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19.


 伏せられた両手から、淡い緑の光があふれ出した。

 それは両手と、机の上に置かれた本を包み込み、そして静かに消えていった。きらきらと光の粒子が、そこかしこにまだ残っている。


 深く息を吐いて、教壇にいたリリ=ルルは嬉しそうに傍らにいたキャメロン先生を見上げた。

 先刻まで糸で綴られただけの紙の束が、今は茶の革張りの一冊の本になっている。表紙には、蔓草模様が描かれ、中央には美しい緑の魔石が輝いていた。


 「お見事です、メッシュナーさん。妖精との対話に成功しましたね


 にこにことキャメロン先生がそう告げると、こちらへと向き直る。


「ご覧のように。妖精職人は、妖精と心通わせ、対話することにより、このように神々の御業を使うことが出来ます。素材を用意すれば、あとは妖精が職人の意図と心を読み取り、それをこうして形にするのです」


 試験の課題が発表されて、十日。

  一番最初に作品を作り上げることが出来たのは、リリ=ルルだった。

  ガドリーア王国では当たり前のように妖精の恩恵を受け、国民の誰もがその存在を身近に感じている。妖精や神々への信仰も、他国に比べても一際篤い。けれど真っ先に妖精と対話することが出来たのが、アル・メア出身のリリ=ルルだったことに、私達の誰もが驚いていた。


「大切なことは、自分の守護妖精を信じること。そして、職人として作りたい物をきちんと思い描くこと。具体的でも、抽象的でもかまいません。貴方方が、心や頭に浮かべたそれを、妖精は具現化してくれます。貴方方と守護妖精の絆は、それほどまでに強いのです。ですから、不安に思うことはありません。職人であれば、誰でも妖精と心を通わすことができます。難しく考える必要はありません。肩の力を抜いて、自然体で、普段通りに、ね」


 リリ=ルルに席に戻るよう促すと、キャメロン先生は、茶目っ気たっぷりに笑ってそう言った。


「では、本日の講義はこれで終了です。次の藍の日は、妖精学の試験です。皆さん、頑張ってくださいね」


 穏やかで優しくて、博識なキャメロン先生は、攻略対象者に負けないぐらい綺麗な顔で、とどめを刺すタイプだった。たおやかな笑顔が、お母様やお姉様のそれに重なった。

 手早く教科書とノートをまとめると、リリ=ルルと一緒に教室を後にする。


「すごい、リリ=ルル。すごい」

「すごくないっ。妖精とあまり触れあってないからって、キャメロン先生に補習受けてたから、たまたまだよ」

「でもすごい」


 教室を出て駆け出したいのを我慢しながら、私達はまっすぐに食堂へと向かっていた。


 「今日は、ちょっと豪華な」


 「よろしいのですかっ、ルドヴィ様っ」


 突き刺さるような厳しい声に、私は足を止め、思わず振り返った。


「本来なら、ルドヴィ様こそが」

「フェル、静かに」


 教室から出てきたのは、ルドヴィとその従者のフェルズの二人だった。

 同級生と言っても、彼らと口をきくどころか、講義以外で顔を合わせることはなかった。

 東大帝国の皇子様。同い年とは思えないほど大人びていて、物静かな人だった。声を荒げるところも、大声をあげて笑ったりするところも見たことがなかった。親しみやすい人ではなかったけれど、いつも仮面のように少しだけ笑みを浮かべた表情をくずすことはない人。

 フェルズは、逆に感情を表に出すことが多かった。というより、常に苛立ち、ルドヴィに誰も近づけさせまいと、常に周囲を警戒していた。


 二人がこちらに歩いてくるのを見て、リリ=ルルをかばうようにして、廊下の端に避ける。

 背後にいるリリ=ルルに、ぎゅっと、制服の袖が掴まれた。


 アル・メアと東大帝国は、休戦状態とはいえ、敵国同士。リリ=ルルは二人に苦手意識、というより怖がっている様子だった。ルドヴィはこちらを気にとめる様子はないが、フェルズが時折リリ=ルルを睨み付けているのを見かけたことがある。


 「リリ=ルル、クリス、大丈夫」


 何事もなくルドヴィ達が通り過ぎていってくれて、深く息を吐いた私達に声をかけたのは、メグだった。


「大丈夫。ありがとう、メグ」


 後ろを見ると、リリ=ルルが無言で何度も頷いていた。少しだけ顔色が悪い。


「なにがあったの」

「いつものことよ。殿下の従者殿は、なにもかも殿下が一番じゃないと気に入らないご様子よ」


 大陸で一番大きく、そして強大な東大帝国。選民思想というわけではないけれど、彼らは他国を下に見る傾向がある。ガリアーノ王国は、大神殿と妖精職人の存在があることから軽んじられることはないが、リリ=ルルの祖国であるアル・メアに対してはそうではない。特にフェルズはその傾向が顕著で、どんな場合でもルドヴィが一番で、特別扱いを要求していた。


「ウェイン達は」

「今、教室で頑張っているわ。三人でキャメロン先生を取り囲んで質問攻めにしてるみたい。だから私達は、直接リリ=ルルに聞こうと思ったのよ、ね、トレイシー」


 そういうメグの言葉が尻すぼみに小さくなる。その視線の先には誰もいなくて、珍しく彼女がため息をついた。


 避けられてるのは、私、だよね。


「とりあえず、食堂行かない。リリ=ルルのお祝いに」


 リリ=ルルの腕を取って私がそう言うと、もう片方の腕に自分のそれを絡ませたメグが


「いいえ、今から私の部屋に行きましょう。とびきり美味しいお菓子を用意するわ」


 三人で笑いながら、私達はメグの部屋へと向かった。






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