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聖傑  作者: 如月誠
第一章 覚醒の少年編
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第九話 魂の鼓動

 もう、何日目……だろうか。

 咲夜は朦朧とした意識の中、そんなことを思った。


 マゼライト城、地下室。

 この場所は罪人を閉じ込めておく部屋であり、牢獄ともまた違う。室内の至るところには、拷問器具が置かれてあった。清潔さなど当然ながら微塵もなく、血や汗、異臭が常に漂う。過去に行われたその凄惨な()()を想像するだけで精神が狂ってしまいそうな空間。

 咲夜は壁に磔にされていた。手と足には鉄の錠が付けられ、身動きは一切取れない。無理やりもがいたせいで手首や足首には血がしたたり落ちている。


 戦争はミーアレントの完全敗北だった。


 マゼライトの圧倒的な戦力の前に為す術もなかった。咲夜の善戦も虚しく、ミーアレントの兵は全滅。ジェームズたち主力との分断もあったが、彼らの帰還が間に合ったとしても戦況をひっくり返せたかどうか。それでも結果としては変わらなかっただろう。

 ミーアレントの領土は剥奪。ミーアレント王もこの城のどこかに捕縛されている。公開処刑――その執行日まで。

 咲夜は、最後まで戦場でもがき続けた。

 だが結局、その一太刀は、あの男に届かなかった。

 疲弊した隙を突かれ、マゼライト軍に捕まって今この場所に閉じ込められている。

 最初こそ脱出するためにはどうすればいいか策を練っていたが、方法は見つからなかった。相棒である刀もなく、自力で抜け出すことは敵わない。助けを待つだけの気力もない。現実的に援軍が来るなんて希望も皆無。絶望という感情だけが心の中に残されていた。


 木鳴りの音がした。


 拷問室の扉が開き、誰かが入ってきたようだった。背の低い男。というよりも少年と呼ぶべきだろう、ローブを羽織った人影は咲夜の項垂れた顔を覗き込むようにして、嗤った。


「うんうん、まだ生きてるね。よかったよ」

「み……やい……」


 今にも閉じそうな瞳を宮井の方に向け、咲夜は掠れた声を絞り出す。


「だめだよ、死んじゃ。僕には君が必要なんだからさ」


 宮井の指が、咲夜の顎を持ち上げる。


「とはいえ、元気なうちは僕の中には吸収できない。徹底的に弱らせてからでないと君の意志が邪魔をするからねぇ。咲夜、君の力だけが欲しいんだから、体内で暴れられると邪魔なんだ。ほら、どんな世界にもルールがあるだろう。“絶対服従”のルールさ。その関係を構築するにはソイツの何もかもを壊す必要があるのさ」


 そう、咲夜は生かされていた。

 毎日のように受けた拷問。あらゆる方法で痛めつけたのは全て咲夜を死ぬ直前まで追い詰めること。肉体を壊し、精神を崩壊させる。限界はすぐそこまできていた。


「でも食事ぐらいは取らないと。ほら、全然手を付けてないじゃん」


 咲夜の足元には、質素な食べ物の乗った皿があった。錠を外し、食事の時間を設けられてはいたが、咲夜は口に付けることは一切なかった。


「誰があなたの施しなど……」

「ははっ、まだそんな気力があるんだ」


 宮井の指が、咲夜の喉から鎖骨、胸元に滑り落ちていく。はだけた着物の隙間に潜り指を突き立てる。


「――ッ!?」

「ヒヒッ。それじゃ、今の具合はどうかな?」


 触れた部分が、光を放った。宮井が不気味な笑い声を上げた直後、指が、粘り気を帯びた水分のようにヌチャヌチャと音を立てて咲夜の胸に沈む。


「か、は……!」


 ずるずると滑らかに、一切の抵抗もなく指は深く刺さり、遂には手首にまで到達。その段階で咲夜は絶叫した。


「あ、あああぁぁぁああああぁああぁああああ!」


 ぐちゃぐちゃと内臓を撹拌されていくような感覚。物理的に抉られているわけではない。襲い来る激痛に、気絶しかける。

 咲夜の全身までもが光を帯び、宮井へと流れ込んでいる。

 光が現しているのは生命の根幹に位置しているもの――魂だ。

 源咲夜という存在自体が消滅するかのように、彼女を構成するエネルギーが接触を通して抜き取られている。


「ふ~ん、もうちょっとだね」


 ずるり、と腕が咲夜の胸から引き抜かれる。

 味見でもするかのように指を舐めながら、宮井はより笑みを濃くする。


「な、何を……」

「何って、決まってるだろ? 僕と君が結合するために確かめさせてもらったのさ。源咲夜。君は僕のものになるために存在するんだから」

「結合……」

「はっ、いやらしい想像でもしたかい? 残念。僕はそういうの興味ないんだ。文字通りの意味。言ったよね、僕は君の力を得ることで完璧になるって」

「あなたは今までもそうやって、人の力を……?」

「違うよ」


 即座の否定。


「これは君だけの特別さ。雑魚なんかの力を吸い取ってどうするの。逆に弱くなっちゃうじゃないか。そんなの神様は望んじゃいない」

「神様……?」


 自己中心的な宮井には似つかわしくない発言。眉根を寄せながらも、咲夜は思わず笑みをこぼす。


「信心深い……とは驚きですね」

「神様ってさ、僕はいないと思ってたんだよ。だってそうだろ? 周りの連中はどいつもこいつも価値のないバカだっていうのに、イイ思いばかりしている。それに比べ、僕は天才なのになんの恩恵もない。不公平だと思わないかい?」


