第一話 あたしヴォレイシア
登場人物
あたし――ヴォレイシア。受付嬢。
おとん――元勇者。
ディーン――初代受付嬢。
あたしヴォレイシア。勇者の子。おとん? 年を食って、力も衰えてきて、スライムさえも握りつぶせなくなって、ついには転んで、骨を折ってもう冒険はできない。
村から国営の移動用のエーレテに乗ると、4時間くらいで都会に出る。そこの病院に、いまおとんは入院してるんだ。
いま、十五になったあたしの前には、でっかくて真っ白な原稿用紙が広がっていて、そこに、ヴォレイシア物語という題名であたしはお話を書いている。
いまから記すのはその「ヴォレイシア」のほんの一部、ね。
だってえ、全部並べると本編6億字、番外編や序章、エピローグだけで3000万字は書きたいっていう、大長編だからね。
でも、実はこれ夢のまた夢って感じでもないんだよね。
いま、あたしの脳がパンクして、空気が抜けた。
……まあ実際はそんなことは起こらないのだけれど、だんだんしぼんでいくこのあたしの頭の中には、風船の中身のようにぱんぱんに詰まったアイデアたちが、「早く、俺を書いてくれえ」ってわめきたてているんだ。
*
ヴァテリーア・ストリートを颯爽と歩く。履きなれていないハイヒールを使って移動するときに負うダメージはもう靴ずれのそれとは比にならないのだ。
馬車に乗っておとんの見舞いに行く。本当は行くのでさえ億劫だし、4時間という長い時間を考えると、毎月に一度の見舞いは、町のホテルで一泊することによってお金がかさむのだ。
おとんが、「やあ、よく来たな」という。真っ白いベッドの近くの、パイプ椅子に腰かけて、あたしはいつも受付嬢の話をする。
受付嬢の話——なぜこんな話ができるのか? それは半年前、まだあたしが十四歳だった時にさかのぼる。
おとんが勇者時代、よく通っていたギルドがあった。もう久しく舗装されていないギルドで、いまだに木造である。入口のコンクリートは、夏場ははだしで歩くと熱いったらないし、コンクリートだけなら未だしも、木との間には数十メートルの鉄でできた道があるのだ。
子供の時、あたしは、公園で鉄でできた滑り台を滑って、お尻に大やけどを負った。
今、もうその公園はなくなった。跡地にはビルができていて、夏、日差しを受けると、社内はあたしのやけどとは比にならないくらいの温度で、むせるったらありゃしないのである。
さて、そのギルド――ヴェルソド・ヨン・ファズドラは、そのころ、ちょうどおとんがこけて、勇者が四人にへった。受付のおばちゃんだったディーンも、年をくって、餅を喉に詰まらせた。
死には至りはしなかったけれど、そのショックでディーンは受付嬢の座から退いたのだ。
「受付嬢のいないギルドは繁栄しない」——スピリチュアルの世界で、一番よく知られている迷信である。
おとんは、かつて異世界一の勇者だった。スピリチュアルに絶対の信仰を捧げていたおとんは、そんpショックで一時期、病状がひどくなったともいわれている。
絶対の勇者候補は、このことを聞きつけると、「じゃああたしが受付嬢になるよ」といった。
「そうか。でもお前は勇者になるんじゃねえのか?」現役勇者のジーンがいった。
「うん。二刀流を目指すんだ」あたしは、そう答えた。
まあ、結果的にその言葉は、たぶんウソになる。けれど、ジーンも引退をしたら勇者二人だけのギルドだ。
ぼろい建造物のせいもあって、絶対に営業停止、取り壊しになるだろう。
「あたしが――」あたしはそれ以上言葉が出なかった。
いま、あたしにいえることは、「あたしが受付嬢勇者になる」だけだった。
胃から何かがせりあがってきた。すっぱくて辛い。
後に残る苦みに悶えながら、あたしは、あたしが受付嬢勇者になる、といった。