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聖傑  作者: 如月誠
第一章 覚醒の少年編
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第十二話 響里、駆ける

 ――虫の音が、遠くの方で聞こえた。

 何かが焼ける匂い。そして、ほんのり温かさを感じる。


「――坊主」


 まどろむ意識に、誰かの声が語りかけてくる。


「おい、坊主!!」


 鋭い声に、響里は目を覚ました。跳ねるように飛び起き、周囲を見渡した。

 暗い森の中。焚き火を囲んで、四人の男たちが響里を心配そうに見つめていた。


「俺は……」


 軽い酔いを感じる。男の一人が頭を押さえる響里の背中をさすった。


「びっくりしたぜ、俺たちが野営しているところに急に現れたんだ。パッと魔術みたいにな」

「ジェー……ムズさん……?」


 無精髭を生やした短髪の男は、ミーアレント軍の兵士であるジェームズだった。軽鎧を着た他の三人にも見覚えがある。斥候隊として国境沿いの野営地で出会い、共に旅をした人たちだ。


(うまいこと、帰ってこれた……のか)


 そして、運よく知り合いに出会えた。安堵して、肩の力が抜ける。


「心配したぜ、坊主。あの戦争の後、いなくなっちまったろ? 死んだのかと思って探したんだが、見つからなくてな」

「ま、まぁ色々あって……。って、そうだ。あれからどうなったんです? 戦争は? マゼライト軍に襲われて大変だったんですよ!」


 ジェームズたちは顔を見合わせた。誰もが沈痛な表情を浮かべ、答えようとしない。


「もしかして知らねぇのか? あれから一年だ。ミーアレントが敗北して」

「え……」


 敗北。あの圧倒的な戦力差だ。勝ち目は薄いと、現世に帰ってからそれは感じていた。

 だが、それよりも。驚いたのは“一年が経過している”ということ。

 時間の流れが現世とは違う。それは認識していたが、まさかそこまで経っているなんて。ジェームズの淡白な返答にも、年月の経過が映し出されている。敗戦直後なら、ここまで穏やかに言わないだろう。漂うほのかな絶望を残して。


「戦争に負け、ミーアレントは崩壊。領地はマゼライトのものとなり、陛下も処刑された。捕まった同胞も向こうの軍門に下るか、死を選んだ。散々だったよ」

「そんな……」

「激動の一年さ。マゼライトはマゼライトで、変革が起きたしな」


 パチンッ、と火の粉が弾けた。ジェームズは枝を焚き火に放る。


「戦争の勝利に貢献したことで、軍の総指揮はあの宮廷魔術師が握ることになった。奴はその立場を利用し、マゼライトの支配をさらに広げるため戦争を激化。もうじきだろうよ、この大陸がマゼライトの独占になるのは」

「宮井……」


 響里は自分でも知らぬ間に拳を強く握りしめた。

 確信した。天権はやはり宮井だと。己が創造した世界で王となり、世界を支配する。出会った当初の不遜な言動にも合点がいく。

 同時に、ここでこうして話をしているジェームズたちも宮井が用意した人間たちだというのも改めて驚かされる。命があり、感情がある。

 だからこそ、その命たちを好き勝手扱うのは許せない。


「そうだ、咲夜さんは? 咲夜さんはどうなったんです!?」

「分からねぇ」


 呻くように顔を歪めて、ジェームズはかぶりを振った。


「俺たちは外に出ていたからな。それもマゼライトの陽動で、罠に嵌められた俺たちが帰ったときにはもう戦争は終わっていた。命からがら逃げのびた仲間の話じゃ連れ去られたって話だ」


 くそっと吐き捨てるジェームズは地面を殴った。咲夜を勝利の女神と崇めていた彼等だ。失意、失望。焚き火を囲う他の三人も一様に表情が暗い。

 だが、響里は違った。


(宮井がミーアレントを襲った目的は咲夜さんだった。簡単には殺さないと思うけど……)


 自身の力を盤石のものとするため、咲夜を手に入れたのだとしたら。どうやって咲夜の力を吸収するのか想像できないが、咲夜も簡単には屈しない胆力の持ち主だ。楽観視はできないが、まだ希望はあるのかもしれない。

