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聖傑  作者: 如月誠
第ニ章 罪と業編
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第二十四話 ウォルターの過去

「そいつは傑作だ」


 言葉とは裏腹の淡白な口調。ウォルターは愛用の古びたジッポで煙草に火を点けた。

 三人は、ノースポイントからさらに北に外れた住宅街へと移動していた。案内されたのは、ウォルターのセーフハウス。街の各地で危険な仕事をしている彼は、こういった間借りした家を複数所持しているらしい。

 生活感のない、最低限の家具だけにとどまらせた内装。ウォルターが紫煙をくゆらせると、天井のシーリングファンにゆっくりと吸い込まれていく。

 革張りのソファーに背中を沈めさせて、呆れたようにウォルターは言った。


「お前らが本当に異世界の住人だったとしてだ。じゃあ、この世界は総製作費何十億もかけた超大作映画で、俺もそのキャストの一部だと? 光栄すぎて、バカルディが欲しい気分だぜ」

「本当の話なんですって。信じられないかもしれませんけど」


 ガラスのテーブルを挟んで、立ったままの響里が苦々しく言う。

 自分たちの素性を明かし、全てが作り物だとばらす。そこに生きる者たちにとって、己や世界が創作の結果でしかないのだと告げるのは非常に危険な行為でしかない。

 場合によっては自我の崩壊にも繋がってしまう。無論、辺り構わず吹聴する気は響里もさらさらない。今回の一件、ウォルターが密接に関わっているだけに、止む無く伝えたのだ。


「理解は出来ねぇ。だが、納得できる部分は……まあ、確かにある」


 ウォルターは冷静だった。


「このミッシリオが世界の全て。海の向こうに何があるとか、俺の知識にはない。それって要は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだろ?」


 自分自身に投げかけ、そして答え合わせしているかのように深く考え込む。それが当たり前のことだというより、心のどこかで疑問としてあったのかもしれない。


「んで、天権って言ったな? それは恐らく日本人だろうな」

「知ってるんですか?」

「いや。だが、ここには多くの日本人がいる。そして、その誰もがこの街では成功者だ」

「それは――」


 響里はチラッと、芝原の方に視線を移した。彼は玄関ドアに背を預けて項垂れていた。ここまでの移動の間も、ずっと黙り込んだまま。


「その天権ってやつは必ず一人なのか? 複数で構築されている可能性は?」

「分かりません。俺も二度目ですから」


 響里はかぶりを振った。

 宮井の場合は、彼が孤独だったから故だ。周囲を拒絶し、自分の世界に引きこもる――己の都合のいい箱庭を造り上げた。

 だが、ウォルターの言うように、天権が複数犯だった場合。互いの足りない想像力を補い、完璧な隙のない世界を生み出すなんてことも可能だろう。


「なんにせよ、アイツが深く関わっていそうだな。俺としては分かりやすくていい。この馬鹿げた世界をぶっ壊せるんだからな」

「自分も消えることになるかもしれないんですよ?」

「関係ねぇ。お涙頂戴、正義のヒーローにも憧れてないんだよ。こっちは、目的を達成したついでに崩壊してくれりゃそれでいい」


 発言はヤケクソじみているが、決して悲観的な色はない。むしろ合理的に物事を捉えているのか、ウォルターの表情は喜色を帯びている。


「……それって雄太郎のことッスよね」


 これまで一切口を開かなかった芝原が、言葉を漏らした。深い悲しみが滲んだ視線をウォルターに向ける。ウォルターは嘆息を吐きつつ、ゆっくりと立ち上がった。


「なんだ、まだ現実が受け入れられないか」

「当たり前っしょ。昔のダチがマフィアになってた、なんて聞かされたら」

「ショックを引きずるのは勝手だがな。こちとら報復する正当な理由ってモンがあんだよ」


 ウォルターが向かった先は壁際に置かれたチェスト。何かを手に取ると、芝原に向けて無造作に放り投げる。慌てて受け取った芝原が、それを見て眉根を寄せた。響里も近寄ってみると、小さなペンダントのようだった。

