皇后とは中間管理職である。寵愛など二の次……のはずが、なんでこんなに胸がときめくんだ!!
なんちゃって中華ファンタジー。横文字バンバン出てきます。
強大な帝国にとって皇帝の伴侶、皇后とはビジネスパートナーである。
三千から成る妃嬪……もとい従業員を従える管理職、権力もデカいが責任もマジで重い。
女の諍いを収め、古タヌキやキツネに目を光らせて後宮の秩序を守る。
暁華国皇帝、狼黄はそんなスゴデキ皇后を求めた。
皇太子の頃から超優秀だった彼は縁談がひっきりなしにきていたが、
「陸老師の『番要録』、八節についてどう思うか」
と科挙レベルの問題を出して美姫たちを大泣きさせた。
そして彼の父親の皇帝が体調を崩したため、隠居することになり彼が皇帝に就いたのだが、皇后の座は空位だった。
「さすがに国母がいないのはまずいです!!」
「誰か召し上げて下さい!!!」
ということで、狼黄が皇后に立てたのは、曜公爵家の清蘭姫だった。代々文官を輩出する名門で狼黄の数少ない友人だった。
「皇帝の勅命なら絶対逆らえないけどなんで私!? もっと美人で気品がある人いっぱいいるでしょ!!」
「お前はガサツで気品もないが、誠実だし根性もある。そして頭がいい。こっそり偽名で商家を営んでいるのは知ってるぞ。大通りの茶屋が大ヒットしているそうだな。『皇帝御愛用品』の看板欲しくないか?」
「……呉服屋と酒楼にも頼むわ」
「いいだろう」
「契約成立ね!」
二人は固い握手を交わした。
■
曜清蘭は玉の封号を貰った。玉蘭皇后と呼ばれた。
男勝りでガサツだった彼女だが、元々地頭はよく、接客業を営んでいただけにコミュ力抜群で超努力家だったため、後宮に入るまでには作法完璧になった。
もともと整った顔立ちであったため、美しく着飾って化粧を施した彼女は月の女神レベルで美しかった。
出迎えの使者は腰を抜かし、狼黄は持っていた茶器を落っことした。
「妖術か何かか!!? 禁断の呪術に手を染めたのか!!」
「だまらっしゃい!! 私は元々美人なの!!! お父様とお母様を見てたらわかるでしょ!!!!」
狼黄のあまりのいいぶりに清蘭の外面は速攻ではがれた。
宮殿の奥の奥、人払いを済ませたあとだから誰にも知られていない。
「……そういえば曜公爵夫妻はどちらも見目麗しかったな。兄君も女性と見まごう美しさで雷国の公子が女性と間違って求婚したとかなんとか」
狼黄がかつて起こった騒動を思いだしながら言う。公爵家次期当主として領地からほとんど出てこないが、式典などで目にすることはある。
後宮の妃嬪真っ青の美形だった。
「そう!つまり、私も超美形の遺伝子を持っているの!!まあ……お兄様ほどじゃないけどね……」
兄の美しさはレベチだ。勝とうとも思わない。私の見合い相手が出迎えた兄を見て求婚を取りやめるくらいである。怒った兄に怒鳴られても『もっと罵って下さい!!』と縋りつくレベルだ。
狼黄は美貌の貴公子をうっすらと思いだし、慰めるようにポンと清蘭の肩に手を置いた。
「そまあ、俺がお前に求めるのは美しさでなくてその頭、弁術だ。過酷かもしれんがよろしく頼むぞ」
そして半年の月日が過ぎた。
清蘭は皇后として完璧に後宮を管理した。
狼黄はとても満足しているのだが……、一つ計算外の事が起こった。
なんとなく、彼女の動向が気になるのだ。
「皇后はどうしている?」
「涼妃様方と舟遊びに」
「そうか、行ってみるとしよう」
仕事漬けでそれ以外興味のない彼の行動に側近たちはびっくりした。そして狼黄自身も驚いている。
(……清蘭がきちんと仕事をしているか確認するためだ。皇后の監督は皇帝である俺の役目だからな!!)