 顎をなぞり、物思いに耽っていた響里の背後から物音が聞こえた。ジェームズが草むらで何かを漁っていた。戻ってきた彼は、取り出したものを響里に差し出した。


「これって……!」

「ああ。嬢ちゃんの剣だ。いや、嬢ちゃん曰く“刀”だったか」


 糸巻の鞘に収まった、長く大きく反った太刀。歴史を感じさせ、神秘性すら感じさせるそれは間違いなく咲夜が使っていたもの。手を触れるのも躊躇われる美しさを持った“安綱”を、響里は恐る恐る受け取った。


「その逃げ出した仲間に、咲夜嬢ちゃんは渡したらしい。嬢ちゃんは言ってたっけな。“太刀は武士の魂”だと。きっと負けるのを悟って、その魂だけは残したんだ。だからその仲間は命を懸けて逃げたんだ。重傷だったのに立派だったよ。俺たちに託して、死んじまったけどな」


 そっと響里は刀を抜く。月の光に照らされた刀身は、鋭く曇りも一切ない。


「綺麗だ……」

「す、すげぇな坊主!」


 刀に見惚れている響里に、周囲からどよめきが起こった。


「嬢ちゃんの意志を継ぐために、俺たちが何度もソイツを抜こうとチャレンジしたのに誰も抜けなかったんだぜ。それを簡単に抜きやがった!」

「え、そうなんですか」

「おお! やっぱ坊主も只もんじゃなかったんだな。こりゃ、こっからの戦いに勝てる望みが出て来たかもしれねぇぞ。数パーセントだがな!」


 柄を握る手のひらから、熱が伝わってくる。咲夜の魂。その残滓が、太刀を通して身体に流れてきている――響里はそう感じた。

 ジェームズたちが意気揚々と活気づく。ジェームズは響里の肩に腕を回すと、おもむろに外の茂みの方に連れて行った。


「見ろ」


 数百メートル先。松明の火だろうか、ぼんやり照らされているのは荘厳な城だ。左右対称の尖塔に、国を象徴する図形が描かれた青い旗が風に乗ってなびいている。


「マゼライト城だ。俺たちはこれから夜襲をしかけるところだったんだ」

「夜襲!?」


 思わず大声を上げて、慌てて口を塞ぐ響里。距離も近いため、見回りの兵がうろついていてもおかしくない。


「ちょ、ちょっと待ってください。こんな人数で攻めるつもりなんですか!?」

「だから夜襲なんだよ。少数で攻め込むなら敵が油断しているこの深夜の時間帯しかない。そもそも残ったミーアレントの兵はもう俺たちしかいない。捨て身の戦法だ」

「そんな……」

「正直、俺たちも怖い。震えが止まらんぜ。でも、そんなときに坊主が現れた。一緒なんだよ、嬢ちゃんが助けてくれた……あの時と!」


 白い歯を見せ、ジェームズは響里の胸に拳を当てた。三人の兵士も深く頷いている。希望や期待が、響里に預けられている。


「もう一人の救世主さんよ――いけるか!?」


 重圧に胸が締め付けられる。だが、響里も覚悟を決めてこの世界に再び飛び込んだのだ。丸腰ならば不安もあっただろう。だが、今は咲夜が残してくれた安綱がある。

 迷いはない。


「――はい。行きましょう」


 深呼吸をし、決然と響里は言った。



 ◇ ◇ ◇



 マゼライト城に突入するための作戦は、実にシンプルだった。

 城門は一つしかない。塀はざっと見ても三メートル以上はあり、無理やり越えようとしても即座に見張りに見つかってしまう。

 少数ならではの方法として考えたのは、まずジェームズ以外の三人が城外で敢えて身を晒し、発見される。戦闘を開始し、騒ぎを起こすことでマゼライトの兵がそちらへ集中。手薄となったところに響里とジェームズが侵入する――というおとり作戦だった。

 とはいえ、これも響里がいたからこそ。当初はただただ正面きっての突撃をかますつもりだったらしく、プランもへったくれもない無謀そのもの。半ばやけくそ気味だったジェームズたちに、響里が僅かな勝機を与えた結果の作戦変更だった。

