18.
薄暗い店内は、花の香りに満ちていた。甘いけれど、石けんのような、爽やかな香り。
「ミュゲ……」
ふと、背後でトレイシーの呟きが聞こえて、私は思わず足を止める。
ミュゲ?
「いらっしゃい、お嬢さん方」
店の奥から、そんな声がかかる。カウンターの向こうに、店主であろう長身の人物が立っていた。灰色のストレートの髪を一つにまとめたその人は、一見男性なのか女性なのか判断がつかなかった。きつね顔のその人は続けて
「学院生にご利用いただけるとは、光栄です。ご入り用の物がありましたら、お気軽にお声かけください」
見事な刺繍のマオカラーの上着の胸に手を当てて、店主は深く頭を下げた。私はつられて、ついお辞儀を返してしまう。
ここは、庶民向けの雑貨とお菓子の店だ。小瓶に入った飴や可愛い包装のクッキー。リボンやレース、女の子向けの可愛い文具や、小さい子向けの素朴なおもちゃなどが綺麗に並べられている。
本来晶石は、妖精職人が使う素材ではなく子供のおもちゃのようなものだ。確かに、小さい子って、キラキラした物好きだよね。ただ、この店で扱っている晶石だけが、攻略対象者の好感度を上げることが出来るのだ。この店は、学院に出入りがないから、こうして直接買いにくるしか入手方法はない。
ゆっくりと棚の商品を一つ一つ、確認するように眺めていく。
ゲームでは確か晶石は、箱の中に、いろんな色がごちゃ混ぜに入っていたんだけど。そうして、棚の下の方にあった箱を見つけた私が、手を伸ばそうとしたときだった。
「あった」
私より先に、箱を手に取ったのは、トレイシーだった。
あった?
箱をのぞき込んでいたトレイシーが気配を感じたのか、はっとして顔をあげた。笑顔だったそれが、私を見た途端、一気に青ざめていく。
「えっと、トレイシーも、その、それを探していたの」
そう問いかけても、箱を手にしたまま、固まってしまっている。だらだらと汗かいてるけれど、いろんな意味で大丈夫。
なにか言いたいのか、はくはくと口を動かしているが、言葉にならないままだった。
どうすれば、いいの、私。
「トレイシー」
「お嬢さん方、そちらはただの晶石ですよ。お探しの物は、こちらにございますよ」
静かなその声は、男性の物だった。彼は、カウンターの上に、布張りトレイを取り出して見せた。
「特別な晶石、お探しでしょう」
そのトレイには、七色の晶石が綺麗に並べられていた。
気まずい思いで、私もトレイシーも黙り込んだまま、中央広場へと戻ってきた。
空はオレンジ色に染まり始めていて、広場にいる人もまばらだ。さっきまであったいくつかの屋台も店終いを済ませ、広場に面した店や家に明かりが灯り始めていた。
ウェインとカルムの姿は、見当たらない。どうしたらいいか解らなくて、私は、横目でトレイシーの様子をうかがった。
私のポケットには、小瓶に入った金の粒子の入った藍色の晶石。今回は特別に無料ですよ、と笑っているんだけど笑っていない顔で店主はそう言った。
そしてトレイシーにも、笑顔で琥珀色の晶石を渡していた。
“妖精の寝床”で売っている、特別な晶石。私の知る限り、晶石を素材として使うレシピはない。少なくとも、今回の試験に関する物にはないはずだ。しかもあの店も晶石も、ゲームをプレイしたから知っていることで。
もしかして、トレイシーも、転生者、とか。
トレイシーは製菓師見習いで、晶石の色は琥珀。ということは、大人の魅力のジョシュア王弟殿下狙いってこと。
どうしよう、話しかけてみるべきかしら。でも、なんて。
もしかして、前世の記憶持ってますか、とか。
それとも、『Fairies Handiwork~妖精達の手仕事~』って知ってますか、とか。
定番の、私、アールレイ様推しなんですけど、ジュシュア様推しですか、と聞くべきか。
トレイシーの顔は、相変わらず真っ青だし、どうしたらいいんだろう。
そうやって途方に暮れていると、遠くからウェイン達が走ってくるのが見えた。結局、私は、トレイシーに確かめるタイミングを失ってしまった。




