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聖傑  作者: 如月誠
第三章 母の愛編
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第四十七話 汝に問う

「それにしても驚きだ」


 提供者と呼ばれた黒いスーツの男。そこに否定はなく、ただ響里たちを眺めて、小さく肩をすくめた。


「異界に紛れた異分子……“聖傑”。こうしてその姿を見に来てみれば、こんな子どもだったとは」


 嘲笑。

 冷然とした男の態度は、響里たちを射すくめるには十分だった。

 高圧的でもなく、無関心でもない。響里たちの身近にいる大人たちとはまるで違う――異質さ。仄暗く、ただ圧し潰されそうな存在感が抉ってくる。


「未知の覚醒とは、いつの時代も純然たる精神を持つ者の特権というわけか」

「提供者……どうして……」

「その呼び名……まるでセンスがない。大方、龍源の穴蔵が呼称したものだろう? 違うか?」

「――!?」

「やはりな。あの老いぼれ共の思いつきそうな名だ」


 肩を揺すって、スーツの男は喉を鳴らす。響里の無垢な反応を愉しむかのように。


「どう呼ばれようと不快にも思わんが、君たちは自覚すべきだ。彼等とは違い、自分たちが高次元の存在だと」

「何を……」

「彼等に協力することを否定しているわけではない。ただ、天権とは別の能力者。あまりにイレギュラーだ。そこにある種の強欲さは必要じゃないかね。古臭いしきたりに囚われた老いぼれの言いなりなど、あまりに勿体ない」


 嘆きにも聞こえたが、その実、何ら感情も伝わってこない。遠いところで俯瞰しつつ、見下ろしての評価。だからこそ、こちらの心に重く響く――そんな気がする。


「……目的は何ですか?」


 本能的な恐怖に臆しながら、響里は慎重に訊く。


「人々の魂を搾取して、異界を提供する。天権を使って、何をする気なんですか」

「声が震えているぞ、少年。安心したまえ、今日は挨拶代わりだ」

「…………!!」


 心の内側を簡単に見透かされ、言葉に詰まる響里。

 そのときだった。背後で、これまで黙っていた芝原が感情的に叫ぶ。


「答えろってんだよ!」


 響里を押しのけるようにして、芝原が前に立つ。彼だって怖いはずだ。しかし、自らを奮い立たせるように、芝原は獣のように噛みつく。


「散々現実世界を滅茶苦茶にしやがって! どんだけの人がぶっ倒れたと思ってんだ! 全部テメーのせいなんだろうが! ざっけんじゃねーぞ、この野郎!」

「……ほう」


 興味深そうにスーツの男は唸る。

 芝原も、友人が異界の被害に受けた恨みがある。怒りを我慢していたのだろう。荒く息を吐きながら、肩を上下させている。

 芝原の野性的な発奮のおかげか、逆に響里は冷静さを取り戻すことができた。


「その勇気は称えるが、残念ながら教える義理はないな」


 たっぷりの間を置いた後、淡白に一蹴するスーツの男。


「テメェ……!」


 更なる怒りをぶつけようとする芝原。彼を落ち着かせるように手で制して、響里は静かに問う。


「……宮井を殺したのはあなたですか」

「だとしたら?」

「どうして殺したんですか? アイツは碌なヤツじゃなかったけど、死んでいい人間じゃなかった」


 第一の異界、ミーアレント。その創造主、宮井公平。響里よりも年下の少年は、自身の承認欲求を満たすためだけに異界で殺戮を繰り返した。巻き込まれただけの響里は、聖傑となり、宮井の暴虐を止めた。その後、現世に戻った宮井は殺害されたのだ。


「面白いな、少年。君にとって彼は敵のはず。にも拘らず、同情するのかね」

「そうじゃない。生きて、その罪は背負うべきだったんだ」

「幼稚すぎたのだよ。異界は私利私欲の為に使われるもの。その点は合格。だが、私を満足させるには至らなかっただけの話さ」


 響里は拳を強く握りしめた。消滅間近とあって、身体の感覚も徐々に失われてきているが、爪が皮膚に食い込むその痛みだけは十分に感じ取れる。


「銀城栄介にしても、だ。所詮、親としての心を捨てきれなかった。故に、不要。(ゴミ)は消し去ってしまわねばならない……違うかね?」


 男の視線が響里の背後に移る。男から、初めて笑みが消えた。共に放たれる殺気。

 銀城栄介は意識を失っているのか、ぐったりと陽ノ下にもたれかかったままだ。

 聖傑である響里たちは異界で殺されたとしても、現世で実際に死ぬことはない。しかし、天権はその条件に当てはまるのかどうか分からない。まして、相手は提供者。宮井は現世で殺したとしても、もしも提供者が特異な能力の持ち主で、異界でも殺す方法を持っていたとすれば。


