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聖傑  作者: 如月誠
第三章 母の愛編
42/43

第四十話 交換条件

 

「やっぱり……ミッシリオだな」


 納得するような声を発したのは、いち早く目が覚めた芝原からだった。

 明瞭になる視界。響里も改めて周囲を見渡してみる。高層ビル群がひしめき合う街角。排気ガスの匂いは現実世界よりも濃く、多様性に富んだ人々の喧騒が転移した直後の彼等を刺激した。


「間違いないね。見覚えがある」


 前回に飛んだ地点と、場所はほぼ同じだろう。

 ミッシリオの中心街だ。

 ホログラムモニターや看板のネオンサインは近未来的だが、それも虚飾。皮を剥がせば、犯罪放任主義の悪逆都市に成り下がる。今のところ静かなものだが、きっかけ一つで混沌へと堕ちるのだ。


「さて、こっからどうやって陽ノ下を探すかだな。あまりのんびりもしてられねぇぞ」

「そうだね。異界に一人放り出されるなんてたまったもんじゃないし。きっとすごく不安だと思う」


 自らの経験を思い出し、硬い表情を浮かべる響里。


「精神衛生的に良くねーしな、この街は。あのバカ、泣きべそかいてなきゃいいが」

「探すにしても、どうしようか? 前回来たときも思ったけど、ここってかなり広いし……」


 イメージを具現化した世界とはいえ、その精度は極めて高い。

 ここにいる人間は皆、ちゃんと生命がある。生活がある。積み重ねた歴史もきっとあるのだ。プログラムデータに沿った行動ではない、別次元の世界と考えるべきだろう。ただ、それが国家規模なのだ。

 迷い込んだ少女一人探すには、あまりに無茶が過ぎる。

 途方に暮れる二人。

 ――と。


『お困りの様だな、お二人さん』


 そよ風のように穏やかな声。音もなく、背後に気配を感じた二人が振り返ると、奇妙な青年が立っていた。

 奇妙、というのはなにも恰好が奇抜というわけではない。サングラスと白のハーフコート。くすんだ金髪の青年は軽薄な印象を与えるが、十分過ぎるくらい顔立ちは整っていた。


 妙なのは、彼の全身が()()ていること。まるで可視化された映像のように、実体と呼ぶには頼りない。そう、それこそホログラムのように。


「うぉ、ウォルターさん!」


 芝原が驚きのあまり、たたらを踏む。


『よ、智樹。それにラストサムライ』


 彼らの反応を楽しむように、満面の笑みを浮かべる。ちなみにラストサムライとは、響里のことらしい。聖傑状態の響里が刀を使うからという、なんとも安直な理由だ。


「え? え? ウォルターさん、外に出られるんスか!?」

『響里だって自分の英傑を出してただろうが。試しにやってみたんだが、意外と簡単だったぜ』


 肩をすくめるウォルター。

 彼もまた英傑だ。かつての因縁――望月雄太郎が芝原の友ということもあり、共闘。自身の死に瀕した際、芝原と魂を結んだことで融合した。聖傑に至ったことで、過去にケリをつけたのだ。


「お、おぉ……」


 ウォルターとの久しぶりの再会に、何やら感動している様子の芝原。兄のように慕っているだけに、嬉しいようだ。


『で、どうした? 今日は観光かい?』

「そんなわけないじゃないですか。笑えない冗談はやめてくださいよ」

『真面目だな。そんぐらい肩肘張らないでいけ、って意味だよ』


 唇を尖らせる響里を軽くいなし、ウォルターは街灯に背を預ける。


『で? ラスボスの居場所は掴めたのかい?』

「分かってるじゃないですか」

『お前等がここに来る目的はそこしかねぇだろ――で? どうなんだ』

「天権は判明しました。その人がどこにいるのかまではまだ……。それと、少々困ったことになりまして……」


 小さく首を傾げるウォルターに、響里はかいつまんで説明した。

 巻き込まれた陽ノ下澪と、その父親がこのミッシリオを生み出した天権であること。二人の捜索をしなければならないが、まるで見当がつかない為に困っていると伝えると、ウォルターは興味深そうに唸った。


