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聖傑  作者: 如月誠
第一章 覚醒の少年編
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第一話 中世の巫女

 響里義矩(きょうりよしつね)のまぶたがゆっくりと開く。

 まるで眠っていたかのようなまどろみの中、視界に入ってきたのは小さな光が幾つも輝く広大な暗闇だった。

 その正体が夜空であることを認識するには、少々時間が掛かった。地面に寝転がっているのか、土の冷たい質感が手のひらに伝わる。煌々と照らされた満月をぼんやり眺めていると、ようやく脳が覚醒してきたのか跳ねるように飛び起きた。


「ここは……?」


 締め付けるような頭痛が響里を襲う。こめかみを押さえながら、響里は記憶を呼び起こす。


(あの変な扉に触れて、それから……?)


 凄まじい光を受けた直後に、意識が寸断されている。あの現象はなんだったのか、理解が追い付かない。恐らくだが、強い光に身体が負荷に耐えられなくなって気絶したのだろう。


「……えっと……」


 周囲を確認してみると、妙な違和感を覚えた。

 林には違いない。が、空なんてまず拝むことが出来なかった。木の種類もどことなく違う気がする。空気は澄み切っていて、風に揺れる木々の音と虫の鳴き声が合わさって不思議と心地いい。


「どうなったんだ、俺は……」


 ふらつきながら響里は立ち上がって、スマホを取りだす。画面を見て、思わず眉根を寄せた。


「十四時……?」


 それは、あの妙な霧が出たぐらいの時間だ。響里は林の中に入ってからもそこまで時間は経っていないはずなのだ。

 響里は念のため、もう一度空を見上げてみた。

 満天の星空。

 現実は夜らしい。


「壊れたか……?」


 地図も表示させてみようかと試したが、電波も入っていない。足元に置いてあった旅行バッグ一式も無くなっている。あの変な霧はもうないようで、周辺を探してみたが、バッグは結局見つからず仕舞いだった。


「嘘だろ……。どうしよう……」


 気絶している間に盗まれたのだろうか。貴重品は身に着けているが、そちらには手を付けられていない。困惑と落胆が混ざって、どっと疲れが出た。

 途方に暮れる響里だったが、ともあれ、まずはこの林から出るのが先決だろう。

 肩を落としながら、スマホのライトを頼り、道なき道を進む。引っ越し早々になんて不運なんだと自分を呪っていると、なにやらぼんやりとした光が見えてきた。

 よく目を凝らすと、赤い灯火が頼りなく揺らめいているようだった。

 そして同時に、何かを叩く甲高い金属音まで響いてきた。それは近づくにつれ、より激しく、より強く。音の間隔も徐々に狭まっていく。

 林の外に人がいる。だが、なにやら尋常ではない状況なのが響里にもひしひしと伝わってくる。

 響里は身を屈め、そっと草むらの陰から覗いてみた。


「でぇやぁあああああああああああああ!!」


 そこにいたのは。

 火の粉が舞う、灼熱に満ちた大地。中心部にいたのは一人の女性だった。東洋の巫女装束を身に纏い、長い濡羽色(ぬればいろ)の髪が彼女の動きに沿ってなびく。裂帛の気合と共に振り上げられたのは、刃渡り八十センチはありそうな長刀だ。戦いが行われているのか、相対しているのは西洋の軽鎧を身に纏った男だった。女性の鮮やかな一閃が男の頸動脈を斬り裂くと、勢いよく鮮血が噴き出す。


「――ッ!」


 思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ響里。

 男が倒れ、今度は別の男が巫女装束の女性の右側から襲い掛かる。だが、女性は苦も無く身を翻し、反撃。隙だらけの背中に鋭い斬撃を加える。


(なななな……!?)


