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聖傑  作者: 如月誠
第一章 覚醒の少年編
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第十三話 天権

 数日ぶりというべきか、それとも一年ぶりというべきか。

 僅か数メートル、その前方にいる少年の姿は少しも変わりなかった。切り揃えられた前髪、幼さの残る顔つき。細く開かれた瞳が響里を捉えている。変化といえば宝石が埋め込まれたサークレットと豪奢なマントを羽織っていること。まるで自分が支配者であることを誇示するかのように。


「久しぶりだな、宮井……」

「…………」


 決死の覚悟で突入した響里に、宮井は首を傾ける。


「いや、誰? お前」


 戦いが起きたことで無理やり起こされたのだろう。不機嫌そうに溜息を吐く。


「どこかで見たような気がするんだけど……。う~ん? どこだったけなぁ……」


 頬杖をつきながら思い出すような素振りを見せる宮井。沸き起こる激情を堪えながら、響里は低い声音で言った。


「一年前。マゼライトのミーアレント侵攻で、咲夜さんと共にいた響里だ」

「……ああ。そういえばいたねぇ、邪魔者が。僕と同じ転移人だ」


 反応薄く、宮井は答えた。しかし、すぐに疑問に至ったのか、眉根を寄せる。


「ん? でもお前、僕に殺されたはずだよねぇ。どうして生きてるの?」

「俺も死んだと思っていた。だが、その後は現実世界に戻されただけだったよ」

「ふ~ん、変なの。異界創造のシステム的な欠陥なのかな。知らないけど」


 いかにも興味なさそうに爪をいじりながら宮井は呟く。


「今、現実世界では大変なことになっている。お前がこうして好き勝手にやっているせいで、御伽町に住む何の罪もない人たちが悪意にさらされ次々と倒れていっているんだ」

「は? 何それ?」


 宮井は小馬鹿にしたように笑う。


「どうでもいいよ、そんなこと。価値のない連中が生きようが死のうが、興味ないね」

「この世界が現実に悪影響を与えているんだ。お前が生み出したこの世界を維持するためのエネルギーは、無関係な人たちの魂で成り立っているんだよ。そもそもどういう仕組みでこの異界が作られたのかは知らないが、もうやめてくれ」

「へぇ、それも初めて知ったよ。でも、いいじゃないか。無能なサルどもが僕の役に立っているんだろ? むしろ感謝してほしいね」

「お前……!」


 どこまでも人を蔑む宮井に、響里は憤然と睨みつける。

 だが同時に、疑問も頭をよぎった。宮井が天権であることに間違いはない。自身にとって居心地のいい世界なのだから、現実に帰るという選択肢は微塵もないのだろう。

 しかし、異界のシステムについては完全な無知。それこそ、与えられたオモチャのように世界を弄って遊んでいるかのように――。


「っていうか、お前も変なヤツだね。そんなことを言うためだけに、また僕に殺されに戻ってきたわけ? 無駄な正義感、ヒーロー気取り、主人公感に酔いしれてんの? ダッサ」


 宮井が膝を叩きながら、笑い声を上げる。


「下らない、下らないよ。響里っていったっけ? お前、偏差値低いだろ? 顔も名前も知らない無能連中を救うなんて、雑魚が夢見すぎ」

「随分と僻みが強いんだな。そんなに人間が嫌いか」

「好きとか嫌いとかの次元じゃない。僕意外、全て無価値な動物さ」


 宮井は断言する。そんな彼に、響里は、怒りを通り越してむしろ憐れむような視線を彼に向ける。


「陽キャを気取るなら、君もサル同然だね」

「別に、そんなんじゃない」


 響里はかすかな笑みを浮かべた。自嘲の笑みを。


「自分の内にある(ことわり)が、周囲とのズレになるってのは苦しいよなって」

「……なんだよ、それ」


 吐露した響里の言葉を聞いた途端、宮井は表情を消した。


「なに、分かったかのような口を聞いてんだ、お前は!」


 卑下したわけでも揶揄したわけでもない。まして同情したわけでもない。あくまで響里は、自分自身を嘲笑したに過ぎない。

 が、何を思ったのか、宮井は怒りを露わに玉座から立ち上がった。


「雑魚がッ!!」


 手のひらから生み出した黒い粒子が、光弾となって響里に襲い掛かる。死霊術とは違う、宮井がこの世界で他人から得た魔術だ。

 響里は咄嗟に刀を盾にして弾くも、衝撃で後方に吹き飛ばされた。


「要はお前も、あのゴミクズが蔓延した世界から来たんだろ? でも、創世の機会は与えられなかった弱者だ。僕の世界に勝手に侵入したバグのくせに!」

「バグ……か。そうだな、言い得て妙だ」


 口の中を切った血を吐き出して、響里は乱暴に拭う。


「俺は取り残された化石だよ。生きて、たった十七年だぞ? なのに、周囲の皆は情報を目まぐるしく取り入れた化け物だ。だから俺は人間が怖い。それでも同じ土俵に立つのも気後れする。そういった意味では俺は現代のバグなのかもな」

