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聖傑  作者: 如月誠
第一章 覚醒の少年編
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第十話 襲来する悪魔

 放課後のチャイムが鳴る。

 二日目の授業もつつがなく終わった響里は、芝原と陽ノ下と共に校門をくぐった。


「あ~、今日も疲れた〜」

「アンタ午後からダウンしてたもんね。体育の後っしょ?」

「そうよ、女子は何だったんだ?」

「バレーボール」

「男子なんか剣道だぜ? もっとライトなスポーツにしてくれよな。素人ばっかだってーのに、ガチの試合させられてよ」

「あー、男子は藤波先生だっけ? 剣道部の顧問だもんね〜、ご愁傷様」


 ぐったりと肩を落とす芝原に、にんまり微笑む陽ノ下。

 二人の後ろを歩く響里も、身体の痛みからぎこちない足取りになる。未経験者ばかりだと、どうしても防具を着けていない箇所に竹刀が飛ぶ。そのため、どの生徒たちも試合後は悶絶していた。


「でもコイツ、先生から褒められてたぜ。見どころあるって。入部まで勧められてたよな」

「へぇ〜、意外。響里君って剣術できるんだ?」

「そんなレベルじゃないよ。ちょっと前に教えられたことがあって」


 響里が少し照れながら頭を掻く。

 授業をこなせたのは、咲夜のおかげだ。本物の武士と手合わせしたという経験。彼女の所作や太刀筋を目に焼き付け、参考にしたからこそ上手くいけたのだ。


(咲夜さん……)


 昨晩の夢がまた思い起こされる。

 胸が、ざわつく。

 あの夢のせいで今日はずっと上の空だった


「でもいいなぁ、バレーボールか。俺もそっちが良かったぜ」

「アンタの場合、種目の問題じゃなくて女子が汗水流す姿が見たいだけでしょ」

「――なぜバレた!?」

「いや、今のアンタ、鼻の下伸ばし過ぎだから」


 陽ノ下が軽蔑の目で芝原を睨む。何かしらの言い訳を考えているのか、あたふたと奇妙な動きをする芝原に陽ノ下が溜息をつく。


「おー、ちゃんと学校の指示を守って集団下校してるなー。偉い偉い」


 背後からかけられた女性の声に、三人は一斉に振り返った。

 クラス担任の有沢深雪だ。モデルさながらのスタイルの良さ、タイトスカートから覗く長い脚はかなり目を引くのか、周囲の視線が釘付けになっている。

 パンプスで小気味よい音を立てながら、機嫌よさげに三人へ近付いてくる。


「深雪っち、どしたん……ゴフッ!」

「――先生も今帰りなんですか?」


 芝原の失言に被せるように、陽ノ下が肘でみぞおちを突く。有沢はその親しみやすさから「深雪っち」と呼ばれているが、それは生徒間のみの話。本気で怒らすと鬼より怖い――というのが全校生徒の共通認識だからだ。

