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10.


 「おはよう、クリス。今日の髪型も素敵」


 寮の食堂ですでに席に着いていたのは、マーガレット・ブロン・カルソン侯爵令嬢。薄い金のストレートの髪をポニーテールにした、長身のクール系美人だ。


「ありがとう。メグみたいな美人に言われると、照れちゃうわ」


 私はメグの正面に座り、そう応じる。


「トレイシーは? どうしたの」


 朝ご飯の載ったトレイを持って、リリ=ルルが私の隣に座る。メグは手入れの行き届いた指を自分の顎に当てて、


「食欲がないんですって。あの子、大丈夫かしら」


 私とリリ=ルルは、互いの顔を見合わせた。

 トレイシー・マリン・スティーは、スティー子爵家のご令嬢で、カルソン侯爵家の傍系にあたるのだそうだ。そのせいか、どうにも一線を引かれているというか、今ひとつうち解けられていないというか。というより、なんとなくだけど、私、彼女に避けられてるような気がする。


「学院では、普通の友人として接しましょうね、と言ったのだけれど」

「無理でしょー。あたしだって、最初メグと話すとき、なんかやらかしたら学院追放になるんじゃないかって、ビクビクしたもん」


 リリ=ルルがけらけらと笑う。厚切りベーコンに山盛りの蒸し芋。オムレツに肉団子入りスープ。そのほかにサラダに、お皿いっぱいのパン。細いのに、どこにそれだけの量が入るのだろう。なにより、朝からそんなによく食べられるな。ちなみに私はサンドイッチとスープ、メグはフルーツと紅茶だけだ。


「そうは言っても、リリ=ルルも国に帰れば侯爵令嬢じゃない」


 リリ=ルルは、隣国アル・メアからの留学生だ。ガドリーア王国に比べ、他国の妖精職人の数はとても少ない。妖精職人が存在していない国の方が多いくらいだ。当然職人のための教育機関などあるわけもなく、毎年何人かの他国出身の生徒が留学生として在籍している。


「そうはいっても、あたし、12番目の子供だし。母親は平民だしねー。自分の食い扶持は自分で稼がなきゃーっていうくらいのほぼ平民だよ。住んでるところだって、町中だしねー」


 アル・メア王国は一夫多妻制の国で、しかも高位の貴族や富裕層はたくさんの妻を娶る慣習がある。それは貴族としての大切な役目なのだという。

 東大帝国に隣接した小さな国アル・メアは、しばしば魔獣の大発生が起きる大樹海とも隣り合っている。帝国との領土争いや魔獣討伐などが何年かおきに発生し、そのため男性が女性に比べて極端に少なく、未亡人や身寄りのない子供が多くいるのだという。そういった女性や子供を、貴族達が妻や養子として迎え養うことは、当たり前のことなのだそうだ。


 命名式を終えてから、この世界は『フェアリーズ』の世界ではあるけれど、それと同時に、私が前世で生きていた日本と同じ現実なんだなって、しみじみ思う。

 ゲームでは描かれなかったいろいろなこと、この世界ことやリリ=ルルやメグのように名前すら出てこなかった人達。そういうことを知識として知ること、友人として親しくなること、それらが少しずつ主人公である私の環境に影響を与えていた。


 例えば、ゲームでは学寮で一人部屋だったが、現実ではリリ=ルルとの二人部屋だし、メグやトレイシーと知り合うこともなかった。思い出してみれば、『フェアリーズ』って名前のある女の子って、ほぼ登場しなかったのよね。


 そのほかにもゲームにはなかった妖精職人の職種や、学院の生徒の数とか。


 学院がメルリウス公爵領にあることや学院のある町が高い塀に囲まれていること、生徒が町に降りるにも塀の外に出るにも学院の許可がいることなど、ゲームにはない設定があまりにも多すぎた。


 なにより、私が一番驚いたのは妖魔の存在だ。


 妖精でありながら、魔に身を堕としたもの達。

 かつて神々が世界を作り上げたとき、世界は妖精のものだった。

 その後、人間が誕生し、神々は無力で弱い人という存在を哀れみ、妖精達に手助けするように命じたという。妖精達の多くはそれを受け入れ、今の小さな羽根を持つ姿へとかえ、人とともに生きる道を選んだ。人に力を貸すことを拒んだ妖精も、天上へと移り住み、神々とともに世界を見守ることに決めたという。

 けれど。人とともにあることを拒み、そして天上へ行くこともなく地上に残った妖精達がいた。彼らは、世界を再び妖精達だけのものにするため、人をこの地から消し去ろうとしていた。それらが、妖魔と呼ばれる存在だ。


 彼らは魔力を持ち、魔獣を誕生させ人を襲わせ、災厄や病気を引き起こす。力のある妖魔は、人をさらい、食うことすらあるという。


 子供の頃から妖魔については聞かされていたが、それがかつて妖精だったという話は学院に入学するまで知らなかった。妖魔が妖精であるということは、王族の他、限られた人間しか知らないのだという。

 ではなぜ私たちが学院でその話を学ぶのかというと、妖精職人は彼らにとっては魔力を得られる大変美味しい食材で、しかも職人についている守護妖精もまた美味、なんだそうだ。そのせいか、職人は妖魔に襲われる確率が高く、対抗する手段を持たない見習いの妖精職人など、どうぞ食べてくださいといっているようなものなのだそうだ。


 町を取り囲む高い塀も、外出に厳しいのも、全て私たちの身を守るためだった。


 ゲームではそんな設定はなかったし、主人公は結構気軽に町に出歩いていたし。身の危険なんて、感じることはなかった。


 もしかしたらここは『フェアリーズ』ではないのかもしれない、と何度も思ったことがあった。けれど、攻略対象者は全員存在していて、国の名前も学院の名前も、なにより妖精職人なんていうものがあることも、共通点が多すぎて違うとも言いきれなくて。


 アールレイ様が存在していて、会えれば、恋人になれれば、細かいことは気にしないようにしよう、とこの二ヶ月で私はそう決めた。命の危険とか世界観とか、細かいことじゃないと言われそうだけど、自分の力じゃどうしようもないことに悩んだって仕方がないし。


 なにより今一番考えなくちゃいけない大きな問題は、別にあるのだ。


「心配だよね。もうすぐ、試験だし」




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