狼黄は自分を正当化した。
そして彼が見たものは、妃嬪たちに綺麗な笑顔を向ける天女……清蘭の姿だった。
顔かたちが美しいのは知っていたが、こんなに華やかで綺麗な笑い方をするのだと初めて知った。
しかしその顔は狼黄と目が合った瞬間に規律正しい、『仕事人間』の顔になる。
「皇帝陛下、ご挨拶申し上げます」
清蘭はうやうやしく礼を取る。完璧な作法だが、狼黄はなんとなく気に入らない。
「皇后を残して他は去れ」
人払いを済ませると、清蘭は不思議そうな顔で見つめてくる。普段は年齢以上の気迫を見せるが、今はまるっきり普通の女性だ。ただし、とびっきり美しい。
「陛下、どうかしたんですか? 何か問題でも?」
「お、お前がちゃんと妃嬪を管理しているか見に来ただけだ。皇后の監督は皇帝である俺の仕事だからな」
「あ、そうですよね。納得です。ちなみに今日の船遊びは、涼妃が気落ちしていたので励ますための集まりでした。真美人は歌舞を披露して場を盛り上げてくれました。梅貴人は琴を奏で、李嬪は美味しいお菓子を作ってくれました」
にこにこと語る彼女の顔は妃嬪たちへの愛が詰まっている。真心を持って彼女たちに接しているからこそ、彼女たちも清蘭に心を許すのだろう。
でなければ誇り高い涼妃が『気落ち』を他人に話すはずなどない。
清蘭は後宮で愛されているようだ。
(……気に食わんな)
狼黄は清蘭を見た。
白い頬、細い首、華奢な体。目は大きくて艶やかな黒髪は染め上げた絹のように美しい。紅を差し、化粧を施して着飾ってはいるが、それは自分のためじゃない。
「私に何かついてます?」
「……いや」
「そうですか。じっと見られ続けるのは慣れていないもので」
「お前は俺の前であまり笑わんな」
「上司を笑うなんて恐れ多くてできませんよ。しかも皇帝ですし」
「勅命ならできるか?」
「こうですか?」
ぎこちない笑顔を清蘭は見せる。
「さすがに歯をむき出しにするとサルみたいになりますからこれが限度ですが」
筋肉だけで笑顔を作って目は笑っていない。それでも可愛いなと思ってしまうのは……。
(くそっ……。ビジネスパートナーにしなけりゃ良かった)
狼黄は気付く。
彼女の才覚だけで皇后に召し上げたわけではない。
幼いころから彼女に恋していたのだと。
しかし、自覚したところで現状は何も変わらない。愛する清蘭は今日も管理者としての責務を全うする。
「張美人は詩吟が得意でしてその音はリラックス効果抜群です。最近お疲れでしょうから彼女をお召しになられては?」
まるでシェフのおすすめメニューのように清蘭は妃嬪を推薦する。偏りがないように、外戚とのバランスがたもてるようにと考えているわけだが……。
狼黄はぶすっとした顔になる。
「気が進まないのですか?それでしたら香貴人はいかがでしょう。彼女は手先が器用で匂い袋も作っているんですよ。目と鼻で楽しみながら夜を過ごすのも楽しいですよ」
しかし狼黄の顔はふてくされたままだ。
「他にお気に召したものがいますか?」
「言ったら聞いてくれるのか?」
「それはそうですよ。偏りがないようにするのが私の役目ですが、あなたの意向を無視するのも良くないですからね」
狼黄はにやりと笑った。
「お前を所望する」
狼黄の言葉に清蘭は目が点になった。
そしてすぐに笑いだす。
「あははは!! いいですよ!! ずいぶんお疲れですものね。今日はぐっすり寝ちゃいましょう!!」
清蘭は速攻で快諾した。
意味を理解していないのはその言葉で明白だ。
二人のこれまでの関係を思うと致し方がないだろう。
今はこれでよい。
「清蘭」
狼黄が言う。真っすぐな目で。
「な、なに?どうしたの?」
狼黄は端正な顔立ちでとても凛々しい男だ。美形の兄が女性的な美というなら、彼はその真逆で雄々しくてかっこいい。
迫力のあるその眼に見つめられ、清蘭の体はピクンと跳ねる。体だけは狼黄の意図を読んで警戒モードに突入していた。
「寝よう。ぐっすりと」
狼黄はにっこり笑って清蘭を抱きかかえた。
そしてその夜、清蘭は抱き枕にされて一晩を過ごした。
清蘭は一睡もできなかった。
「な、なんだったの今の……」
呆然とした彼女はその日一日何もできなかったが、狼黄は超ご機嫌で政務に励んだ。
その夜、清蘭は妃嬪たちを推挙したのだが、
「月のものが」
「お腹痛くて」
「猫の出産が」
「頭が痛くて」
と体調不良続出で誰も相手ができなくなった。
「皇后しか相手ができそうにないな」
にっこり微笑む狼黄に清蘭は青ざめる。
「え、えっと。ビ、ビジネスパートナーですよね。私たち」
