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聖傑  作者: 如月誠
第四章 雪月華編
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第四十九話 大地の底で

 その空間は、何かの胎内を思わせた。



 光すら届かない、地中の奥深く。


 ぼんやりと光る照明はどこまでも高く設置されていて、その光源を肉眼で捉えることは敵わない。丸みを帯びた内壁から這うのは血管、ではなくあまりに無機質なパイプの束。巨大な球体を(かたど)っているせいで、生き物の内部と認識がずれてしまいそうだった。

 低く唸るような蠢く音も、その脳の情報を強制的に書き換えてしまう要因の一旦だろう。何らかの装置が絶え間なく働くだけなのだが、気味悪さが増長されている。


 極めつけは、ホールの中で上下に繋がれた繭のような物体だ。

 これが本当に生き物の腹の中だとすれば、まごうことなく母の養分を吸い尽くす子ども。生命の灯とも思える頼りない光が揺らめいている。

 ただ、そのフィルターを外せば秩序よく並べられた機械のポッドだった。培養液に浸された何かが、音もなくひたすら静かに、稼働していた。


 その広大な実験場の中心で、穏やかにその光景を眺める人影があった。


 紫堂尚嗣。


 彼は、多様な情報量にまみれた機械類がはびこる室内にあってあまりに似つかわしくない木製のロッキングチェアに揺られながら、静かな笑みをたたえていた。

 さながらオーケストラの指揮者のように。奏でる音楽を聴き入り、無限とも思える時間を堪能しつつ、その淀んだ瞳を前方に向けていた。


「宮井公介……失敗。銀城栄介も……失敗……か」


 こめかみを軽く叩くこと数回。

 言葉とは裏腹に、声色に悲痛感や苛立ちは微塵もない。まるで検証結果を確認するかのような、淡白な感想。


「魂の質は申し分なかった。願いの強さも上々。そして人間がもっとも重視する、その尊厳……」


 リズミカルな指を止め、紫堂は嘲笑うような息を吐き出す。


「本来ならば尊ぶべき自己が破壊されるとき、人間の真価はより発揮される。妬み、嫉み、恨み……。鬱屈とした想いの塵というものは、ありえぬ速度で重みを増していくものだが……。本質的にあの二人は素材としての器が足らなかったようだな」


 木製の椅子が、彼の寄りかかった体重によって軋みを上げた。

 視線の先に捉えるもの――それは一本の木だった。

 その歴史はどれだけあるのか。刻み込まれた年月がかなり深いことだけは分かる。

 あまりに太い幹は、人間の胴体を遥かに超えている。こんな機械だらけのホールに於いて、養分を吸収する大地などありはしない。だが確実に息吹いており、青々と茂った葉がどこまでも高い天井を覆い尽くしている。

 薄気味の悪い実験場であっても、神聖さを感じるのは、その大樹が神眩い輝きを放っているからだった。


「どれだけ憎しみや恨みの念が強くても、やはり純潔さは必要……か」


 紫堂は目を細めながら、こめかみから指を離す。その大樹に向けて、何もない空間をそっとなぞる。縦に割れたノイズ交じりの赤い線が、突如スクリーンへと変化。鮮明な映像が映し出される。

 唇に指でなぞり、じっと食い入るように見つめる紫堂。その映像には、数多くの人間の顔写真が表示されている。


「ならば、より無垢な魂に焦点を当ててみようか。重要視すべきは器なのだからな」


 膨大な顔写真、一人一人に視線を這わせる紫堂。性別、年齢に共通点はこれといってない。学生、サラリーマン、主婦、老人……。それこそ無断で雑多に収拾したデータ、と感じなくもない。



 ただし。

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 人口も数百人という小さな町。そこに根を張る地元民すべてのリストなのだ。その中には行方不明になった人間も多々いる。彼等だけはまるで何かの候補から削除されたかのように表示が暗転されている。


「純粋かつ、聖と闇を併せ持つ、気高き魂……」


 本をめくるようにスクロールする紫堂の指が、ふと止まった。

 そこに映し出された数人の町民の内、少女の画像に指をそっと触れる。


「……フッ」


 薄く笑みが漏れる。

 拡大された顔写真には、名前以外にも詳細な情報が記載されてあった。身長体重、年齢、家族構成に加えて、本人以外には知りえないような隠された心情までも。表だけではない、ありとあらゆる人間の底にある心の機微まで網羅されていた。


「なるほど、面白いな。彼女ならば期待に応えてくれるかもしれんな」


 肩を揺らして、紫堂がくつくつと喉を鳴らす。

 彼が選び出したのは、天権の候補者。魂を世界に循環させるための潤滑油として、異界を生み出させる――天権は、その生贄なのだ。


「陽は沈み、月は昇る……か」


 謳うように紡がれた言葉を残し、画面の少女に向けて熱を帯びた視線を送る。

 大き目な眼鏡と黒髪。一見、どこにでもいそうな地味な見た目。制服を着た女子高校生だ。


「さて今度はどんな世界を見せてくれるか、楽しみだな」


 画面の先で、大樹の放つ輝きが一層強くなった。まるで意思を持ちながら、少女との接続を心待ちにするかのように。



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