『なるほどな。要は、この馬鹿げた街も生まれた俺たちも、全部その壮大な親子喧嘩の為の舞台だったわけだ』

「結果論でいえばそう……なりますね。そもそもの天権の目的は知りませんが」

『となると、まずはその嬢ちゃん探しか』

「そうですね。陽ノ下さんを見つけ出さないことには、始まりませんから。ウォルターさんは心当たりありませんか?」

「ま、ないことはない」


 まるで用意していたとばかりに間髪入れず返答する彼に、目を瞬かせて互いを見合う響里と芝原。


「そういうことにやたら特化してる専門家がいる。お前たちも知ってるやつだぜ? あそこなら手っ取り早い。……んだがな」


 自信に満ちた口ぶりとは裏腹に、表情は苦い。ともかく、ウォルターの案内に素直に従うことにした。




 ……ああ、そういうことか。

 路地裏にある一軒の店。正確には本当に営業しているのかと疑うようなくらい、くたびれた外観には見覚えがあった。


「あ~メイロウさんのトコか……。ま、まぁ、うってつけっちゃあうってつけッスねぇ……」


 頬を引きつらせる芝原。


「俺、あの人苦手なんスよね……」

『激しく同意だ。人間性は置いておくとして、腕は確かなんだよな』

「ウォルターさん、マジで行くんスか? 俺、外で待機でもいいスか?」

『頼りにはなるんだから我慢しろ。人間性はアレだが』


 ドアの前で、本音をこれでもかと言う合う二人。本人に聞こえていたらどうするのか。気持ちは分からなくもないが、時間が惜しい。響里がそっとドアを開け、中を覗く。


「いらっしゃい」

「――ヒッ!」


 思わず悲鳴を上げる響里。しゃがれ声で待ち構えていたかのように立っていたのは白髪の老婆だ。黒いローブを羽織った彼女は童話に出てくるような魔女を連想させる。


「生きてまた会えるとは嬉しいね。若干一名、面白い状態の奴もいるがね」

『うるせえよ、ババア。俺らが来るのもお見通しだったわけか』


 魂の力で顕現しているウォルターを愉快そうに見つめる――通称、メイロウ婆はこの街のいわゆる斡旋屋というやつだ。様々な依頼を請け負い、エージェントに受け渡す仲介役だ。カオスな街のあらゆる情報を握っている彼女は、人探しには適任だろう。


「亡霊として見苦しく生きることを選んだかい。ま、それもいいじゃないか」

「ちょ、ちょい待ってくださいよ。ウォルターさんは俺の為に――」

『真に受けんなって、冗談だろうに。それに、あながち間違っちゃいねぇだろ』


 ウォルターが、不満そうな芝原を優しく宥める。


「メイロウさん。俺たち人を探してるんですけど……」


 響里が一歩前に出て、本題に入る。メイロウ婆は口角を上げた。


「いいよ、まずは上がりな。口達者な分、少し値段は上乗せしてもらおうかね」


 ひっひっひ、と気味の悪い笑い声を上げながら店の奥へ引っ込んでいく。耳聡い彼女には、入り口での悪口がどうやら聞こえていたようだ。半眼で二人を睨んだ響里は、メイロウ婆の後を追う。

 表向きは大人向けのマッサージ店。だが、カーテンの仕切りをくぐればそこは別世界だ。

 多面モニターに表示されているのは、街のあらゆる箇所に設置された監視カメラの映像だ。巨大なコンソールが狭い室内を占領し、壁際のハイテク機材から伸びるコードによって足の踏み場もない。

 これこそがメイロウ婆の裏の顔――ハッキングすることで街全体を掌握しているというわけだ。


「さて、誰を探してほしいんだい?」


 無骨な内装に似つかわしくない革張りのチェアに背を預け、メイロウ婆が入室した三人に問いかけた。


「その前にいいですか」

「なんだい?」

「依頼を受けてもらえるのはありがたいんですけど……。俺たちあまりお金は持ってなくて、依頼料によっては払えないかもしれません」


 正直な響里の告白に、メイロウ婆は目を丸くする。

 メイロウ婆がかなりの守銭奴なのは、昔彼女の専属だったウォルターから聞かされている。どれだけの額を搾り取られるのか定かではないが、一介の学生では彼女の要求に答えられない可能性が大いに高い。