「でも夫婦だな」
「プロポーズされてませんけどね!!!」
清蘭が言うと狼黄はハッとした顔になった。
「そういえばそうだな。玻璃宮と虹光水滸、星真珠の耳飾りに、月翡翠の首飾りをプレゼントしよう」
玻璃宮は皇帝御用達の別荘である。虹光水滸は常に虹が見える滝がある湖で月翡翠は月の光を受けて輝き、星真珠は星が浮かんだようにほんのりと光る高価なものだ。
「な、なんで……?」
清蘭が驚きながら問い返すと狼黄は呆れた顔で言った。
「はあ……ここまでやってもわからんか。俺はお前が好きなんだ。初めて会ったあの日から」
二人の出会いは五歳から。
見事な詩をそらんじた才女に狼黄は興味を持った。可愛らしい顔立ち、そして意志の強そうな目が好ましかった。
「お、お兄様と間違えてません?」
いつもそうなのだ。
清蘭を好きだと言った人は皆が兄に流れていく。兄にボッコボコにされてなお喜ぶ変態どもだ。
度重なればいい加減諦めがつく。自分を好きになる人間はいないのだろうと達観する。
狼黄もそうなのかと清蘭は少しだけ心が寂しくなる。
唯一、自分を見てくれた人だと思ったから。
「おい。どうしてここでお前の兄が出てくる。俺が好きなのはお前だ」
狼黄は清蘭の顔を両手で挟むとぐっと顔を寄せた。
「俺の目に映るのはお前だけだ。お前だけが欲しい」
「そんなの。帝国一の美形に言い寄られたら落ちるにきまっているでしょ!!!!契約違反だああああ!!!!」
狼黄の顔は好みだ。性格はクセがあるが、根は真面目で割と優しい。寝落ちした私を負ぶってくれたこともあるし、欲しかった書物を探してくれたこともある。
友達だから安心して傍に居れたのに。
恋をしても自分だけのものにならない人だ。
きっと苦しくて苦しくてたまらなくなる。
いやだ。好きになりたくない。
ぽろぽろといつのまにか清蘭の目から涙が出ていた。
「お前を悲しませるつもりはなかった。お前が嫌なら無理はしない。今まで通り、後宮の管理人として傍に居てくれ」
狼黄の声が優しく響く。
彼の顔は後悔が滲んでいた。
性急すぎたこと、自分の考えだけを押し付けてしまったことを悔やんでいる。
「……うん、傍に居るよ。ずっと。友情なら永遠に続くから」
真っ赤な目でぎこちなく清蘭は笑った。
■
半年後、清蘭は狼黄の部屋で寝泊まりしているようになった。理由は狼黄がなんやかんや理由を付けてやってくるのだ。
「この項目をどう思う」
と、国政に関する物なので仕事の一環として話を聞く。夜ももう遅いのでそのまま寝る。
その毎日である。
最初の時は一睡もできなくなったが、狼黄は横で寝ているだけなので数日もすれば慣れてくる。
いつしか、抱き枕になって寒くなれば清蘭から抱き着くこともあった。
そして……。
後宮から妃嬪たちが次々と出宮していった。
「大将軍との婚姻が決まりました」
「幼馴染との縁談が」
「家督を継ぎます」
「公国の太子に嫁ぎます」
選りすぐりの才能あふれる美女たちである。
後宮に収めるのはもったいないということで、外交の接待や通訳、政務の一部を手伝わせていたのだ。出会いがあれば縁もできる。
出宮も可能であるし、それを皇帝が推奨しているからなおさらだ。
妃嬪たちはそれぞれ幸せを見つけて出ていった。
そして後宮に妃は一人だけ。
皇后只一人となったのである。
「なんでこうなっちゃったの!?この大きすぎる後宮に私一人だけ!!?宮女たちもそれぞれ何か仕事見つけて出て行っちゃったし!!?」
「そもそも寵愛のないのに後宮にいても皆が苦しいだけだろう。ほれみろ、妃嬪たちから幸せのお便りがこんなにも」
「いつから後宮は結婚相談所になったんですか!!!!」
「そうだな。俺がお前の愛を自覚してから……かな?」
狼黄は悪びれもなく言った。
清蘭は脱力した。
「……無理やり脅して出て行かせたわけではないですよね?」
「さあ、どうだろうな?」
狼黄がいたずらっ子っぽく笑う。
その真意は清蘭にはわからないが、狼黄の目がマジなのは理解できる。妃嬪の出宮は可能だが、皇后は無理だ。正妃で国の母。
もう逃げられない。
逆に言うと、もう逃げなくていい。
「……言っとくけど、私の愛は重いからね」
清蘭が照れながら言うと狼黄は楽しそうに笑う。
「気が合うな。俺の愛も重いようだ。どっちが重いかな?」
狼黄はぎゅっと清蘭を抱きしめる。彼の香が清蘭を包み込む。いつしか安心する香りとなっていた。
「幸せになろうね。そして国を幸せにしていこうね」
「ああ、そうだな」
夜はまだ始まったばかりだ。