16.
「スティー領とは離れているし、ご兄弟もいないはずだし。官位もお持ちではないわ。クリスの所もでしょ」
「そうなんだよね」
数日前、学寮のメグの部屋で、私とリリ=ルルは試験勉強という名目でお茶をしていた。
学院の生徒は皆平等であると謳われているが、身分というものは確かに存在している。
一つ上に在籍している王太子のランドルフは、王族専用学寮として用意された豪奢な建物に住んでいるし、メグも学寮の離れを丸々一棟利用している。もちろん、侯爵家から連れてきた侍女とメイド、護衛付きだ。
本当なら、もう一つある王族の女性専用の建物がメグの住まいとなるはずだったのだが、ルドヴィ皇子の留学が決まったことから、急遽この女子学寮の離れに変更になったんだとか。
室内の壁紙も家具も、装飾に至るまで、侯爵家が職人に頼んで、特別に作らせ入学前に改装させたのだそうだ。もう少し時間があれば妖精職人にすべて作らせたのに、と言っていたというから、家格の差というものを実感した。
ちなみに、私とリリ=ルルの住む寮の部屋は、ランクでいえばちょうど真ん中ぐらい、居間と寝室の二部屋続きのものだ。びっくりするほど豪華ではないけれど、シンプルで清潔で、私は気に入っている。
「王宮に出仕していないってことだよね。じゃあ、ルグラン伯爵家ともなんかあったってわけじゃないか」
「カイザル家関係、とか?」
「やめて、それ怖いからっ」
カイザル家の女性関連でもめたとか、私には荷が重すぎる。淑女教育を受けただけの小娘に、女同士の化かし合いとか、過去の痴情のもつれとか、絶対に無理だから。
「んー、トレイシーって、製菓師見習いなんだよね」
お茶菓子を黙々と食べていたリリ=ルルが、ぼそりと呟いた。
「そうよ、それがどうかしたかしら」
優雅にお茶を飲みながら、メグが答える。私達が囲んでいるテーブルには、ノートや教科書などは一切なく、お茶とお茶菓子だけが置かれていた。
「クリスと同じなら、なんか勝手にライバルとかそういうふうに思ってたのかなって。思い違いかもしれないんだけど、ほら、最初の古語の授業。あのあとからだと思うよ、トレイシーがおかしくなったの」
メグはしばらく考えてから、思い当たることでもあったのだろうか、
「……そうかもしれないわ。なにか、した? クリス」
「してないしてない。思ったより難しくて、必死だったし」
「ぶつぶつひとり言言って、変な人に思われたとか。隣り、トレイシーだったし」
「えっ、私ひとり言とか言ってる!?」
リリ=ルルとメグは顔を見合わせてから、黙ったまま同時に頷いた。
恥ずかしいっ。なにを喋ってたんだろう。不味いこととか、やばいこととか話してないよね。
「なんか行き詰まると喋るみたいだけど、頑張れーとか、なんかのためだーとか、そんな感じ。お呪いとか思ってた」
ああ、心の声が洩れ出していたのね。あまりのことに恥ずかしくなって、両手で顔を覆ってしまう。
確かに、頑張れ自分、とか、アールレイ様のため、とか、心の中で言いまくってたよ。まさか、無意識に口にしていたとは。
「いつもって訳でもないし、必死になっているときだから、みんな暖かく見守っていてよ」
みんな知ってたんなら、誰か一人くらい言ってくれたって。
「製菓師と染色師じゃあ、かぶりもないよね」
職人の仕事で、一部被る部分があるものがある。
例えば、宝飾師はきらびやかな場面でのアクセサリーなどを作るのがメインだけれど、防御の効果のある魔石を加工して騎士のための指輪を作ったりすれば装備師と、ご婦人を美しく見せる輝きを放つネックレスなどは魔道具師と被るのだ。
そこら辺はまあ、それなりに職人同士で分業にしたり、依頼主側でうまく調整したりするのだが、なかには自分の領域を侵したと抗議する人や、相手方を敵視する人もいるんだそうだ。
「トレイシーは、そういう子ではないわ。大人しくて、いつも一歩後ろに下がって、目立たない子よ」
カルソン侯爵家のお茶会でも、あまり話すこともなく、聞き役に回ることが多かったそうだ。
「冬季休みに入ったら、私も家の者に聞いてみるわ。クリスも、ね」
「うん、お母様に聞いてみるわ」
とりあえず、四人しかいない女子の同級生で、ぎすぎすするのは嫌だし、原因があるなら早いうちに解決しておきたい。
「じゃあ、この話終わり。メグ、このお菓子のおかわりが欲しい」
リリ=ルルが手を叩いて、にこやかにおねだりをする。メグは仕方がないとも言いたげに、軽く手を上げると、侍女が新しいお菓子をのせたトレイを手にしてテーブルへと並べていく。
結局その日、部屋に戻るまでずっとおしゃべりをしていて、試験勉強は一切手つかずに終わったのだった。