 鮮烈な光景を目の当たりにして、響里は愕然とする。

 冷静な思考があれば、これは何かの撮影だろうと我に返ることが出来たかもしれない。だが、紛れもなくこれは本物。鼻を刺激する酷い臭いに加え、倒れた男たちの傷口からこぼれる内臓。とてもじゃないが、作り物じゃない。

 嗚咽がこぼれそうになりながらも、響里の視線は女性から離せなかった。さらに続々と襲い掛かる男たちをいとも簡単に斬り伏せる。その舞うような剣技に、響里は見惚れてしまっていた。

 血飛沫の雨に濡れながら、それでなお彼女は美しかった。


「すご……」


 感嘆の声がつい漏れる。だが、それがまずかった。


「誰!?」


 ……やってしまった。

 慌てて口を噤んだが、もう遅い。巫女装束を着た女性の身体が、素早く響里のいる茂みの方へ振り向く。


「出てきなさい! さもなければ、叩き斬ります!!」


 凛とした澄んだ声が、闇夜の中で良く通った。

 響里と巫女装束の女性との視線が交錯する。とはいえ、正確には自分の位置なんて掴めていないはず――そんな考えが響里の脳裏をかすめたが、甘かった。女性が持つ刀の切っ先が、確実に響里の隠れている茂みの方に向けられる。鈍く光る刀身。甲冑男たちを屠った際に浴びた血を地面に滴らせながら。


「どうしたのです!? 問答無用で死にたくはないでしょう!!」


 再度、強い口調で女性が叫ぶ。戦っているときは後姿で分からなかったが、綺麗な顔立ちをしていた。大きな瞳が特徴的な、あどけなさの残る少女だ。響里と年は近いのではないだろうか。

 脅しをかけられたことで響里が臆していると、彼女はそれを返答拒否と受け取ったのか静かに刀を下ろした。緊張感に満ちた表情から一変、冷ややかな目で「そう、分かりました」とだけ残念そうに呟く。


「いいでしょう。そんなに死にたいのであれば――」


 今度は刀を腰に据え、ゆっくりと重心を落とした。俗に言う抜刀術の構えだ。可憐な少女から想像もつかない殺気が放たれる。前傾姿勢と共に彼女が踏み込む――その刹那。

 自分も瞬殺される未来が頭を過った響里は、反射的に立ち上がり急いで茂みから抜け出た。


「まままま、待って、待って!!」


 無抵抗をアピールしようと両腕を上げて、巫女装束の少女の前に立つ。彼女の殺意を少しでも削ごうと笑みを作ろうと試みたのだが、恐怖からただ頬が引き攣っただけの変顔になってしまった。


「…………?」


 少女が怪訝な顔を浮かべた。構えはそのままに、響里を黙って見つめている。と、何かに気付いたのか鋭い視線が一転。その瞳が徐々に大きく見開かれていく。


「まさか……私と同じ日本の者……?」


 顔の造形からだろう、響里が東洋の人間だということに啞然とした様子で呟く。肩の力が抜けたのか、少女はゆっくりと構えを解く。敵意がなくなったことに安堵した響里も、疲れた息を吐きながら腕を下ろした。


「す、すみませんでした。その……覗き見したことは謝ります。でも、決してあなたに危害を加えようと隠れていたわけではないんです」

「…………」


 少女の瞳が猫のように細くなる。じっくり観察しているのだろう。響里の弁明が真か嘘か。短い沈黙の後、少女は口を開いた。


「そのようですね」

「は、はい」

「悪意を持って私に害をなそうというならば、貴方があそこに隠れていた時点で奇襲をかけたはず。見たところ、武装もしていないようですし……、ですがその出で立ちは……?」


 響里のラフな格好に疑問を抱いたらしく、少女は小首をかしげる。

 その点については響里も不思議に思っていたところだ。加えて、携えた刀。ならば、巫女服もコスプレではなさそうだ。


「俺は響里義矩。あなたが言ったように日本人で間違いないです」

「やはり、そうですか」

「もしかして、あなたはお侍さんとかですか?」

源咲夜(みなもとのさくや)。それが私の名です。平安の世で武士をしておりました」


 本物だ。心の中で驚きつつも、感動する響里。


「マジかぁ……」

「それで、あなたは?」

「えっと……。俺が生まれたのは源さんより、千年以上は先かと……」


 何故だか言いにくそうに響里は答えた。想像通り、咲夜と名乗った少女の表情が驚愕に染まる。


「そんな……。いや、でも……、そうですね。それもありえますね……」


 驚きつつも、妙に納得する咲夜。どうやら事情を知っていそうなので、響里は勇気を出して踏み込んだ質問をしてみる。


「あの、ここはどこなんですか……。見たところ、絶対日本じゃないですもんね」


 倒れている男たちをチラッと見る響里。苦悶に満ちた死にざまを直視するのは精神的にくるが、やはり外国人の相貌。おまけに西洋甲冑。学校で学んだ歴史を思い返すに、中世あたりだろうか。


