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1.



 『Fairies Handiwork~妖精達の手仕事~』、略して『フェアリーズ』は、お仕事系乙女ゲームだ。


 妖精の存在する世界。

 妖精は神々の力の滴とも、神々と人間のつなぎ手ともいわれている。人々は妖精の助けにより、豊かな生活を送っていた。なかでも、ひときわ妖精に愛され、特別な技術を得た者を妖精職人といい、舞台となるガドリアーナ王国は妖精職人が多く存在し、そのための学校もある、大陸で最も妖精と密接な関係のある国だ。


 ゲームの主人公クリスティンも、そして攻略対象者達も、そんな妖精達に愛された存在だった。


 花びらが舞い散り、妖精がくるくると踊るタイトル画面のあと、攻略対象者が次々に現れるオープニング。

 そして、最初の質問。


 『どの妖精をパートナーにする?』


 結晶の妖精を選べば、宝飾師

 樹木の妖精を選べば、装丁師

 鉱石の妖精を選べば、装備師

 雷鳴の妖精を選べば、魔道具師

 大地の妖精を選べば、服飾師

 青空の妖精を選べば、製菓師

 夜空の妖精を選べば、染色師


 主人公は王都の妖精職人学校で学び、依頼を受けたり作品を作り上げたりして、一人前の妖精職人へとなっていくのだ。その過程で、攻略対象と出会い、親密になっていき、最後には主人公が神々の祝福を授かった特別な妖精の職人であることがわかって攻略対象者とハッピーエンド、というストーリーだ。


 もちろん、攻略対象者と結ばれるエンディングだけでなく、友達のままで終わる友情エンド、誰とも恋愛関係にならず、妖精職人としての技術を極めるトゥルーエンド。そのほか、妖精職人学校を卒業するだけのノーマルエンドや恋も職人としてもダメなバッドエンドがあった。


 前世のことで覚えているのが、ゲームの知識だけっていうのもどうかと思うけれど、あのときの自分の頭の大半を占めていたのが、『フェアリーズ』だったのも事実だ。

 ちょうど、サービス開始して二年目で、イベントも一段落して、全員の追加シナリオが発表される直前だったし、なによりそれに合わせて重大発表があるとも告知されていた。

 転生もののライトノベルやWeb小説を読みあさったのも、もし自分が『フェアリーズ』の世界に生まれたらと、妄想してにやにやするためだったのだ。


 もしかしたら。

 ここが『フェアリーズ』の世界だから、その記憶だけ残してくれたのかもしれない。いわゆるチートという奴だ。少しでも有利にこの世界で生きていけるように。

 本来なら前世の記憶なんてある方がおかしいし、なにより、そんな記憶があったら、悲しくて苦しくて、それに囚われてしまうだろうから。


 だから、きっとそいうことなのだ。




 五日間も寝込んだ私は、しばらくの間王都の屋敷で療養することとなった。

 これ幸いにと、現在の自分のこと、前世のゲームの知識を整理することにした。


 クリスティン・ミラナート。ミラナート伯爵家の次女で、薔薇色の瞳と髪をもつ、美少女。そう、美少女。

 主人公ってすごいなぁ、と思うのが、この姿形だ。

 ゲーム中、本人のモノローグで、


 『美人でもないし、ぱっとしないつまらない女の子だもの』


 なんてテキストがあったが、嘘をつけ、と言いたい。


 大きな瞳も輝かんばかりの薔薇色の髪も、大理石のようにすべすべな白い肌も、ほんのりと色づいた唇も、見れば見るほど可愛い系美少女でしかない。

 鏡を見て、これが現在の自分だなんて、最初信じられなかった。ゲームの画面でもそこそこ可愛いじゃない、とは思っていたけれど、実物は段違いだ。

 あり得ない髪や目の色も、全く不自然さを感じられない。とはいえ、これは母親も姉も同じ色なので、見慣れたっていうのもあるのかもしれない。


 でも、主人公がこれだけ可愛いと、攻略対象者って、想像を絶するぐらいの美形ってことになるのだろうか。そもそもあのゲームは、キャラデザとスチルの美しさには定評があって、エンディング衣装のアクスタやエンディングシーンのグッズは予約必須だったし、オークションでも高値がついていた。


