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聖傑  作者: 如月誠
プロローグ
2/33

プロローグ:後編

 ……遅い。


 待ち合わせ時間から一時間経った。が、車の一台さえ通らない。

 その間、向こうから連絡は一切なく、こちらから何回も電話をかけてみているが一向に応答がない。


(……さすがに変だ)


 何か予期せぬトラブルにでも遭ったのだろうか。事故か、もしくは、犯罪の類にでも巻き込まれたのか。のどかで平和そうな町という印象が、響里の中で崩れようとしていた。

 時期は春休み。教員ならば仕事もあるのだが、彼女が休日のこの日に自分の引っ越しも合わせたのだ。

 単なる寝坊、という可能性もなくはないが、不安は徐々に大きくなる。

 響里はとりあえず辺りを探してみることにした。

 車道沿いをとにかく歩いていく。駅周辺は一面の畑だらけで、とにかく見通しがいい。住宅はちらほらと見えるが、年季を感じさせる一軒家ばかりで、果たして本当に人が住んでいるのか怪しいものだ。

 曖昧な記憶を頼りに、とにかく道なりに進んでいく。祖母の家も密集した住宅地にあったはずなので、まずはそこまで出たいのだが響里の思いとは反対に樹木が生い茂る林の方に着いてしまう。


「参った……。やっぱりむやみやたらに行動するんじゃなかったか……?」


 いっそ来た道を戻ろうか。それとも誰かに道を訊くか。

 響里は後悔しつつ、とりあえずもう一度有沢に電話をかけてみる。長いコールに続いて、留守番のガイダンスへ。やはりダメか……と、諦めて耳からスマホを離そうとしたとき、ふとあるものが目に留まった。

 古臭い掲示板だった。

 普通であれば、町内の催し物などのお知らせが貼られている――のだろうが、その掲示板は少し様子が違った。

 何人もの顔写真。そして、そのどれもに“探しています”の文字。

 どうやらこの町でいなくなった行方不明者を知らせるポスターらしい。しかも異様に数が多い。そこまで大きくない町のはずだが、ざっと七、八人はいる。年齢層はバラバラで、しかも、どれもがここ最近いなくなった人たちばかりだ。


「おいおい、物騒すぎるだろ……」


 妙な気味悪さを感じて寒気が走る。


「まさか深雪さんも……?」


 嫌な想像だけが、どんどん膨らむ。思わず、手元からスマホが滑り落ちた。

 こうなったら警察に行った方が早いのかもしれない。そう考え、地面に落ちたスマホを取ろうとした――その時だった。


「…………?」


 異様な寒気。今度は感覚的なものではない。

 確かな冷気が、皮膚を通り抜けていく。

 風などではない。スマホを拾い上げた響里の目に飛び込んできたもの。


 それは、霧だった。


 あれだけ見晴らしのよかった景色が一変。あまりの濃霧に、周囲が全く見えなくなっていた。


「な、なんだ……?」


 陽の光が消されたかのようにあたりが暗くなっていた。これも霧のせいか。まだ昼間のはずなのに。

 困惑する響里。

 この地方ではそういった現象が起こるのか。ありえない話ではないが、それにしてもこれは異常な濃さだ。

 それを証明するかのように、突然響里の膝が落ちる。


(い、息が……。胸が苦しい……)


 身体が鉛のように重い。

 呼吸すらままならない。

 一体、何が起こったのか。

 重苦しく、全身の力が奪われていく感覚。酸素が欠乏したことで視界もぼやけてきた。

 不可思議な事態は、さらに続く。

 響里の周囲に影が生まれたのだ。

 それは人の形をしている。但し、本物の人間ではない。正しく、()()()()()()()()()()

 気付けば、響里は囲まれていた。ゆらゆらと揺らめく人影は徐々に数を増えていき、声にならない断末魔を上げながら響里に近付いてきている。


「うわ……、うわあぁぁぁぁあああああああああああ!!」


 響里は駆け出した。

 恐怖のあまり判断能力が欠如し、あろうことか逃げた先は不気味な林だった。


(まさか幽霊!? な、なんだ、なんなんだよ、これ……!!)


 草木をかき分けながら響里は必死に走った。

 霧はどんどん濃くなっていく。もはやどこを走っているのか方向感覚まで狂っていくようだった。一刻も早く安全な場所に逃げたい思いとは反対に、林の奥へ奥へと響里は進んでいってしまう。


「はぁ、はぁ……!」


 体力が限界に達したとき、木の根に足を取られた。湿った地面を勢いよく転がっていきながら倒れこむ。


「うう……。痛ッ……」


 呻きながら響里は身体を起こす。

 外からでは分からなかったが、この林はあまりに広い。どこまで続いているのか、まるで樹海だった。かなりの距離を走ったはずなのだが、まるで出口は見えてこない。


「……え?」


 泥だらけの頭を振り払う響里が、間の抜けた声を漏らした。

 その視界に飛び込んできたもの。


 扉だった。


 全長三メートルはあろうかという、巨大な扉が自然の中で厳かに立っていた。


「なんでこんなところに、こんなものが……?」


 困惑の声を呟きながら響里は、その扉に近付いてみた。

 建物に設置されているわけではない。ゴシック調の装飾が施された豪華な扉だけがポツンと佇んでいるだけなのだ。

 建具として何かしらの理由で置かれたにしては意味が分からない。違法に廃棄されたのか。にしては、綺麗で思わず見とれてしまうような異質さがある。


「…………ん?」


 両開きの僅かな隙間から光が漏れている。

 何気なく触れてみた扉が、重々しい音を立てながらゆっくりと開き始める。


 強烈な閃光。


「うわッ!?」


 あまりの眩しさに視界を奪われる。それだけではない。まるで意志を持っているかのように、光は波となって響里に襲い掛かってきた。全身に絡みつき、血中のあらゆる細胞の一つ一つにまで結合されていく感覚。指先の一本すら動かし方を奪われたかのように、自由が利かなくなっていく。


(な、なにが……!!)


 全身が粒子となって消えていく。光の奔流に呑まれながら、やがて響里の意識までをも彼方へと連れ去られていった。




 そうして、少年はこの世界から忽然と姿を消した。


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