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聖傑  作者: 如月誠
第四章 雪月華編
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第五十六話 反抗

 銀城蒼。


 彼と会うのは陽ノ下と銀城栄介の諍い以来だ。

 親子間での戦いには決着がつき、その後、組長だった銀城栄介は天権の代償として意識不明の重体。現在は若頭だった彼が代理になって組を仕切っている。

 銀城栄介かねてからの意志もあって銀城会は大きく方向転換した。

 町の清掃や介護施設の手伝いなど、品行方正なヤクザという妙にアンバランスな組織として現在は活動しているようだ。


「学生がこんな真っ昼間から堂々とサボりとは感心しねぇな? お前はもっと賢いヤツだと思ってたぜ」

「あ、いや、それは……」


 鼻先数センチという距離で睨まれ、狼狽える響里。

 その反応を楽しむかのように銀城蒼が意地の悪い笑みを浮かべ、響里の肩を乱暴に叩く。


「ハハッ! いやいや、そこは否定しろよ。今は国民が待ちに待った連休だろうが」

「そ、そうでしたねー。ははは……」


 ヤクザからの冗談はタチが悪い! と内心思いつつ、響里は乾いた笑いで返す。

 あの事件以降、陽ノ下家と銀城家との間を取り持ったとして銀城蒼からは一目置かれてしまったらしい。とはいえ、暴力団のトップである。柔和な調子でも、怖いものは怖い。


「えっと……銀城さんも今日はお休みですか?」

「まぁそんなとこだ。それより、俺のことは名前で呼んでくれていい。親父と一緒にいたときに、ややこしいだろ」

「いやいやいや! さすがにそれはおこがましいっていうか、失礼なので!」

「気にすんなよ。ウチの連中も皆、下の名前で呼ぶからな」


 そういう問題ではない。

 今は一人のようなのでまだ安心だが、実際にその部下を連れているときに馴れ馴れしい態度を取ってしまったときのことを想像するだけで、おぞましい寒気に襲われる。


「ま、いいや。それで? こんなひとけのない道のど真ん中で、お前は何をしてたんだ?」

「え、いや、え~と……」


 ちらりと背後の林に目線を送る。調査のことはあまり大っぴらに言いたくはないため、誤魔化そうと適当に言ってみる。


「散歩?」

「なんで疑問系? つーか、あの林ん中入ってたろ」

「な……! み、見てたんですか!?」


 愕然と叫ぶ響里。この辺りは一直線の見晴らしのいい道路になっている。あんな高級車がいれば間違いなく目立つはずだ。エンジン音さえ聞こえなかった。


「一体どこから……」

「たまたまだ。吞気に車を走らせてたら、お前が林から出てくるのが見えたんだ」

「まさか……俺のこと尾けてました?」

「そこまで暇じゃねぇよ」


 ぶっきらぼうに言いながら、銀城蒼は鼻を鳴らした。


「この林の噂知らないのか」

「まぁ……多少は」

「ここはな、御上(警察)でもあまり近寄りたがらねぇ。治外法権つーか、だからこそ悪いことすんのはうってつけだったりすんだよ。俺らみてぇな裏稼業の人間が邪魔者をひっそり処理するとかな」