 とにかく。

 クリスティンである私は、現在12歳。王都の大神殿に、命名式のために領地から十日ほどかけてやってきたところだ。

 そして王都にあるミラナート伯爵家の街屋敷で、今年入手したばかりだという王家の肖像画をお父様に見せられて、前世の記憶を思い出し、恐らくそのショックで気絶したのだろう。


 命名式とは、神殿で妖精の守護を授かる儀式だ。自分の守護妖精が決まると、名前と家名の間に妖精名がつくことになる。

 多くの人は各領地の領都にある神殿で儀式を受けるのだが、爵位を持つ家に生まれた者は、必ず王都ガディールの大神殿でと決められていた。なぜなら、妖精職人は貴族から生まれることが多いからだ。


 妖精職人の才があると判明した者は、14歳になったら王都の妖精職人のための教育機関である王立プリエール学院に入学しなければならない。これは、妖精職人を国が把握するためで、卒業生は全員、国と組合に職人として登録される。

 妖精職人とならなくとも、社交界デヴューの関係もあり、貴族の子女の多くは10歳から12歳ぐらいで、命名式を受ける。3歳上の姉も、12歳の時に大神殿で命名式を行ったのだ。


 守護妖精がパートナー妖精だとすると、ゲームと違って命名式のときに、自分がどの職人になるか決めなくちゃならないのかもしれない。

 命名式がどういうものか、両親も姉も、詳しくは教えてくれなかった。

 行けば解るし、あっという間だから、緊張しなくて大丈夫よ、と。


 そもそも、ゲームと同様に守護妖精って、選べるのだろうか。

 選べるなら選びたい。どの妖精職人になっても攻略には問題はないが、恋愛の進行と好感度の上がり方が変わるのだ。


 王太子であるランドルフ・ルチル・ガドリーアを攻略するには宝飾師を、宰相子息であるアーチー・ジェイド・ベルクードの場合は、装丁師をという感じに。それぞれの攻略対象に対応する職人を選ぶことにより、初期パラメータはもちろん、恋人エンドになるための難易度も違うし、イベントもスチルも全く違ってしまうのだ。


 思い出すのは、大好きな最推しのアールレイ・ラピス・シーディフ様。

 金の混じる濃い藍色の長い髪に、朱金の瞳。

 シーディフ侯爵家の嫡男であり、王国随一の服飾師だ。その美しい容姿は、妖精すら魅了するとさえいわれ、昔から女性に苦しめられていた。それ故、彼は人の目を避けるようになり、屋敷からほとんど出ることもなく、人と会うことを極端に避けている。

 服飾師としての腕は王国一とも言われているにもかかわらず、王家、それも男性の服しか作ることはなかった。そんな彼が、主人公と接していくうちに、少しずつ心を開いていき、恋に落ちていくのだ。


 最初は冷たいだけのその表情が、優しく儚げな微笑みに変わった瞬間、スマホ画面に向かって私は思わず手を合わせた。彼が最推しでなくてもあの笑顔だけはなによりも尊すぎると、多くの『フェアリーズ』プレイヤーに言わしめたほどだ。


 エンディングで主人公のために作り上げたドレスをプレゼントしてプロポーズするそのスチルは、今でも目に焼き付いている。愛を囁くその言葉も、それまでが素っ気なかったせいなのか、とびきり甘く聞こえた。

 彼のために『フェアリーズ』をプレイしていた、と言っても過言ではない。本編もイベントも、スチルは全て回収したし、ボイス付きカードのために課金もした。


 染色師になりたいなぁ。染色師になって、アールレイ様にお会いしたい。


 ハーレムエンドなんて望んでないし、得てしてヒロインに転生してハーレムを目指すと、間違いなくざまぁコースというのが、ライトノベルでのお約束だ。

 『フェアリーズ』には、ライバル令嬢や悪役令嬢という存在はいないけれど、用心するに超したことはないし、そもそも『フェアリーズ』にはハーレムエンドなんて存在しない。


 なにより、前世で私が推していたのは、たった一人きり。


 クリスティンに転生したんだから、攻略対象者と恋愛関係になることは、できるはずよね。だったら、アールレイ様と恋人になりたい。


 もしも、命名式で守護妖精が選べるのなら、夜空の妖精を選ぼうとかたく心に誓ったのだった。





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