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聖傑  作者: 如月誠
第一章 覚醒の少年編
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第八話 学校生活の始まり

 翌日。

 引っ越して早々、色々あり過ぎたせいだろう。やはり疲れていたのか、気絶したように熟睡してしまった響里は、慌てて登校するハメになってしまった。

 私立明霊山(めいりょうざん)高校。

 御伽町に住む多くの人間が通う、地元の共学校だ。その歴史は古く、校舎も時代を感じさせるような木造部分も多く残っており、設備はお世辞にも良いとはいえない。地域特有のありふれた学校といえる。

 昔でこそ地元民の大半はここの卒業生なのだが、昨今では進学校に行くため都会に移り住む若者が増加。年々入学者の減少は顕著に表れていた。

 転校早々、どうにか遅刻せずに済んだ響里は、窓辺の席でぐったりと突っ伏していた。

 二年三組。一応、転校生ではあるが、進級に基づく編入のためよくあるクラスメイト全員の前での転校生紹介はなし。その点は、目立つことが苦手な響里にとってラッキーだった。


「二年生になったっつっても、あまり面子に変化ないよな」


 響里の前にいる男子生徒が、つまらなそうに振り返りながら言った。

 茶髪にヘヤバンド、学ランを着崩した彼は新学期早々気怠そうに欠伸をかましている。


「お前ともまた一緒だしなー、陽ノ下」


 喋りかけた相手は響里の横にいる女子に向けてだ。陽ノ下と呼ばれたショートボブの少女は頬杖を突きながら、虚空を見るような眼差しで言った。


「クラス替えなんか、あるようでないようなもんっしょ。それよか、担任が誰になるのかで今年一年決まる感じじゃない?」

「だなー。小野田とか長澄とか最悪。……ってか、お前に貸したゲーム、どこまで進んだ?」

「あー……アレ? もういいよ、なんか飽きちゃった」


 そう言いながら、カバンからゲームソフトを取り出した陽ノ下が男子生徒に手渡す。ゲーム好きな響里はバレないよう、こそっとチラ見。それは、響里もプレイしたことのある大作ロールプレイングゲームだった。


「なんだよ、面白くなかったんか?」

「だって芝原の趣味全開じゃん。モンスターを銃でバンバン倒すのはなんかつまんないのよ。やっぱロマンは近接戦闘っしょ」

「色気ねーなー……。ま、お前には銃撃の良さは分からんか」


 響里が彼らの会話につい耳をそばだてていると、ふと芝原という男子生徒と目が合ってしまった。


「……ん? そういやお前見ない顔だな」

「あ、ああ。いや、その……」

「え、なに? 私も初めて見るなーって思ってたけど、顔の広い芝原でも知らないの?」


 好奇な視線を注がれ、焦る響里。愛想よく挨拶しようとしたが、緊張でぎこちない笑顔になってしまう。


「実はこの春から転校してきたんだ。響里義矩っていいます」

「へー、そうなんだ。珍しいね、大体この町から出ていく人間が多いのに……逆輸入か」

「ドコ産の車だっつーの。変な例えしてんじゃねーっての」

「いいじゃん、希少価値で。私は陽ノ下澪。で、こっちは芝原智樹。これからよろしくね」

「あ、うん。よろしくお願いします……」

「固ぇよ。なんで敬語?」


 芝原に苦笑を浮かべられ、乾いた笑いで返す響里。初日早々、距離の詰め方が早い二人に委縮していると、チャイムが鳴った。ホームルームの時間だ。


「あん? 今日、月村は? 新学期早々遅刻か?」


 芝原が隣の空席を見ながら言った。


「バッカ。アンタじゃあるまいし、綾音がそんな不真面目なことするはずないっしょ。欠席よ、欠席」

「あのな。俺はこれでも小学校から無遅刻無欠席の皆勤賞を貫いてんだよ。……って休み? どしたん?」

「なーんか、二、三日前から体調悪いみたい。電話すると出てくれんだけどね。でも、声に覇気はなくて」


 陽ノ下は声色を落として重い息を吐く。

 教室の扉が開き、クラスのざわめきが一瞬で沈黙。入ってきたのは白のスーツを身に纏う美女だった。藍色の髪をなびかせ、すらっと伸びた足で軽快に教卓の前に立つ。


「はーい、静かにー。それじゃ始めるわよー。あ、今日からこのクラスの担任を務める、有沢よ。よろしく~」


 クラス中が歓喜に湧いた。色めき立っているのは男子生徒だが、女子もあちこちでハイタッチしている。

 まるで当たりくじを引いたかのような反応で、三十人ほどいる生徒が喜びを分かち合っている。

 ……ただ、一人を除いて。


「おぉ、今年は深雪っちか。ラッキー」

「私らの代の担任連中の中で唯一の癒しだもんね~。……ん? どしたの、響里くん?」


 事前に知らされていなかった響里は、唖然として教卓にいる従姉を凝視する。自分が通うことになる学校の教師だというところまでしか聞かされていなかったので、驚く以外なにもない。


