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17.


 ノア通りを目的地へと歩く私の少し後ろ、黙ってトレイシーはついてきていた。


 トレイシーの印象は、メグの言ったとおり、大人しくて控えめな子だった。ただ、さりげないお洒落がすごく上手で、お団子にまとめている水色の髪も、編み込みが凝っているし、リボンと耳飾りは、いつも色が一緒で、今日はピーコックグリーンだ。メイクも四人のなかではしっかりとしている方じゃないだろうか。リリ=ルルはほぼメイクはしないし、私もメグもナチュラルメイクだけれど、トレイシーは一見なにもしていないように見えて、アイラインも口紅も、さりげないけどきっちりと入れている。

 持ち物にも、目立たないところに刺繍を入れていたり、かわいいチャームをつけていたりして、女子力が高いのだ。


 「あ、あの、トレイシーが行きたい所って」


 振り返って尋ねれば、水色の瞳を大きく見開いて、身構える。なんか、泣きたくなってきた。


「私は、あとでいい、から。クリスティン、様の行きたい所を先に」

「あー、うん。じゃあ、そうさせてもらうね」


 王立プリエール学院で学ぶのに、金銭的な負担はほぼない。

 学寮で暮らす限り、最低限の学用品や生活必需品など、全て学院側で用意してくれる。もちろん、授業料をはじめとする学費も必要ない。これらは、少ないながらも妖精職人が、平民からも誕生することがあるためだ。

 初めての試験も、チュートリアルがそうだったように、素材などは全て学院側が無償で用意してくれる。本来ならそれで事足りるのだが、私にはどうしても手に入れたい素材があった。町の、あるお店でしか売っていない、素材。


 特別な晶石。


 晶石は、魔石のかけらやビーズのような、小さな色つきの透明な石だ。本来は、子供の遊び道具や、小物の飾りになどに使われる。ただ、とある店で売っている特別なそれは、攻略対象者のイメージカラーを使って品物を作成すると、出来の如何に関わらず、その対象者が気に入りやすく、さらに好感度が少し上がるというお得アイテムなのだ。


 チュートリアルのとき、魔石のかけらやビーズと一緒に表示されて、アイテムの説明も、キラキラした石とだけしかなかった。品物のレシピにも晶石の記載がないから、ほぼ使わなかった素材だった。あとで、好感度が上がると知って入手しようとしたが、チュートリアル以降、町のある特定の店でないと買えない、しかも日によって晶石の色がランダムで変わると解って、どれだけ絶望したことか。


 ゲームのアイテム使用は、違法だったり麻薬的な要素があったりというのが、前世での乙女ゲーム転生ものによくあるパターンだ。正直、迷ったりもしたのだけれど、今回だけと心に誓って、使うことにしたのだ。

 なにしろ試験結果が出会いイベントに直結してるんだから。


 後ろを歩くトレイシーを気にしながら、私は目的のお店を探す。

 ゲームのスチルと実際の街並みは、似ているところもあるけれど、当然違っていて、記憶にある主人公のモノローグのテキストを必死で思い出していた。


 名だたる幾人もの妖精職人の品物が並ぶクレイトン商会のプリエール支店を通り過ぎ、少し歩いた先にある古びた看板もない小さな店。ガラス窓は曇っていて、中を見ることが出来ないけれど、白い小花の意匠がちりばめられた焦げ茶色の扉が目印。


 店の名前は、“妖精の寝床”


 見つけた。私は、意を決してその扉に手をかけた。


「えっ」

「えっ」


 その声に反応した私が、思わず声を上げてしまって振り返ると、ものすごい表情でこちらを見つめるトレイシーがいた。なんて言うんだろう、驚きと恐怖と、それと諦めたような、そんな感じ。とにかく、良い感情ではないということだけは、はっきりと伝わってきた。


「ク、クリスティン様、そこ、その店に、ご用事が?」

「う、うん。そうだけど、なにか」

「なんでもありません。その、すみません、お引き留めしてしまって」


 心の距離を感じる。胸の前で祈るように握りしめられたトレイシーの両手が、かすかに震えている。

 彼女は、なにに怯えているんだろう。私に対して、といっても思い当たることはなにひとつない。


 リリ=ルルの言うとおり、変な人に思われているのかなぁ。


 悩んでいても仕方がない、目の前のことから一つずつ片付けていかなくちゃ。

 そうして、私は改めて店の扉を開いた。




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