 不安な面持ちの響里だったが、メイロウ婆の反応は意外なものだった。


「安心しな、アンタらは私の期待に十分応えてくれる。過去の実績があるからね。ケツの毛一本までふんだくろうとしないよ」

『ガキには随分甘いな。……さては、相当儲かったな?』

「想像にお任せするよ、ヒヒッ」


 上機嫌な彼女に、ウォルターが鼻を鳴らす。

 望月の一件のことだろう。マフィアの一大勢力を壊滅させたのはミッシリオのパワーバランスを大きく変える。恐らくは多方面の企業からも恩赦を貰ったに違いない。


「とはいえ、タダはできない。こちらも商売だからね。だからアンタたちには私のお手伝いをしてもらおうと思ってね。それでイーブンだ、どうだい?」

「お手伝い……ですか?」


 悪い予感しかしない。決して簡単な依頼では無いはず。が、交渉する余地もなく、響里は諦めたように頷く。背後では、似たもの兄弟の嘆息が聞こえた。


「いいですけど……」

「オーケー、成立だ。で? 誰を見つけるんだい?」

「俺たちと同じ学生です。女の子で、ショートカットの……」


 陽ノ下の特徴を列挙していく。メイロウ婆はすぐにコンソールパネルの方に向き直り、尋常じゃない速度でキーボードを叩く。陽ノ下と響里たちの到着時間にどれだけのラグがあるか分からない。時間を遡りながら複数の画面が瞬時に切り替わっていく。


「――おや?」


 メイロウ婆の軽やかな指の動きが止まった。


「この子かい?」


 分割されたモニターの画面端。一時間前の映像だ。

 明るい時間帯だというのにいやに暗い。日の届かない場所だろうか。路地のようだが見下ろしたような視点で、見慣れたショートカットの少女が倒れている。


「陽ノ下だ!」


 前のめりに叫ぶ芝原。


「メイロウさん、ここは……?」


 映像が記録されている場所を訊ねる響里。途端、メイロウ婆から笑みが消えた。


「おやおや、これはマズイねぇ。この子も運が悪い。この辺りはこの街の人間でさえ立ち入りを許されないシルバー地区さ」

「おい、それって……」

「そう、聖域だ。神々の信仰よろしく、って意味じゃない。安穏とした生活を望むならどんな悪党だろうと近づくな。理の如く、ね。ミッシリオを支配する大ボスの領地さ」


 硬い口調で説明するメイロウ婆に、ウォルターの顔色も青ざめる。

 だが、その説明で響里の思考もすぐさま直結する。


「天権……銀城栄介……」

「そうさ。ミッシリオの北部にある、不可侵領域。マフィア共なんて小物もいいところさね。そいつの名を出すことすら、私たちにはおこがましい」


 重い息をメイロウ婆が吐く。彼女の背後ではウォルターが息を呑む。


「マジかよ……」

「ウォルターさんも奴が天権だって知らなかったんスか」


 芝原が問うと、ウォルターは口元を手で隠すようにして静かに頷く。


「いや、まさかだよ。お前等の話を聞いたときも思いもつかなかった。こいつはベクトルの違うヤバさなんだ。あの地区には手を出すなってのは母胎にいる頃から叩き込まれる啓示みたいなもんでな。触れちゃなんねぇ、禁忌の存在。それが創造神とは……」