(分かってたくせに、わざと黙ってたな……)


 響里が不満そうな視線を送っていると、心の声を読んでいたかのように有沢はウィンクで返してきた。そして手を叩き、教師らしい真面目な顔つきになる。


「はーい。それじゃホームルーム始めるわね。まずは大事な伝達事項から。え~と……」


 仕事モードに入る悪戯好きな従姉に溜息を吐きつつ、響里の転校初日はスタートした。



 ◇ ◇ ◇



「平和な田舎町も物騒になったもんだな〜。近頃行方不明者が増えてるから集団下校しろー、なんてさ」


 夕日が赤く照らす河川敷。

 響里は、芝原と陽ノ下の二人と一緒に帰り道をのんびりと歩いていた。

 透明度の高い水面は太陽が反射し、歩道にいても眩さを感じる。絶好のスポットなのか、釣り糸を垂らしている老人がいた。

 静かなものだ。電車の規則的な走行音だけが、遠くの方でかすかに聞こえてくるだけだった。


「地元のニュースでもその話題で持ちきりだもんね~。犯罪者がこの町にいるなんて想像したくないけどさ。いつでもどこでも警戒はしないと」


 なにやら陽ノ下が戦闘態勢を取りながら周囲を確認している。


「やめろ、恥ずかしい!」


 頭を抱える芝原に、響里はたまらず吹き出した。


「でも良かったぜ。お前らと帰る方向が一緒でよ」


 響里が引っ越してきた日。町中の掲示板にはいくつもの行方不明者の張り紙があった。響里自身、詳細はあまり知らなかったが、どれも直近の出来事らしい。

 消息を絶った人たちの年齢層は幅広いようだが、学校側としても軽視は出来ない。家族に迎えに来てもらうか、集団での下校をホームルームで呼びかけたのだった。

 ちなみに芝原と陽ノ下、この二人は帰宅部。響里も当面部活動に励む気は無かった。


「ま、変な奴が襲ってきても大丈夫っしょ。なんたって、陽ノ下がいるからな」

「おう。まっかせなさーい」


 陽ノ下が腰に手を当て、胸を張る。響里は目を丸くしながら、自分より背の低い少女を見る。


「え? 陽ノ下さん、何かやってるの?」

「格闘技を少々ね〜」

「すご! ジャンルは? 空手? ボクシング? テコンドーとか?」


 時期的に今は春。なのでセーラー服は長袖だが、スカートから覗く脚は確かに引き締まっている。日頃相当な走り込みをしているのか、筋力トレーニングの賜物だろう。


「えーと、それはですね……」


 興味津々に響里が訊くと、途端に目を泳がせる陽ノ下。「あ~」とか「う〜」と変な呻きを上げながら、ボソッと答えた。


「ミ、ミックス?」

「…………?」


 習っている本人がなぜか自信なさげな回答。


「あー、ほら、なんでもありっていうやつ? バーリトゥードっていうやつ?」

「へぇ〜」

「嘘つけ。お前んとこのは出自も発祥も謎、おまけに変なおっさんがやるオリジナル武術だろ」

「師匠をバカにしないでよね! おかげで痴漢を撃退したことあるんだから!」

「最初聞いたときは胡散臭さ全開だったけどな」


 陽ノ下は証拠とばかりに「たぁ!」「やぁ!」と、掛け声を発しながら蹴りを数回、空中に放つ。

 これがどうして様になっていて、当たれば相手は間違いなく悶絶ものだろう。


「っていうかさ、私の話なんてどうでもいいじゃん。せっかく転校生くんと知り合えたんだからさ、そっちの話を聞こうよ」


 ひとしきり汗を流したことで満足したのか、陽ノ下が二人とはだいぶ離れた場所から振り返る。


「え? 俺?」

「そうそう。引っ越してきた理由、まだ聞いてなかったよね」

「親の出張だよ。海外に行くことになってね。さすがにあっちの学校に通うのはハードルが高いってことで、今は母さんの実家にお世話になってるんだ」

「おー、響里くんのご両親はハイスペックだ」

「んじゃ、前はどこに住んでたんだ?」


 響里の隣を歩きながら芝原が静かに訊ねた。


「東京」

「都会っ子じゃん! なになに? もしかして響里くんってエリート?」

「……なんでそうなるんだよ」


 呆れた調子で芝原が言った。


「生まれが東京ってだけだよ。別に頭がいいわけでもないし」

「なーんだ。そうなのかぁ」

「あはは、ごめん」


 困ったように笑みを浮かべる響里に、陽ノ下はつまらなさそうに唇を尖らせる。別に謝らなくてもいい話だが、妙な期待をさせてしまったことになぜだが申し訳ない気持ちになる響里だった。