 涙型のロケット。

 中に入っているのは写真だった。響里や芝原と年齢の近い、金髪の少年が少し照れくさそうな笑顔で映っている。


「この子は……?」


 響里が訊く。ウォルターは視線を合わそうとせず、腕を組んで壁にもたれかかった。


「弟だ。数年前に望月に殺された」

「――!?」


 呼吸の止まる音が、芝原から聞こえてきた。手から滑り落ちたロケット。チェーンが指先に引っかかる。

 ウォルターは立ち尽くす二人に一瞥すると、再度深いため息をつく。心の準備でもするかのように、長い沈黙を挟み、口を開く。


「数年前、俺と弟は望月と同じ組織に属していた。よく三人でチームを組み、バカをやってたよ」

「ウォルターさんもマフィアだったんですか」

「むしろギャングに近いかもな。寄る辺のない連中が集まって出来た勝手気ままな集団。それが俺たちだった」


 苦々しく、ウォルターは笑みをこぼした。


「両親がいなかったもんでな。生きるためなら、何でもした。汚ねぇことでも、それこそ人殺しもな。弱者こそ淘汰されるこの街では、そうするしかなかったんだよ。――今にして思えば、親の顔を知らないってのは造られたからだったんだな」


 寂しそうに肩をすくめて、それからまた少し言葉を切る。かける言葉も見つからない響里は、ただ彼を見つめていることしかできない。


「んで、あるときだ。望月が俺たちを裏切った。俺たち兄弟だけじゃない。仲間もみんな騙した挙句、姿をくらました」

「どういう……こと、ですか?」

「恐らく、今の組織の引き抜きにあってたんだろうさ。スカウトってのは往々にしてあるからな。金か地位か……、そこに目が眩んだヤツは、俺たちを利用した」


 ウォルターの指先が、腕の筋肉に深く食い込む。


「ノースポイントよりまだ向こう……海岸線の倉庫に大量のヤクが眠ってるって情報をキャッチした俺たちはそこへ潜入した。首尾よくヤクは手に入れたんだが、そこで奇襲に遭った。別のマフィアの縄張りだったんだろう。望月は現マフィアと結託し、ヤクを独り占めした上で俺たちを盾にして……逃げやがった」

「雄太郎が、そんなことを……?」


 震える声の芝原。構わず、ウォルターは続ける。


「弟も、仲間も、皆死んだ。かろうじて生き残った俺は、あのババアに拾われた。以来、ババアのエージェントとして依頼をこなす傍ら、望月の行方を追っていたのさ」


 語り終えると、ウォルターは芝原の指先でぶら下がっているロケットを手に取った。兄としての慈しみの表情から一変、復讐鬼としての顔が覗かせる。


「俺はヤツを殺す。そのために、泥水すすって生きてきたんだからな」

「ま、待ってくれ!」


 サングラスの奥の剣呑な瞳に竦みながらも、芝原は食って掛かる。


「雄太郎にだって理由があったのかもしれねぇだろ! やむを得ずとか、強制的にさせられてるとか……!」

「友情ごっこか? やめとけ。他人の信頼なんてのは一銭の価値もない。ヤツは……望月雄太郎は、もうお前の知ってる男じゃねぇよ」

「違う! アイツは優しい男なんだ! きっと事情が……」

「やめとけ。お前の幻想を押し付けんな。俺にも、今の望月にもな」

「…………!!」


 言葉に詰まる芝原。打ちひしがれ、膝を落としそうになる彼の胸ぐらを、ウォルターは強引に掴む。


「何と言おうが、俺はヤツを始末する。止めたきゃ俺を殺すことだな」

「俺は……、アイツに言わなきゃいけないことが……」

「だったら、尚の事だ。俺や望月と同じ世界に首を突っ込め。弾丸こそが、このクソッたれな街での挨拶だ。言葉よりも、真っ先に心臓に届くぞ」


 暴力的な世界に身をやつした男の死生観。決して脅しではないだろう。ウォルターは、確実に己の仇を殺す気でいる。そこにどんな問題が介在していようとも、関係ない。それだけ長い年月、煮え湯を飲まされていたのだから。


「ちょ、落ち着いてください!」


 とはいえ、あまりの剣幕にここで殺し合いをされたらたまったものではない。響里は二人を宥めようと、二人の間に割って入ろうとした。


「――!?」


 と、ウォルターの顔色が変化する。

 何に反応したのか。芝原を睨んだ瞳が、ゆっくりと瞠目していく。

 そして――。


「おい、お前ら伏せろ!!」


 切迫した叫びが飛ぶ。響里と芝原は、ウォルターの態度の急変ぶりに困惑するだけ。

 そのときだ。

 かすかに、耳を澄ましてなければ聞こえない小さな音が聞こえた。電子系の音。一定の間隔で、まるでタイマーのような規則的な音が鳴っている。

 発生源は玄関ドアの向こう。実際に響里たちが立っている場所のすぐ外からだ。


 まさか――。


「くっそ!!」


 響里の視界の端で、ウォルターが胸ぐらを掴んだ芝原を床へそのまま押し倒す。

 その直後だ。

 眩い閃光。紅蓮の爆発が、響里の全身を包み込んだ。






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