 ――危険だ。


 響里の脳内で警鐘が鳴り響く。


「やめたまえ、時間はない。聖傑の力ももう引き出すこともできないだろう」

「…………ッ!」


 機先を制するかのように、スーツの男は語気を強めた。

 図星だった。既に身体の自由すらない。対して、提供者の男は消滅寸前であっても平然としたもの。

 皆殺しなど容易い、最悪な状況だ。


「そう警戒するな。冗談だ。君たちの戦いを傍観させてもらったが、直に肌に感じたくてね。やはり面白い」


 男は、柔和に微笑む。

 殺意も一瞬の内に消え去ったが、それでも油断してはいけない。思考が読めず、こちらをいいようにかき乱してくる。


「天権と違い、聖傑は奇跡の産物だ。だが、共通点もある。だからこそ、君にはある種の救済の心が芽生えるのだろう」

「…………?」

「抑圧からの解放、そのときこそ人間が最も輝く瞬間だ。現実世界で鬱屈した人生を送っているものほど、そのギャップは計り知れない」


 スーツの男は、大きく両腕を広げた。さながら神が啓示を授けるように。


「少年、君もそうじゃないのかね? 聖傑という能力を得たことで英雄の気分を限定的だが味わえる。退屈な日常とはかけ離れた特別な刺激は余りあるだろう?」

「…………!?」

「正義を以て天権を倒すのは立派だ。しかし、破壊衝動に身を任せて異界を壊すのと何が違う? この二つは同義じゃないか?」

「違ッ……!」


 動揺。虚を衝かれたように、響里の顔面から血の気が引く。


「力というのはそういうものだ。掛け値なしの充足感によって満たされる行為は、歴史において正義と呼ばれる。どういった立ち位置であれ、殺戮を行った者も後世には偉人として称えられるものなのだよ」

「やめろ! 俺はそんなつもりは……ッ!」

「お、おい、響里!? しっかりしろ!」


 明確に狼狽える響里。芝原が何やら声をかけるが、その内容は耳に入っていない。


「ククッ、詭弁だと私を責めるかね? 理屈としては通っていると思うが」

「そんなこと……!」


 響里は苦悶に顔を歪めて、首を横に振った。

 提供者の言葉は真理かもしれない。しかし、そこにあるのは精神的な揺さぶりだ。


「惑わされんなって、響里!」

「あ、ああ……」


 提供者もまた、自身の正当化のために述べているだけ。危うく吞まれそうになるところを踏みとどまる。

 響里は己の胸を強く掴む。

 呼吸を整え、自分へ確かめるように言葉を紡ぐ。


「だけど……そうかもしれない」

「……ほう」


 男が片眉を上げる。


「聖傑という力に俺は酔いしれてる部分は確かにある。ヒーローごっこだって言われれば否定はできない」

「きょ、響里……」


 心配する芝原に、響里は笑みを見せる。そして心に問いかけ、男をしっかりと見据える。


「でも、俺は人を傷つけるために聖傑になったんじゃない。力の使い方を間違えるつもりなんてないし、誰かを救うために戦うんだ」


 響里と提供者の瞳が交錯する。

 響里の全身から放たれる光は、絆を繋いだ英傑――咲夜の喜びによるもの。

 その輝きをしばらく見つめていた提供者の男は、穏やかに息を吐いた。


「……君は面白いな。名は?」

「響里義矩」

「私は紫堂尚嗣。敢えて名を晒したのは、私を愉しませてくれた礼儀としよう。この名をあの老人共と共有するのは勝手だが、また会いたいものだ」


 紫堂と名乗った男は、スーツを翻す。立ち去ろうとする背中に、響里は自由の利かない身体で無理矢理に戦闘態勢を取って叫ぶ。


「……待て!」

「どのみち宮井もそのクズも、“神座”とは程遠い。すぐまた会えるだろう。その機会にまたゆっくり語ろうではないか」

「…………?」

「さて、時間だ」


 最後に残された本殿も光に溶けていく。屋根部分から細かな粒子が舞い、跡形もなく消滅。地面すらも残さず、後はノイズまじりの空間だけになった。

 音さえ置き去りにして。

 背後にいた芝原たちも、順番に光の泡となる。

 ふと気づけば、世界には響里と紫堂だけ。どこまでも不敵な笑みの紫堂が、ゆったりした足取りで天も地もない道を歩いてゆく。


「だが、次は容赦しないがね。敵対するならば、追ってくるがいい」


 遠ざかる背中。

 首元まで消えかかった響里に成す術はない。次第に意識も遠ざかり始め、紫堂の姿もぼやけてくる。

 かろうじて紫堂の声だけが、残響のように微かに届くだけだった。


「楽しみにしてるよ、響里少年」






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