 だが、有沢は弾けたように笑いながら「気にするな」とばかりに手を振る。


「もう放課後でしょ。そうかしこまらなくていいって。ちょっと商店街の方にね」

「商店街?」

「生活指導のための見回りよ。ったく、はよ帰れって言ってんのに寄り道する生徒が結構いてね~。今日は私の番ってこと」

「は~、大変っスね。お疲れ様です」


 御伽町の生活を大きく支えている“御伽夢通り商店街”。

 スーパーやコンビニなどが区をまたぐほど遠いため、多くの主婦がそこに集結する。また距離だけでなく、新鮮な野菜や果物、肉類も安い。地元民の心強い味方だった。


「じゃあ、深雪さん今日遅いの?」


 と、何気なく問う響里。担任教諭に対する口調とは思えない軽々しい口調に、芝原と陽ノ下がビクッと肩を震わした。


「ちょ、おい!」

「きょきょきょ、響里くん!?」


 動揺する二人をよそに、有沢は少し悩む素振りを見せながら言った。


「ん~、そうなりそうねぇ。義矩くん、おばあちゃんに言っといてくれる? 夜ごはん用意してると悪いから」

「いいけど……冷蔵庫にビール無いからって今買わないでよ」

「そうなのよね~。ストック無いのよね~。でも仕事終わって帰りに買ってもぬるいしな~。ぬるいビールほどマズイものはないし……。響里くん、ここは一つ!」

「だからダメですって。持って帰りません」

「いいじゃん、ケチ~」


 響里が呆れていると、芝原と陽ノ下があんぐりと口を開けていることに気が付く。珍妙な生物を見ているかのような反応に首を傾げた。


「あの~……」

「二人は一体……」

「あ、言ってなかったっけ? 私と響里くん、従姉弟なのよ」

「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?」


 あっけらかんと言い放つ有沢。愕然とする二人が響里に詰め寄る。


「マジかよ、お前!」

「あー……。うん、実は……そうなんだ……」

「それならそうと早く言ってよ! びっくりするじゃない!」

「ははは、ゴメンゴメン……」


 どこにそんな興奮する要素があるのかと、響里は困惑してしまう。

 響里自身は知らないが、有沢の学校での人気はかなり高い。隠れファンも多く、非公認のファンクラブすら存在するくらいなのだ。その親戚となれば、喰いつき方も大きくなるというものだろう。


「今、深雪さんの家で世話になってるんだよ。正確には俺たちのおばあちゃんだけど」

「そうそう。だからね、響里くんが学校に馴染めるか心配になるわけよ。でも、すぐに友達ができて私は嬉しいわ。二人とも仲良くしてやってね」


 有沢本人は優しい笑みを浮かべているようだが、どうやら二人には別の意味に映っているらしい。黙って高速で首を縦に振る芝原と陽ノ下だった。

 商店街に向かう道すがら、話題の中心となるのはやはり響里と有沢の関係性だった。

 幼い頃の思い出話から、現在に至るまで。主に芝原と陽ノ下の関心は有沢の私生活の部分で、その点を響里が話そうとすると従姉からの無言の圧力がすぐさま放たれるため、はぐらかすしかなかった。

 通学路でもある河川敷を越えると、商店街に辿り着く。

 夕方ともあって人通りは多かった。アーケードから続く道なりに沿った店舗には、商品を注文する主婦や仕事帰りの会社員などが溢れかえっている。有沢の懸念通り、学生たちの姿もちらほら見えた。


「お~お~、いるね。指導しがいがありそうな明霊高の生徒さんが」


 不敵に笑い、スーツの袖をまくる有沢。


「深雪さん、ほどほどにね……」


 響里はやんわりと窘めながら、やる気満々で突入しようとする有沢の背中を見送ろうとした。獲物を狙う獣――は言い過ぎだが、この狩りを楽しんでいるかのような彼女には不安しかない。

 芝原と陽ノ下とも、ここでお別れだ。

 二人に挨拶をしようと口を開きかけた――その直後。

 背筋に寒気が走った。


(なんだ――!?)


 澄んだ空気が一瞬にして濁りを帯びる。

 肌がひりつく異様な感覚。明瞭な光景が淀み、たちまち暗くなる。


「こ、これって――!」


 霧。

 引っ越し早々に味わった不気味な霧が商店街を包んでいた。発生源は不明。風に乗ってきたわけでもない。まるでチャンネルでも切り替えたかのように、現実の映像が変化したのだ。


「あれ? 急に暗くなったな」

「そうだね。はよ、帰らないと」


 と、隣にいる芝原たちは呑気な口調。異変を異変とも思っていない、そんな口調。

 そして、響里の悪い予感は的中する。

 重苦しい空から、無数の影が出現した。

 人の形……いや、それは最早、異形の怪物。尖った赤い眼と、裂けるように開かれた口。黒く細い身体から生える羽は、まさに神話に登場する悪魔の姿に近かった。


(バケモノ――!?)


 空を埋め尽くす悪魔の群れ。そのうちの一体が急降下を開始した。獲物を定めたのか、買い物帰りの男性に一直線に向かう。滑空しながらその男性の背中に、勢いよく右腕を伸ばした。


「く、は……?」


 悪魔の腕が、音もなく貫通する。

 男性は何事かもわからず、動きを止めた。痙攣し、そして喘ぐ。

 男性の胸を突き抜けた悪魔の右腕は、何かを握っていた。内臓の類かと思われたが、違う。煌々と光る赤い球。悪魔が甲高い声で笑いながら腕を引き抜くと、男性は糸の切れた人形のようにその場に静かに倒れた。


「な――!?」


 その光景に、響里は愕然と呻く。


「なんだ? 今、誰か倒れたよな?」

「ん?」


 響里と違い、芝原と陽ノ下の反応が薄い。商店街の人たちもだ。ざわめきが起こっているが、その対象は男性にのみ。悪魔が起こした行為そのものには、目にも止まっていない。


(まさか、見えていないのか……!?)