「……マジですか」

「ま、それも大昔だけどな。俺も話に聞くだけで、親父の代でもそんな真似をする奴はいなかったらしいぜ」


 と、銀城蒼が軽く笑う。ならば、とっとと立ち入り禁止区域にでもしてくれればと、頭を抱える響里。


「お前が一人でこんなとこに来るのも何か理由があんだろ? 俺で良けりゃ協力するぞ。お前には恩があるからな」


 真剣な眼差しを向けられ、響里は逡巡する。

 裏の世界に精通している彼らならば、紫堂についても知っているかもしれない。ただ、情報を伝えることで銀城会にも危険が及ぶ可能性がある。

 響里は、慎重に探ってみることにした。


「……銀城会ってこの町だけじゃなく、他の地域にも行ったりしますか?」

「あん? まぁ、シノギでな。しょっちゅうじゃないが」

「最近……でなくてもいいんですが、怪しい人とか見ませんでした?」

「俺らが関わるのは、お前らからしたら大抵皆ヤバいだろ」

「あー……」


 それもそうか、と間の抜けた返事と共に、妙に納得してしまう響里。


「でも……そうだな。ちょうど昨晩だ。月村の嬢ちゃんが変な男に絡まれてたな」


 顎をさすりながら、思い出したように言う銀城蒼。


「月村さんが?」


 眉をひそめる響里。

 昨晩といえば、響里が彼女と公園で話した直後だ。


「どんな男ですか?」

「どこにでもいそうと言えばいそうなんだが……最初はキャッチかなんかだと思ってな。妹の友人だし、ちょっと注意してやろうかと思って近づいたんだが――」


 言葉を切って、銀城蒼は眼鏡の位置を直す。途端に変化した強張った表情を見て、響里は生唾を呑み込む。


「一目で分かった。アイツはヤバい」


 細く剣呑な目つきは、一瞬にして極道に身を置いた者のそれと化していた。


「今言ったように、仕事柄()()てるやつはゴマンと見てきた。ヤクやってラリッた中毒者。金がなくなって犯罪に手を染める馬鹿。理性を無くして狂気に堕ちた外道。けどあの野郎はどれとも違う」


 沈む声音。彼自身表現に困っているのか、首を左右に振る。


「難しいんだけどな。野性じゃなく、得体のしれない怪物が服を着ているような……。俺も初めてだ。こいつと少しでも関わると喰われる……そんな気がした。久しく味合わなかった恐怖を感じたぜ」


 自嘲気味な笑みを漏らすと、懐から煙草を取り出して火を点けた。

 内包する彼の不安を消し去るかのように、紫煙がゆっくりと空に溶けていく。


(その男って、まさか……)


 這いよる不穏。


 それは、響里があの男に感じた印象と酷似している。


 もし、そうだとしたら。


 響里の中で嫌な想像が膨らんでいく。


「――おい、どうかしたのか?」


 銀城蒼の呼び声も届かないほど響里が考え込んでいた、そのとき。軽快な音楽が響里のジーンズから鳴った。

 我に返った響里はスマホを取り出す。

 着信だ。表示は陽ノ下の文字。


「――もしもし?」

『きょ、響里くん!? どどど、どうしよう、どうしよう!』


 耳が痛くなるほどの音量に驚いた響里は、受話口を反射的に遠ざけた。

 通話越しに聞こえてきたのは、動揺し震えた陽ノ下の声。彼女がここまで動揺するのは只事じゃない。


「陽ノ下さん? 一体どうしたの?」

『綾音が……綾音が家出しちゃったみたいなの!』

「月村さんが……家出?」


 あまりに唐突な話に理解が追い付かない。そんな響里の呆然とした呟きを聞いて、銀城蒼が傍に寄る。


「……おい、坊主?」


 訝しげな銀城蒼に、響里も訳が分からずかぶりを振る。そして冷静になるよう、陽ノ下へ促す。


「陽ノ下さん、落ち着いて。まずは、最初から話してくれる?」

『う、うん、ごめん……』


 少し涙ぐんでいるのか、鼻をすする音が小さく聞こえた。陽ノ下は平静を取り戻そうとしているのか、無音の時間が少し流れる。それから彼女は整理するように、ゆっくりと状況を語り出す。


