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2.



 王都の大神殿は、都市の北側、グレッサーナ山脈を背にした高台に建っていた。


 白く高い塔がいくつも並び、中央にある白亜の神殿を取り囲んでいる。一年中雪をまとっているグレッサーナ山脈と、真っ白な大神殿。神殿というより前世の大聖堂に近い建物だった。馬車を降りてから大神殿へと続く石畳も白い石を使われているため、なにもかもが白くて、目がチカチカしてくる。


 何度も目をしばたかせていると、


「大丈夫、クリス」


 優しくお母様が声をかけてくれた。

 私と同じ薔薇色の髪をした母は、かつて“朝露のカイザル”と呼ばれた社交界きっての美女だったそうだ。お父様とは大恋愛の末に結ばれたと聞いているが、やや太り気味の顔も性格も丸い父とどうしても結びつかない。お母様がお父様と結婚できなければ神殿に行くとまで言ったというのだが、本当の話なんだろうか。


「平気。命名の儀式って、なにするの」

「クリスは、この間からそればっかりだな。心配しなくて大丈夫だよ。大神官様の言うとおりにしていれば、すぐ終わるからな」


 すぐ終わるんだろうか。


 辺りを見渡せば、同じくらいの年齢の子供を連れた家族の姿があった。

 秋の中月、雪は降ってはいないものの標高の高いここは、昼間でも吐く息が白い。何枚も重ね着させられ、厚手のコートにブーツ。同じ色の帽子と手袋をしていて、防寒対策は万全だというのに、鼻の頭が冷たくなっているのを感じる。


 二人に連れられて、大神殿の大扉をくぐる。

 そこに足を踏み入れた瞬間、ふわりと暖かい空気が全身を包み込んだ。

 礼拝の場だった。見上げるほど高いアーチ型の天井からは、きらきらと光の粒が降ってくる。それは妖精がここにいるという証なのだそうだ。領地の神殿でも見たことがあったが、大神殿のそれとは比較にならなかった。絶え間なく様々な色をした光が、降り注いでいる。


 正面には、色とりどりの花に囲まれた、巨大で透明な結晶が飾られていた。両側に整然と並べられた石造りの長椅子があり、その間の通路を、結晶へと向かって歩いて行く。礼拝の間の床は汚れ一つない純白な石できているのに、通路だけが透明で、その下には水が流れていた。ときどき水しぶきが上がっていたり、波紋ができたりしていたが、魚の姿は見えない。そこにいるのも、おそらく妖精なのだろう。


 結晶の前には半円状のスペースがあり、鮮やかな色をした敷物が敷かれていた。七色のそれは虹と同じくアーチを描いているが、橙色がなく白があり、色の順番も前世のそれとは違っていた。白から始まり紫で終わる、この世界の曜日の順番と同じだった。


 お母様に言われて、帽子とコートを脱いで、手袋と一緒に渡す。命名式には家族のみで参加することとなっていて、命名式前の子供や侍従や侍女も連れてくることはできないらしい。そんなわけで、私も大神殿に来たのは、今日が初めてだ。


 既に何組かの家族が結晶の周囲に立っていた。彼らも今日、命名式を行う家族なのだろう。男の子が二人と女の子が一人。どれも見覚えのない顔だった。まだ幼かったとしても、攻略対象者ならば絶対に解るはず。イケメンだし、なにより隠しようもないきらきらオーラをまとっているはずだ。ミラナート伯爵家の街屋敷に飾られていた肖像画の王太子殿下だって、イケメンオーラが半端なかった。絵ですらあんなに光り輝いているんだから、直接会ったら、まぶしくて直視できないんじゃなかろうか。


 待って。


 『フェアリーズ』のイケメンツートップと言われた、王太子殿下とアールレイ様。

 甘く優しい容姿でありながら時折見せる男っぽさが魅力の王太子殿下と、凜とした人を寄せ付けない、細身で儚げな印象のアールレイ様。


 アールレイ様に直接会って、私、大丈夫なのだろうか。あまりの美しさに、鼻血を出したり挙動不審になったり気絶したりしないかしら。アールレイ様には、王太子殿下にはない、愛があるのよ。全身全霊をかけて、さらに課金をして注いだ愛。平常心でいられる自信が、ない。


 でもでも、クリスティンだって、かなりの美少女だし、前世の自分だったらアールレイ様の隣りになんてとてもじゃないが並ぶなんてできないけれど、今なら見劣りはしないはず。だから、大丈夫よね。きっと。


 扉の閉まる音がして、私は現実へと引き戻される。


 気がつけば、すぐ隣にもう一組男の子を連れた家族がいて、どうやら本日の命名式の参加者がそろったようだった。


 扉が閉まると、広い室内が途端に薄暗くなる。あれだけ降り注いでいた光の粒子がなくなったかと思うと、両側の壁、アーチ状の柱に次々に明かりが灯されていく。目の前の結晶のその上にも、いつのまにか大きな炎が浮かんでいた。それは次々に色を変え、柔らかく辺りを照らし出していた。燃えているのに熱さを感じないということは、妖精の力によるものなのだろうか。


 鈴の音のような音がして、杖を手にした白髭のお爺様を先頭に、白いローブの神官達が数人入ってきた。白髭のお爺様が大神官様なのだろう。彼は結晶の前に立つと、取り囲むように並ぶ五組の家族を眺め、にっこりと笑った。その姿を見て、大人達が一斉に腰を折り、頭を下げる。私も、慌ててそれにならった。


 「世界には数多の妖精により、神々の恩恵を我らに知らしめん」


 ゆったりとした声で、大神官様は聖典の一説を説き始める。それは不思議なほど、耳に心地よくて、このまま続いたら眠ってしまうんじゃないかと思うほどだ。なにより、子供の私たちは頭を下げるだけでいいが、膝を折り中腰の大人達にとって、これはかなりきつい状況じゃないだろうか。冷や冷やしながら、盗み見るように大神官様の顔を見ると、僧帽の下にあった優しそうな薄い青色の瞳とばっちり目が合ってしまった。


 「神々に感謝を。さて、秋の中月四の緑の日、今年最後の命名式を執り行う」





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