


 今いる家族の中で、一番爵位が高いのがあの子の家ということなのだろう。神々の前では皆平等。当然神々と人間のつなぎ手である妖精に対しても身分は関係ない、神殿においては等しく人である、と教わるけれど。実際は、どんな場合でも高位貴族が優先されるのが現実だ。


 男の子は、おぼつかない足取りで結晶の前へと歩み出る。そして手を伸ばし、結晶へと触れた。


 瞬間、結晶は美しい水色に色を変える。それはゆらゆらと炎のように揺らめいたかと思うと、すぐに元の無色透明に戻ってしまう。そういえば、真上には色を変えて燃える炎があるというのに、結晶は透明なままだ。


 男の子は驚いたように大神官様の顔を見上げ、それから振り返り、両親に向かってきょとんとした表情を見せた。


 「水の妖精の守護を得られた。名は、ハルディス」


 先ほどまでの穏やかなそれが嘘のような、重々しく威厳のある声で大神官様が宣言した。

 侯爵夫妻は感極まったかのように、息子を迎えるように両手を広げた。


「さすが私の子だ。原素妖精の守護を得るとは」

「おめでとう、ゲイブ」


 それぞれに息子を褒め称えた両親の胸に飛び込んだ彼は、とても嬉しそうだった。微笑ましい光景に、自然と頬が緩んでる場合じゃないよ、私。

 確かにお父様やお母様の言うとおり、行けば解るし、すぐに終わる儀式だった。

 でも、どの妖精の守護を得たかって、大神官様が決めるってことなの。名付けも大神官様がするの。

 ちょっと待って、じゃあ、私のアールレイ様は!?

 なにより、この命名式で妖精職人の才が解るんじゃないの!?

 私の人生設計が。


 「大丈夫よ、クリス。貴女にも素敵な守護妖精が来てくれるわ」


 動揺が顔に出ていたのか、耳元でお母様が囁いてくれる。

 違いますお母様。私は、将来最推しと出会う可能性を失うかもしれなくて、動揺してるんです。すみません、お気遣い、ありがとうございます。

 嫌な汗をかいている私をよそに、次に伯爵家のご令嬢の名前が呼ばれる。

 結晶は茶色に輝き、守護妖精が砂の妖精であることが告げられた。そしてやっぱり、大神官様が名前を付けていた。

 心の中で、深いため息をついていると、


 「クリスティン・ミラナート、こちらへ」


 とうとう自分の番が回ってきた。ためらうように、お母様とお父様の顔を順番に見ると、二人とも安心させるかのように笑ってくれた。


 そうだよね、がっかりしてるのは、私だけだよね。ここでパートナー妖精と出会って、アールレイ様と素敵な学院生活が待ってるって、期待してしまった自分が浅はかだったんだ。ここが『フェアリーズ』の世界だったとしても、現実であることは変わりなくて、ゲームと同じように進むなんて思う方が、馬鹿だった。ライトノベルでも、そうやって猪突猛進ヒロインが痛い目にあうのは、お約束だったはず。


 とぼとぼと私は祭壇の結晶へと向かう。大神官様は優しい笑顔と声で


「この結晶に触れなさい。妖精が守護を与えてくださる」


 大神官様と結晶を見比べる。


 水晶なのか、それともこの世界特有の石なのか。磨き上げられたガラス、もしくは純度の高い氷の造形物のように、透明で透き通った綺麗なそれは、大人の男性が両手を広げた幅より大きく、その先端を見るには首が痛くなるほど上を向かなくてはならなかった。


 ゆらゆらと色を変える炎が、大神官様の白い僧帽やローブをカラフルに照らし出していた。


 迷っていても仕方がない。クリスティンは、主人公なのだ。きっと、何かあるはず。そう信じよう。


 結晶の正面、ぐるりと取り囲んだ花の輪が、直接触れられるようそこだけ途切れていた。その場所に、そっと手を伸ばし、指先が触れた、そのときだった。


 まばゆいほどの光が、世界に満ちあふれた。





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