『綾音と親御さんって、普段から仲があまり良くないんだ。大分拗れてるっていうか』

「え……そうなの?」

『綾音が演劇部なのは知ってるでしょ? 親御さんたちはそれに反対してたんだよ。勉強の邪魔だからって……。だからしょっちゅう喧嘩になってたみたいなの』


 意外だった。月村に対しては、いつも物腰柔らかく穏やかという印象しかなく、困っている姿なんて見たことがない。

 しかし芝居というものに情熱があるだけに、肉親から否定されるのは相当辛いはず。一番の親友である陽ノ下には、そんな悩みを打ち明けていたのだろう。


『でも綾音はうまいこと両立させようと頑張ってたんだ。成績も落とさずさ。実際、テストの点はすごくいいし』

「……それでも認められなかった?」

『……うん』


 陽ノ下の声は今にも消え入りそうだった。


『でね、さっき綾音のお母さんから連絡があったんだ。大喧嘩になって荷物をまとめて出ていったって。多分、アタシのところに来てるんじゃないかと思ったんだろうね』

「原因はやっぱり部活のことかな」

『それしかないよ。綾音本人にも連絡してみたんだけど、全然繋がらなくって』


 こんなときに……。

 響里は下唇を噛む。銀城蒼から告げられた、紫堂と思われる人物との接触。嫌な予感しかない。


『アタシ、もっとちゃんと綾音の相談を聞いてあげられればよかった。まさかこんなことになるなんて……。どうしたら……』


 涙声がより強くなる。彼女の後悔が痛いほど伝わってくる。叱咤するように、響里は毅然と言う。


「とにかく探してみよう。月村さんが行きそうな場所に心当たりは?」

『わかんない。綾音ってあまりアクティブじゃないし……。まだそんなに時間が経ってないから、どこかにはいると思うんだけど……』

「だったらまず合流しよう。二人じゃいくらなんでも難しいし――芝原くんは?」

『伝えた。アイツも今探してくれてるよ』

「分かった。ちなみに陽ノ下さんは今、どこ?」

『アタシん家の近く。なんだか怖くて動けなかったの』

「じゃあ、そのまま待ってて。すぐにそっちに行くから。芝原くんにも連絡しておく」

『うん、ありがとう』


 少しだけでも不安が払拭されただろうか。心細そうな声ではあったが、ややあって通話は彼女の方から切れた。

 会話の内容からして只ならぬ事態だと容易に判断した銀城蒼が声をかける。


「どうした? 月村の嬢ちゃんに何かあったのか」

「……銀城さん。頼みがあります」


 隣に立つ銀城蒼に、響里は向き直る。


「なんだ?」

「紫堂尚嗣という人を探してほしいんです」


 スマホを強く握りしめたまま、端的に響里は言った。

 もう迷ってはいられない。

 家出した月村の行方。そこに紫堂が絡んでくるのかまだ分からない。だが、もう悠長にあの男の所在を調べている暇はないのだ。


「知らない奴だな。そいつがどうかしたのか?」

「この町で起きている一連の事件が、その紫堂という男の仕業だからです」

「まさか……親父の件とも関わりがあるのか」


 重々しく響里は頷く。


「銀城栄介さんだけじゃありません。今、この町で原因不明の意識不明に陥る人たちが増えているのはご存じですか?」

「ニュースでやってるあれか」

「ええ。それと住民の連続失踪……。この二つが密接に繋がっている」

「おいおい……」


 唖然としながら天を仰ぐ銀城蒼。


「なにやらきな臭い事態になってるなとは思ってたけどよ。まさかそいつ一人の犯行とは……っておい!」


何やら勘付いた銀城蒼が声を荒げる。響里も、彼が行き着いた結論に同意する。


「銀城さんが昨日見かけた男……そいつが紫堂尚嗣かもしれません」

「あの野郎が……」


腹の底から業火が溢れんばかりの銀城蒼の形相。血走った瞳に射すくめられ、響里も身体が強張る。


「お願いできますか」

「分かった。組総動員で探してやるぜ」


 間髪入れず、銀城蒼は了承する。

 彼にとっても紫堂は父親を貶め、傷つけた憎い敵。本来ならば煮えたぎるような想いのはずだ。

 しかし、彼は怒りに任せて行動は起こさない。頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、次第に冷静さを取り戻す。


「すみません、かなり危険だとは思うんですが」

「気にするな。むしろ頼ってほしかったぐらいだ」

「けど、万が一見つけたとしても絶対に戦おうとしないで下さい。まともな人間が勝てる相手じゃないので」

「分かってるよ。情報さえ掴んでお前に渡せばいいんだろ?」


 携帯灰皿を取り出し、煙草の火をもみ消す銀城蒼。


「正直、悔しいがな。この手でぶち殺してやりたいのは山々だが……」

「銀城さん……」

「そんな非難するような目でみるな。実際会ったからこそ分かる。あれは怪物だ。お前らみたいな子どもに任せるのは申し訳ないってだけだ」

「いえ、頼みます」


 銀城蒼は聡い。短慮でないからこそ、信頼を置くことが出来る。裏の世界に精通する彼ならば、龍源の穴蔵でさえ見つけられない紫堂に辿りつけるかもしれない。

 これ以上にない、強力な助っ人だ。


「頼みます」

「おう。お前は自分にしか出来ないことをやれ。フォローは俺たちに任せろ」


 決然と頷き、響里は踵を返す。

 拭いされない焦燥感に駆られながら、合流場所に急ぐ。






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