 何の話を……、と咲夜はこぼす。対して、宮井は熱が入ったかのように続ける。


「そうだ。全部周りのバカがいけないんだ。テストの成績だって簡単に僕の上をいきやがって。きっと細工でもしてたんだよ。カンニングだ。いや、違う。僕以外の連中が結託して問題用紙を事前に入手してたんだ、きっと。そうに決まってる!」


 恨み節が加速していく。どんな力を手に入れようとも、やはり子ども。いやそれ以上に、精神的な幼さが露見する。


「パパもママもだ。こんなに苦しんでいる僕に何もしてくれない。そうだ、僕は何も悪くない……! アイツ等が、アイツ等が全部……!」


 宮井は拷問室をぐるぐる回りながら、地団駄を踏む。だが、突然冷静になったのか、動きが止まる。

 数秒の沈黙。

 そして、打ち震えるように、また語り出す。


「そんなときだ。僕の前に神様が現れたんだ。あの人は全てを受け入れてくれた。僕を認めてくれた。だから、この世界をくれたんだ。最高のおもちゃさ。なんたって、思い通りになる。不快なものは始めから除外しているんだから。最高だよ!!」

「…………」

「そうだ。現実はこっちだ。あんな世界は偽物だ! 主人公は僕なんだから。他はモブ。ひれ伏せ! かしずけ! 僕の言うことだけ聞いていればいい!!」

「愚……かな……」

「そこにあって君は特注製さ。この世界にとって異端。エリートである僕のお眼鏡にかなったんだから。伝説の剣豪――源咲夜」


 興奮を抑えながら、宮井は細い瞳を咲夜に向けた。


「デフォルトスキル、死霊術。加えて魔術。そして、最後の仕上げに君の剣技。それで完遂だ。この世界を支配する為の力が揃う」


 自己陶酔に浸る宮井が、表情を消した。磔にされた咲夜が薄ら笑みを浮かべていたからだ。


「なにが可笑しい……?」

「あなたの底が知れたからですよ」


 嘲笑。その対象は当然、宮井。それと自分にもだ。こんな人間に苦戦していたかと思うと、急激に馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。


「話を聞いていれば全部人頼み。所詮、借り物じゃないですか。宮井公平という人間が強くなったわけじゃない」

「ああ……?」

「何一つ努力もせずに得た力のどこに価値があるというのですか? あなたは自分を選ばれた人間と思っているようですが、他人から頂戴しただけの力に酔う無個性なあなたに私は負けるはずはない」


 バチンと、宮井が咲夜の頬を叩く。


「この状況で!? 虫の息のお前に、僕が負ける? 理解力のないやつは嫌だね! 抵抗する力も残ってないくせに、どうするのさ。バカな君が天才の僕に教えてくれるっていうのか!?」

「ええ、簡単な話ですよ」


 顔を引きつらせながら笑みを作る、宮井。

 対して切れた唇から血を滴らせながら、ほくそ笑んで見下ろす咲夜。


「己の価値とは、小さいことの積み重ねが形作る。経験、量、質、継続。それが自分というものを成長させる。それが無いあなたは空っぽだというのですよ。与えられたものだけで人に勝ろうだなどと、それは――」


 決定的な一言を、告げる。


「存在証明にしては弱すぎる」


 確信を突く一撃。宮井の未熟さを痛烈に非難した言葉が、鋭利な刃となって突き刺さる。

 宮井は当然ながら憤然。腕を振りかぶり、また乱暴に咲夜の胸に突っ込む。


「お前は僕が作ったんだぞ! 拒むなんてあっちゃいけないんだよ! 用意された人形のくせに!」

「う、うぐあぁぁああああああ!」

「そんな目で僕を見るな! 憐れむな! 蔑むな! 嘲るなぁ!」 


 癇癪を起しながら、宮井は唇の端を歪めた。追い詰められた獣のような、狂暴な笑み。


「――しょうがない。まだ早いけど、いいよね。僕に生意気な目を向ける君が悪いんだから」

「ああああああああああああああ!」

「中途半端に壊れちゃうけど、もう知らない。消えちゃえよ!!」


 意識が白濁する。

 力も、技術も、純潔さえも。何もかもが奪われていく。

 脳裏によみがえる記憶。戦いばかりの人生。父、兄、そしてこの異界で出会った人たち。

 そして、(よぎ)る一人の少年。

 彼は弱かった。肉体も精神も。

 だけど放っておけない、不思議な少年。出身が同じ、似た境遇というのもあるだろう。

 だが、芯の強さがある。もっと一緒にいて成長を見届けたかった。それが唯一の心残り。

 穏やかな笑みを、咲夜は浮かべていた。そう、彼のことを考えると心が温かくなるのだ。

 自分が消え、能力を宮井に吸収されたとしても、最後の心だけは渡しはしない。だから笑えるのだ。

 どうしてだろう。

 ほんの僅かな時間だったというのに、彼を、こんなにも想い焦がれるのは。きっと、理屈ではないのだろう。

 そう、これは。


 ――魂が告げている。


 ――彼と繋がれと。繋がりたい、と。


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