 陽ノ下が身体を起こした。画質が荒いために表情までは分からない。が、きょろきょろと周りを見渡して自分の体を抱きしめているのを見るに、恐怖を感じているのだろう。

 それからだ。

 ふと、前方に何かを発見したのか、導かれるようにおぼつかない足取りでそこに向かっていく。カメラが追従すると、厳かな空気が漂う大きな社があった。


「マズイ、早く行かないと!」


 陽ノ下がその社に吸い込まれていく。響里が踵を返したところで、学生服の裾を強く引っ張られた。


「待ちな。まずはこちらの契約が先だろう」


 制したのはメイロウ婆。


「だけど陽ノ下さんが危ないんです!」

「分かってるさ。言ったろう、こちらも商売だ。対価は払ってもらいたいね」

「それは陽ノ下さんを助けた後ならいくらでも……!」

「救ってほしい人間がいるのはこちらも同じなのさ。私の大事な……ね」


 沈痛に呟くメイロウ婆に、響里の気勢がそがれる。消沈する彼女が珍しかったのだろう、普段は毒づくウォルターでさえも神妙な面持ちで言った。


「……ババア。どういうことだ、何があった?」

「ウォルター、アンタは知ってるだろう? ダリア・ベルローニという名を」

「知らない奴がいるとすりゃ、そいつはモグリだ。かつてはこの街を仕切っていた伝説のマフィアだろ? そいつがどうした?」

「私の実の娘なのさ」

「――ッ!?」


 余程衝撃的なことなのか、目を剥くウォルター。

 確かに、このミッシリオではマフィアたちによる勢力争いが行われている。大小含めてかなりの数の組織がいるようだが、その中で覇権を握るとなれば相当の実力者なのだろう。


「ダリア・ベルローニが、ババアの……?」

「バカ娘さ。正義感と腕っぷしが強いってだけでマフィアの抗争に喧嘩を売ったのが始まりだ。本来の目的はマフィアを根絶するためだったのにね。あらゆるマフィア共を薙ぎ倒していったら、あれよあれよという間に自分までマフィアの大親分になっちまってた」


 嘆くように、メイロウ婆の息が漏れる。


「確か……もう、何年も前に突然姿をくらましたんだよな。それこそ、銀城栄介の座にまで手を伸ばしかけてたはず……なのに」

「あの子には娘がいてね。どういった成り行きで子を宿したかは知らない。きっと旦那はろくでなしだったんだろう。一人で育て、それはもう可愛がってた」

「その娘さんは……」

「死んだよ。母親の抗争に巻き込まれてね。それからだ。ダリアが何もかも縁を切って隠居しちまいやがった」


 言葉を投げかけた響里の方も見ずに、メイロウ婆が答える。


「あの子は今でも己を責め、悔んで塞ぎ込んでいる。深い深い悲しみの底にいるアイツを立ち直らせてやってほしい」


 そう口にするメイロウ婆の顔は、仲介人としてではなく一人の母親に変わっていた。彼女自身も奥深くに隠してきた悲嘆。これまで感じなかったが、こうしてみると年相応に細く小さい身体。儚げに満ちていた。


「ですが、見ず知らずの俺たちが話したところで何か変わるとは思えないんですけど……」


 メイロウ婆がふと、目線を上げた。陽ノ下が映っている画面を拡大。少女の端正な顔を慈しむように見つめ、メイロウ婆は弱々しく笑みを浮かべた。


「アンタらが捜してる嬢ちゃん、不思議と似ているのさ。ダリアの子どもにね。写真でも見せたら、きっと光になってくれるはずだ」


 それに、とチェアを回し響里たちを見据える。


「あの子にもう一度生きる意義を見つけ出してくれたら、心強い戦力になる。実力は保証するよ。アンタらにも悪い話じゃないだろ――頼む」


 懇願するように、メイロウ婆が深々と頭を下げる。

 芝原は、響里に判断を仰ぐとばかりに視線を送ってくる。

 望月も薬物の力を借りていたとはいえ、確かに強かった。銀城栄介も天権である以上、きっと苦戦するに違いない。戦力は一人でも多い方がいいのかもしれない。


「……分かりました。ですが、こちらも陽ノ下さんが第一。協力を仰げなければそのまま行きますから」

「ありがとう、恩に着るよ。なぁに時間は取らせやしない。あの子の家はここから近い。ついてきておくれ」





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