9.
薔薇色の髪をハーフアップにして、金の刺繍の施された深い藍色のリボンを結ぶ。
「クリス、用意できた?」
開け放たれた扉から顔を出したのは、赤銅色の髪を三つ編みにした、ルームメイトのリリ=ルル・ライト・メッシュナーだ。そばかすがチャームポイントの、大きな緑の瞳が印象的な、装丁師の妖精職人見習いだ。
私は、もう一度姿見で確認する。プリエール学院のローブを着たその姿は、まさしく『Fairies Handiwork~妖精達の手仕事~』の主人公クリスティンそのもので、若干の恥ずかしさはあるものの嬉しさが大きかった。
とりあえず身だしなみを整えて、私はリリ=ルルと一緒に部屋を後にした。
妖精職人を育成するために特化した教育機関、王立プリエール学院。
王都ガディールの西側にこぶのように存在する、大きな学園都市。
この土地は、メルリウス公爵の直轄領なのだそうだ。
昔、まだ妖精職人を各領地それぞれに育成・管理していた時代があり、その頃一人前の妖精職人となれる者はほんの一握りで、しかもできあがった作品もおよそ質がよいとはいえなかったそうだ。そんなことではその御技を与えてくださった神々に申し訳ないと嘆いた、当時のメルリウス公爵が、妖精職人達が学び、その技術を極めるための場所にと、己の王都の居城を提供したのだという。
学院を中心に、生徒や職員達のための住居や店、職人のための店舗、さらには学院を卒業した職人達の工房があるここは、高い壁に囲まれていて誰でも出入りできるというわけではないが、王都でも一、二を争う賑やかで活気あふれる場所だった。
とはいえ。
学寮に住み、生活のほとんどを学院の敷地内で過ごしている今は、町に行くことはほとんどない。
そう私クリスティン・ローズ・ミラナートは、あの二年にわたる地獄の淑女教育を終了して、この秋、めでたく妖精職人のための学校王立プリエール学院に入学したのだ。
長かったし、辛かった。お母様の顔が本気で鬼に見えた。
妖精職人ともなると、王家主催の催し物への出席、他国に行くことはもちろん、各国の要人と会うことも多いことから、ふつうの伯爵令嬢としての教育より、さらに上のものを求められるんだそうで。この二年、ほぼミラナート伯爵家の街屋敷に缶詰状態でした。
物語が始まる前に攻略対象者と出会って、甘酸っぱい思い出が、なんてことも起きませんでした。
最初、ゲームの記憶があると言うことは、チートじゃない、と思ってはみたものの。現実の生活には、全く役に立たなかった。
ゲーム開始時に主人公は、ちゃんとした貴族の令嬢になっていたから当然なんだけど。
そのほか、ゲームの舞台であるプリエール学院での生活についても、ちょっと調べれば普通に解ることばかりで。
乙女ゲームらしいといえばそうなんだろうけれど、アドバンテージがあるのは恋愛方面だけのようで。
正直に言えば、主人公としての能力に、なにかこう、恩恵がほしかった。淑女教育のスキップ機能とか、オートモードとか。
ただひたすら、アールレイ様のため、を唱え続けて淑女教育を乗り切った私を誰か褒めてほしい。
やっぱり、愛の力って偉大だわ。