「ここはカルデナ大陸と呼ばれる場所。その南方に位置するミーアレントという国の領土内です」

「カル……、え? ミーア……、は?」


 聞き慣れない単語が飛び出し、目が点になる響里。「ああ、すみません」と咲夜は、混乱する響里に謝罪。こほん、と可愛らしく咳払いをし、響里を見据えた。


「いいですか、義矩さん。ここは我々がいた世界とはまったく異なる世界なのです。意味が分かりますか? 過去でも未来でもない――全く別の……要は“異界”なのです」

「異界……?」


 ポカンと、響里は咲夜の言葉を繰り返した。

 つまりは異世界ということだろうか。時代を超え、国を超え、遂には惑星を超え――別次元の世界に来ているということだろうか。

 確かに、一見してファンタジーのような世界観にはまるで似つかわしくない東洋の巫女がそう言うと、説得力がある。


「恐らく義矩さんは現世から転移してきたのだと思われます。私もそうでしたから」

「まさか、そんなことって……」


 眩暈を覚え、響里はよろめく。

 有り得ない――そう真っ向から否定したいところだが、ある意味で納得できる部分もある。

 原因はあの扉だ。あんな林の中に扉があるのもそもそもおかしな話だし、あれに触れたことで己の視界が即座に切り替わったのだ。

 そんな現象、別世界に飛ばされたと言わずしてなんと言うのか。

 そして、咲夜の存在。信じるには十分な材料だろう。


「…………?」


 ――と。

 咲夜の背後で、何かが蠢いた。

 ゆらり、と黒い煙が湧き上がるように。人影が音もなく現れた。

 それは、咲夜が最初に仕留めた男だった。起き上がってきたその男は、生気すら漂わせずだらりと下がった剣を緩慢に振り上げる。


(噓……だろ、死んでたはずじゃ……!)


 響里が絶句していることに咲夜が眉根を寄せる。自分の身に迫る危機なのだということには勘付いていない。


「咲夜さん、危ない!」


 響里の視線の先から、反射的に振り返る咲夜。だが、その男の長剣は既に振り下ろされ、咲夜の眼前にまで迫っている。


「くっ――!」


 甲高い金属音が鳴く。

 刀と大剣がぶつかり合い、火花が飛んだ。

 上半身を仰け反らせることで空間を作り、咲夜はその隙間に刀を滑り込ませていた。

 だが不意を突かれたせいなのか、力で押し切られた咲夜の手から刀が弾け飛ぶ。後方に弧を描く刀。響里の足元に突き刺さる。


「こやつ、まさか……ッ!?」


 振りぬいた大剣をもう一度振りかぶる男。そうして、ようやくその男の状態を知る。焦点を失った目。だらしなく開いた口から噴き上がる血液。間違いなく、死んでなお、動いているのだ。そう、ゾンビのように。


「しまっ――!」


 得物もなく、無防備な咲夜の胸元に大剣が吸い込まれていく。

 その瞬間。


 ――響里の足が動いていた。


 凶器に対する恐怖も、そこに飛び込む勇気も一切ない。脳内に映し出された彼女が死ぬ姿を想像して、響里は獣のような叫び声を上げた。


「うあああああああ!!」


 咲夜の刀を抜き、一直線に男の懐に飛び込んでいく。


「義矩さん……?」


 呟く咲夜の瞳は、奇跡を目の当たりにしていた。

 淡い発光。響里の全身が輝きを放つ。常人を超えた速度から、燐光がたなびく。軽やかに弾ける音と共に、響里は雷光を纏い刀へと伝播する。

 肉薄。

 踏み出した右足に地面が陥没。脇から絞り込むように振り切った剣閃が、男を捉える。

 鎧を潰し、砕けた奥の肉の感触。肋骨さえも破壊し、男は宙を舞う。響里の腕力では到底到達しえない力――それは雷光の破壊力を加えた威力だった。

 吹き飛ばされた男は、はるか上空から地面に叩きつけられ、今度こそ動かなくなった。


「はぁ、はぁ……」


 まるで爆心地のような抉れた地面の中心で、ぐったりと両膝を着く響里。今にも気を失いそうな、朦朧とした意識の中で聞こえてきたのは、咲夜の近づいてくる足音だった。





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