20.
体の中の魔力が、暖かくなって、全身を巡り始めるのが解る。それが、最初。
どこからか、鈴の音が聞こえてきて、胸の辺りに綺麗な黄緑色の光の珠が生まれ、それが次第に大きくなって、魔力と一緒に、ゆっくりと両手へと移動していく。集めた素材が、光に溶けていくのを感じて、鈴の音が大きく響いていく。
そうして魔力が収束していくと、そこに作品ができあがっていた。
服飾実習室で、リリ=ルルの話を思い出しながら、本を片手に私は晶石の入った小瓶を眺めていた。
染色師として出された試験は、学院から渡された布を染めること。本に書いてある材料は全て集めたし、作品の出来によっては作り直さないといけないから、早いうちに手を付けた方がいいんだろうけど。
頭の中は、トレイシーのことでいっぱいで、作品作りどころではなかった。
『フェアリーズ』に、トレイシーという女の子キャラは出てこなかった。主人公以外の女の子は、全部シルエットだったし、なんだかんだとゲーム内ではぼっちだったし。攻略対象者との好感度は、職人として作り上げた物と会話での選択肢で上下していたから、ライバルとか悪役令嬢的な相手もいなかったし。
推しは被らないんだから、同じ転生者同士、仲良く出来ると思うんだけどな。同じ『フェアリーズ』プレイヤーだし。そもそもトレイシーが転生者かどうか、それを確かめるところからなんだけど。
私はため息をつくと、机に突っ伏した。
いくら考えても、同じところをぐるぐるまわって、結論なんてでなかった。
そもそも、なにが原因で彼女に避けられているのか、解らないのだから。
トレイシーの様子は相変わらずで、目もあわせてもらえないし、場合によっては走って逃げられる始末。
「なに、ため息ついてんだ」
顔を上げると、いつの間に来たのか、アンドリューが大荷物抱えて立っていた。
「んー、いろいろ」
「いろいろなぁ」
そう言って、向かい側に腰を下ろすと、彼は乱雑に荷物を広げ始める。
「どうしたの、それ」
試験用の素材にしても、多すぎないだろうか。魔石だけでも、何種類あるんだろう。鉱石や布、砂糖に塩にハーブまである。
「試験の材料。製作工程が解らないから、とりあえずありとあらゆる物で試作してみようと思って」
アンドリューの守護妖精である星空の妖精は、守護は与えたことはあっても職人を選んだことのない妖精だった。つまり、今まで紡績師という妖精職人は存在せず、当然、その製作工程についての資料や文献など存在していなかった。
ゲームにもなかった職人だったしね。
「妖精と対話、できたの」
「まだ。まだだけど、なんか試してるうちに出来るかもって」
「大変だよね」
いろいろな意味で。
「いや、そんなことないぜ」
彼はいたずらっ子のように、笑った。
「とりあえず、糸を作れればいいらしい。何しろ、作ったところでその評価基準がねぇから、作れれば合格点」
「ええっ、本当に。それは、その、いいのかな」
「まあ、気分的には楽だよな。ウェインとカルムには、めっちゃ羨ましがられた」
「でしょうねぇ。装備師は職人も多いし、目が肥えてるし、パメラ先生が担当だもんね」
元騎士で少し前まで傭兵と装備師を兼任していたパメラ先生は、素材学の先生でもある。訓練と称して、メーレ卿と打ち合っているところを見たことがあるが、あまりの迫力に身がすくんでしまうほどだった。アンドリュー曰く、相当の実力の持ち主、なのだそうだ。
「って、私もか。オリバー先生だけでなく、ベアトリス様がいらっしゃるって話だから」
「ベアトリス様って、神殿の?」
「そう。神殿に関わる仕事がある職人の試験には、担当の神官も評価するんだって。装丁師もそうだから、リリ=ルルが真っ青になってた」
そのときのリリ=ルルの顔を想像したのか、アンドリューは声を上げて笑った。そして、
「で」
「で?」
妙に真剣な目で、アンドリューがじっとこちらを見つめる。静かな湖面のような澄んだ青い瞳が、とても綺麗だった。
「なぁに、悩んでんだ」
「あ、うん。……顔に出てた?」
その質問に、アンドリューは軽く首を傾げただけだった。
なんて言えばいいんだろう。
「……トレイシーのこと」
うん。間違ってない。いろいろ端折ってるけど、悩んでいるのは彼女のことだから。
「トレイシーと仲良くなれないかなぁって。とりあえず、普通に話をできるくらいには」
「そっか」
「うん」
「頑張れ」
「頑張れって、言われてもなぁ」
私は頭を抱える。話をしたくても、顔を合わせた途端逃げられるし、みんなと一緒のときに前世云々なんて話、できないし。
「クリスに思い当たることはないんだろ。誤解なら話せばなんとかなるって。もしだめだったら、食堂でデザート奢ってやるから」
「食堂のデザート、無料」
「リリ=ルルなら、めちゃくちゃ喜ぶんだけどなぁ」
「そうやって、リリ=ルルに素材集め手伝わせたでしょ」
「あ、バレてた」
「バレるわよ。リリ=ルルが、砂糖を何種類も集めてるんだもん。誰だって、気づくって。メグが辺境伯に手紙を書くって」
「マジかよ。親父、メグに甘いからなぁ。家に帰りたくなくなってきた」
本当に嫌そうな声に、思わず私は声を出して笑った。
メグとアンドリューは、はとこ同士だ。メグの母親であるカルソン侯爵夫人とアンドリューの母親のグラント辺境伯爵夫人は従妹同士で、姉妹のように育ったのだという。子供の頃から互いに交流があり、娘のいない辺境伯は、メグを大層可愛がっている、とのことだった。
「元気、出てきたな」
思いもしない優しい声と顔に、ドキリとする。こちらを見つめる青い瞳が、あまりにも柔らかくて、いつもの悪ガキみたいなアンドリューとは別人みたいだった。
「アンドリュー」
「アンディって呼べって。来期になれば、俺も外出解禁になるから、屋台で何でも奢ってやる」
「本当だな、その言葉」
「おうまかせとけ」
親指を立ててにっこりと笑うアンドリューは、いつもと同じ子供みたいな彼だった。