 とはいえ、おとりになる仲間たちも命懸けだ。

 精鋭のマゼライト兵を三人で対処しなければならないのだ。響里たちが潜入する時間稼ぎもあるため、城から少しずつ距離を取るような立ち回りを強いられる。重要な役割だ。


「ミーアレントの残兵だ! 相手は三人、取り押さえろ!!」


 守衛が声を張り上げた。夜間の警護にあたっている兵士たちが次々と城内から出ていく。まるでやぶれかぶれの突撃に見せかけた芝居に騙されながらマゼライトの兵は守衛だけを残し、どんどん城から離れていく。石壁の角から様子をうかがっていた響里とジェームズが、その隙を突き守衛を不意打ち。作戦通りに侵入に成功した。

 城内はいやに静かだった。

 兵士はおろか、使用人さえいる気配がない。深夜とはいえ、騒がしくなれば部屋から顔を出す人間が一人ぐらいいるものだ。城の奥へ暗がりの廊下を真っすぐ走りながら、響里は妙な気味悪さを感じていた。


「噂は本当だったみてぇだな」

「え?」

「あの死霊術師が玉座までをも奪った話さ。奴の狙いは国を勝たせるだけじゃない。自分が絶対的な君主に成りあがること――大陸全土を手中に収めることだったのさ。ミーアレントを手土産に反旗を翻し、マゼライト王家を排除。内政に関与していた者さえも一掃したのさ」

「……まさかそこまで……」

「己にかしずくものだけを残し、少しでも疑念を部下がいれば殺す。だからこんなにも静かなんだよ」


 宮井は他人を道具としか見ていない。いや、それ以上にただそこに置いてあるだけの衝立(ついたて)程度にしか感じていないのだろう。自分が用意したのだからどう扱おうが自由だろうという、思慮のかけらもない考えだからだ。

 無人の大広間を素通りし、螺旋階段を駆け上がる。

 第一目標が咲夜の救出ならば地下の牢屋をまず探すのが先決だが、夜襲とならば時間との勝負だ。王に君臨する宮井をどうにかするのが手っ取り早い。

 そう判断した響里とジェームズは、最上階の王の間へと続く短い廊下を駆ける。ここへきてようやく見張りの兵が二人、待ち構えていたのか槍を構え響里たちに襲い掛かる。


「うるぉぉぉああああああああああああ!」


 ジェームズが戦斧を豪快に振るう。旋風が巻き起こりながら、剣を盾代わりにした全身甲冑の男たちを軽々と吹き飛ばす。瞠目する響里に、ジェームズは背中越しに叫ぶ。


「坊主! ここは俺に任せて先に行け!」

「え!?」


 壁に激突し倒れながらも、すぐに兵士たちは起き上がってくる。ぎこちない動きなのは相当な衝撃があった証。それでも戦意を失わないのは腐っても戦士ということか。


「嬢ちゃんを助けてやってくれ! 頼む!」

「…………ッ!」


 二人の兵士がほぼ同時に攻撃をしかける。ジェームズは斧で受け止め、まとめて弾き返した。

 廊下は思っている以上に狭い。ジェームズは巨大な戦斧を廊下の幅を考慮しつつ、上手く扱っている。ここで響里が戦いに加わろうとすれば逆に邪魔になってしまう。


「でも……!」

「へっ! 俺のことを心配してんのか!? なめんなよ、こいつらの相手ぐらい屁でもねぇぜ!!」

「――クソッ!」


 吐き捨てながら、響里は体勢を低くジェームズの脇をすり抜ける。同時、兵士の一人が響里に対し剣を振り下ろすが、ジェームズの戦斧が滑り込む。


「おっと、いけねぇな。俺の力にビビって武器を捨てようとしたのか? いけねぇな、物に八つ当たりは」


 嘲笑するジェームズに、兵士二人が臆したような息遣いが聞こえた。

 敵をかいくぐった響里は振り返らず、そのまま突っ走る。


「頼んだぜ、坊主!」

「はい!!」


 太刀を鞘から抜き、全速力で扉に体当たりした。勢い余って絨毯の上を転がったが、響里はすぐさま立ち上がる。


「やれやれ。こんな夜中に騒がしいと思えば……」


 玉座にもたれている人影があった。

 蝋燭の火が微かに揺れ、やがて窓から差し込む月明かりが少年の顔を映し出す。


「んん? 誰だ、お前?」


 いかにも眠たそうに欠伸をかく少年の名を、響里は唸るように呼ぶ。


「宮井……!」



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