「でも羨ましいじゃん。東京だよ? いっぱいのビルがドーンで、夜なんか街はキラキラ~なんでしょ。テレビの中の世界って認識だもん」

「まぁ都心はそうなんだろうね。俺は少し外れた場所に住んでたから、煌びやかなイメージは陽ノ下さんと一緒だよ。家だって一般的な大きさだしね」

「ふ~ん。でも憧れちゃうな。時代の最先端が行きかう街、東京! 未来にどんどん進んでいく社会、そこに生きるはハイパークリエイター集団!」

「完全にバラエティー番組のナレーションをそのままパクッてるだろ、お前……」


 都会に夢を見ているような陽ノ下に、顔を引きつらせる芝原。

 確かに想像上の世界でしかない都会にいいイメージを持つ人間も多いだろう。ましてどこまでも距離の離れた、この御伽町に生まれながら住んでいるとなれば。


「……そんないいもんじゃないよ」


 消え入りそうな声で、響里は言った。

 ふと悲しげな笑みを見せた響里に、芝原と陽ノ下が互いに顔を見合わせた。


「……どしたん?」

「おい、響里?」


 立ち止まって頭を垂れる響里を、心配そうにのぞき込む二人。

 そう。都会は何かしらに突出した者たちの集合地。響里の通っていた中学校は決してランクが高い学校ではない。だが、それでも差は感じていた。頭がいいだけではない、運動神経が高いだけではない――そういった表面的な部分なら、自分は凡人と片付けられただろう。

 劣等感。

 日常の些細な変化を感じ取る能力、いわゆるアンテナが違うのだ。

 流行の発信元。エンタメ、ファッション、IT。そこに紐づくのは将来の理想像。そこから逆算して、今自分が取るべき努力は何か。とても同い年とは思えないような達観した考えを持つ人間ばかりだった。

 ――だから。

 何も抱かず、ただ生きていた響里は置いてけぼりを食らった。


「おい、マジで大丈夫か? 気分でも悪くなったのか?」

「――え? あぁ、大丈夫。何でもないよ」


 過去を思い出し、深い思考の渦に沈んでいた響里は芝原の声で現実に引き戻された。気を遣わせまいと笑みを作ってかぶりを振る。


「なら、いいけどよ。家まで無理すんなよ?」

「うん。ありがとう」


 河川敷を越えると、商店街へと入る。その手前、二人とは家が別方向らしく、そこで今日は分かれることになった。登校初日はこうして慌ただしくもあっという間に過ぎていった。


 その夜。


 荷解きを少しだけ進めつつ、布団に入った響里は夢を見ていた。

 そこは判然としない深淵だった。どこまでも暗く、闇が全てを支配している空間。

 そこに、一人の少女が一糸まとわぬ姿で宙に浮いていた。

 響里にとって見覚えのある少女。長い黒髪の彼女は身動きが取れないようだった。それもそのはず、細い手足が光輝く鎖に縛られ、肌に食い込んでいる。吊り下げられた格好で苦悶に喘ぐ。


 ――助けて。


 言葉にならない声で、唇が小さく動く。


 ――助けて。私を解放して。


 今度ははっきりと聞こえた。

 手を伸ばそうとしたが、身体は動いてはくれなかった。否、自分の肉体はそこになく、意識だけがそこに滞在しているだけのようだった。

 鎖はさらに少女を蝕んでいく。痛みに呻くが、もがくことも許されない。まさしく拷問だった。

 助けたい。救いたい。だが、どうすることもできない。目に見えない何かに阻まれて干渉すらできない。

 闇が、一層深くなった。

 少女を徐々に飲み込んでいきながら、響里の視界から消そうとしている。痛みに歪める顔だけになり――そして、消えた。


「咲夜さん!!」


 布団から飛び起きながら響里が叫ぶ。真っ暗な部屋。荒い呼吸を繰り返しながら、ようやくそこが自室だと理解する。


「夢だった……のか……」


 携帯で時間を確かめてみると、真夜中の三時を過ぎていた。じっとりとした汗がシャツに張り付き、気持ち悪さを寄越す。着替えのために下の階に降りようと立ち上がった響里は、ドアノブに手をかけたところで動きを止めた。


「咲夜さん……」


 夢に出て来た少女は、間違いなく咲夜だった。

 これは予知夢というやつだろうか。彼女の身に危険が及んでいるとか。ありえる話だ。響里があの世界で死ぬ直前の状況を考えれば。

 確かめたい。

 だが、どうすることも出来ない。


「くそ……!」


 言葉を吐き捨てながら、響里はドアを叩く。


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