 芝原たちの言葉。町民の反応。どうやら響里以外の人間には悪魔の姿は認識できていないようだ。

 男性を襲った悪魔は再び空中へ。他の悪魔たちの軍勢の中に紛れてしまう。当然、それで終わりではない。そこが始まりの合図とばかりに、悪魔の群れが一斉に商店街に降下を始めた。


「や、やめ――!!」


 悲痛の叫びが、響里から飛ぶ。

 男性が道に寝転んでいることへの、少しの動揺。何事かと傍にいる人たちが歩み寄っていく、ゆっくりとした時の流れ。逆行するかのように、凄まじい速度で悪魔の群れが、商店街にいる人たちに襲い掛かる。


 抵抗なんてあるはずがない。


 人々の胸から次々と、悪魔が赤い光を奪い去っていく。空を見上げれば、赤い光が合体し、一つの巨大な光球へと変わっている。まるで禍々しい太陽がすぐ近くにあるかのように。

 呆気に取られる響里。

 その光の正体が何なのか分からない。抜き取られた人々が次々と意識を失うのだ。人間にとって重要なものであるのは明らかだろう。


「ななな……!?」

「ちょ、なに!? どうしちゃったの!?」

「芝原くん、陽ノ下さん、行っちゃだめだ!」


 さすがに異常事態だと察したのか、芝原と陽ノ下が商店街の方に走っていく。襲われた人々も心配だが、二人にも危険が及んでしまう。響里は叫びながら後を追いかけようとした。


「――こっちの世界にまで影響が出始めたのね……。ったく……」


 その声色はぞっとするほど冷たかった。ゆっくり振り返ると、有沢が空を睨みつけていた。


「深雪さん……?」


 有沢を取り巻く空気が静けさを帯びた。穏やかな風が、彼女の方へ流れていく。そっと瞳を閉じて、全身の力が抜けるように深呼吸。両手を緩やかに高く上げた。

 両腕が何本も生えたのかと錯覚するような、ゆったりとした時間の流れ。

 高速で何事かを呟いたかと思うと、彼女の身体から淡い燐光が放出した。体内にある凝縮されたエネルギーが溢れ、爆発的な光を生んだ。

 両腕が素早く印を結び、空高く掲げたその動作に呼応し、光が射出される。無数の槍と化した光は、上空を飛ぶ悪魔たちに直撃。断末魔を上げながら一瞬で消滅していく。


「な……」


 百体以上はいた悪魔は全て消え去った。発生源となった淀んだ霧さえも無くなり、空は元の明るさを取り戻した――かと思えた。

 しかし、商店街にいた人々から抜け出た光の塊はまだ空高く浮遊したままだ。まるで太陽のような輝きを放つそれは、意思でもあるかのようにさらなる上空へと飛び、彼方へと消え去ってしまった。


「チッ、間に合わなかったか……」


 忌々しげに舌打ちしながら、有沢は大きな溜息を吐いた。


「深雪さん……?」


 響里は慣れ親しんだ従姉の名を呼ぶ。だが、そこにいるのは別人のように響里の瞳には映っていた。


「今、何を……」


 有沢は黙ったまま、響里を見つめ返した。ひどく憂いを帯びた表情で。


「いや、っていうか……。深雪さんも見えてたんだよね? あの怪物たちが……」

「……ええ。やっぱり、君もそうなのね」


 突如現れた異形の悪魔と、それを滅した有沢の不思議な力。理解が追いつかない。


「何をしたの、アイツらは……?」

「商店街の人たちは無事よ。命を取られたわけじゃない。しばらくは目を覚まさないでしょうけどね」


 踵を返し、どこかへ行こうとする有沢。


「深雪さ――!」


 響里は彼女を呼び止めようとした。知りたいことは山ほどあるのだ。しかし、それよりも早く有沢は一度足を止め、振り返りもせず淡々と言った。


「ついてらっしゃい。……あぁ、その前に救急車を呼んでからね」







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