「……は、は!」


 妙な動揺。それを誤魔化すような笑い。宮井は再び黒い光弾を放った。

 目が慣れてきたのか、咲夜の残した太刀が力をくれるのか定かではない。直線の軌道を読み、横へ飛びのく。


「やっぱりだ! それはな、お前が無能の雑魚だからさ! 僕はお前と違って天才! 周りはお前と一緒の生きる価値のないクズさ!」

「――そう考えることで、何か世界は変わったのか?」

「…………ッ!」


 言葉に詰まる宮井。これまでの余裕が消えたことで、響里は初めて自分から打って出た。宮井に刀を振りかぶりながら飛び掛かる。


「は、ははは! なんだそれ、お粗末な攻撃だ!」


 戦い慣れしているのは宮井だ。いとも簡単にかわされ、反撃の光弾を響里はまともに受けた。


「ぐぁッ!」


 今度は防御が間に合わず、肩口が爆発。痛覚が襲う前に響里は床を転がる。


「偉そうに、僕に説教でも垂れようっての!? 先生かよ、お前は!もっと理解しましょうって、馴染むよう努力しましょうって! なんで僕が周りのレベルにまで落とす必要があるんだよ! 一番の僕が!」

「……はは。そんなこと言うかよ」


 力なく響里は笑った。


「だったらなんだ!? なんなんだよ、お前は!! 何がしたいんだよ、響里……お前はぁ!!」

「何が正しいか、なんてお前で答えを出せ。宮井、こっちでもあっちでも命を弄んだ責任は取ってもらう。それだけだ」


 だらりと下がった左腕。皮膚が焦げ、指先にまで血が滴り床に垂れている。響里は右腕だけで刀を構える。


「宮井に共感するつもりもさらさらない。それだけの罪をお前は犯したんだ」

「結局そこかよ! 散々言っといてさ、やっぱりお前はバグだ! 修正しなきゃいけないみたいだね!」


 宮井が予期せぬ行動に出た。あれだけ魔術に頼って遠距離の攻撃ばかりだったのに、突進してきたのだ。その手には何か握られている。細長い、黒い棒切れのようなものを。魔術を変化させてあることに間違いはない。

 響里に肉薄した宮井は、それを横薙ぎに振るう。


(剣!? いや、これは――!?)


 鋭利な切っ先が響里の胸元を裂く。ほぼ反射的に身を引いたものの、真一文字に鮮血が噴き出す。


「ぐ……ッ!」


 呻いた響里の腹部に続けざまに衝撃が走る。宮井が蹴り放ったのだ。地面を弾み、響里は壁に激突する。

 響里より宮井は小柄だった。筋肉量も少ない。それでも戦闘慣れしているためだろう、経験値の差が近接戦でも上回ってくる。


「そ、それは……」

「ふん、気付いたかい?」


 だが、響里にとって驚きはそこではない。宮井の右手に握られている、その物体だ。細く、しなやかな刀身。それは、響里が持っているものと酷似しているのだ。


「お前、まさか……」


 にやりと、宮井の顔が歪んだ。


「そう、咲夜の刀さ。ようやく手に入れたのさ」


 心臓が跳ねた。

 響里が持つ太刀も、咲夜のもの。宮井の刀は、あくまで魔術で生み出した偽物だ。だが、宮井の能力は他人の力を吸収するというもの。


 その事実が意味することは。


 宮井は踵を返した。踊るように玉座まで戻りながら、さらに後ろの天幕の方にまで歩を進めた。そして、勝ち誇ったような顔で、壁掛けのように垂れ下がる天幕を思い切り剝ぎ取った。


「…………!!」


 響里は愕然とした。

 そこにあったものは、まるで彫刻師が作り上げたような精巧な人型の像。手足を鎖でつながれ、空中で吊り下げられてあるが、それは製作者が芸術としてそう表現したのではない。

 決して石膏ではない。生きた人間だ。石のように固められた真っ白い、肢体を露わにした女性。


「咲夜さん……」


 探し求めた、再会を焦がれていた。慈愛に満ちた笑み、戦いときの凛とした目元。どんな表情も可憐で、勇ましい。だが、そこにいるのは無機質な、人の形を保ったもの。

 響里は震える唇でそう呟くしかできなかった。




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