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第八話 捧げよう

 生存を望む。

 朝日を見たい。美味しい料理を食べたい。家族や友人と会いたい。趣味を続けたい。務めを果たしたい。いつも通りの日常を送りたい。愛が欲しい。金が欲しい。ぬくもりが欲しい。大切にされたい。

 何でもいい。何かを求めて人は生存を望む。

 僕の場合は、ただ、生存のための生存を望んでいた。

 人を害したいのではない。人を抑圧したいのでもない。上等な食材や美しい女を独占したいとか、他者を意のままに操る優越感が欲しいとか、そんな望みは抱いていない。ただ、ただ、生きることを許してさえもらえればそれで良かった。


「父上、母上、見てください!」


「おお、いい出来だ。お前には素晴らしい────の才能がある」


「本当ね。あなたならきっと────になれるわ」


 幼き日の思い出。優しかった父と母。

 僕は何を見せたのだったか。何を作り、何を愛し、何を両親へ贈ったのだったか。あまりにも遠い記憶でとっくに忘れてしまった。

 きっかけは父の死だった。予言に伝わる魔王が復活してこれから国が団結して戦おうという時に、前触れもなく父は死んだ。まだ十代の子供であった僕は嘆き悲しみ、遺体の眠る棺に縋りついた。急に訪れた愛する肉親の喪失に気構えなどできているはずも無かった。母がそっと頭を撫でてくれたのを覚えている。


「心配するな。俺が何とかする」


「大丈夫。お姉ちゃんがみんなを守るから」


「魔王さえ倒せれば王国は預言から解放される」「お前は自由に生きろ」「ほら、────だよ」「こんなことは長くは続かないさ」「大丈夫」「必ずどうにかする」「お眠りなさい」「眠れ」「さあ、眠るといい」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」「さあ」


「さあ、王におなりください。ギルベルト様」


 初めに、一番上の兄が死んだ。勇猛さを示すために馬を駆って友人たちと外出していた帰りの出来事だった。

 次いで、一番上の姉が死んだ。団結を呼びかけるために集まった親戚との茶会で食あたりを起こした。

 さらに、二番目の兄も死んだ。疑心のために引きこもった末に誰にも知られず息を引き取っていた。

 死んだ。死んだ。死んだ。兄も姉も次々と死んでいき、最後に残ったのは政務も軍事も知らない、未熟な末っ子の僕だった。家の使用人たちが恭しく平伏したのは、長兄のような武勇も長姉のような華やかさも次兄のような賢さも持っていない僕だった。

 どうしてなのだろう。どうして僕は冷たい玉座に座っているのだろう。だって数日前まで、自由に、何ものにも縛られず、ただ、ただ。

 ただ、何をやっていたんだっけ。


「ご無事ですか、ギルベルト様」


「ジギスムント卿、血が、血が出ております……」


「だからなんだ。まずは守衛を呼べ、王城に不届き者がいるのだ」


 犯人は顔も知らない平民だった。僕を暗殺しようとした男とそいつに協力した城の庭師、武器を提供した鍛冶屋と、そして彼らの家族は全員処断された。これで事件解決。一件落着と安心したかったけれど、翌日、毒見役が泡を吹いて死んだ。その日は厨房担当の手違いで、普段僕が使っている食器と毒見役の食器を間違えたのが原因だった。最初は料理人が疑われて家族もろとも処断されたが、犯人は食事を運んでいた給仕だった。


「愛しの甥を危険に晒すとは許せん。下手人は私が直接手を出してくれよう!」


「タイヒラント候、どうか落ち着かれよ。今は魔王の問題もありますゆえ……」


「こんな時に魔王ですって。あなたは息子のことを何とも思ってないのかしら?」


「王妃陛下、そのようなことは微塵も……」


 扉の隙間から、叔父様と母、それに暗殺から守ってくれた貴族の男が延々と口論していたのを覚えている。その当時、不在となっていた王の埋め合わせとして叔父様が政務を代行してくれていた。たまに廊下ですれ違うと、彼は僕の気持ちを細かく詮索をしたりせず、黙って頷いてくれた。

 大丈夫。必ずどうにかする。こんなことは長く続かない。

 それはやけに月の光が眩しく感じる夜だった。目を瞑りながら死んでいった兄姉のことを思い出していると、誰かが寝室に入って来た。衣擦れから女性であると分かったが、僕は恐ろしくて目を開くことが出来なかった。


「……愛しのギルベルト。我が息子。なんて穏やかな寝顔なんでしょう」


 それは母の声だった。

 彼女の声は伝説に名高い森の乙女のように麗らかで、僕は優しい声色にそっと包まれるような感覚すら覚えた。

 ああ、まだ僕には母が残されていた。たとい父や兄姉がいなくなってしまっても、この人だけは僕を見守ってくれているのだ。そのように思い、胸に暖かい感情が湧いて出た。


「みんな死んでしまった。もう、残されたのはあなただけなのね────」


 彼女が私の頬を撫でる。指先で産毛を刺激され、くすぐったさに顔を背けそうになった。白くて細長い綺麗な指。それは頬から耳元へとゆっくり移動し、やがて首筋を這うように動いた。

 ────────────────────だからあなたも死になさい。

 音も、痛みも無かった。息が上手く吸えなくなって、必死に呼吸しようとしたけれど、やっぱり空気は入っていかなかった。


「王と子供たちを殺してあたしは()()を手に入れるの。それが約束なのよ」


 理解できなかった。理解してしまった。いつも家族に優しい眼差しを向けていた母は、どうしてか分からないけど家族を手に掛けたのだ。父も、兄も、姉も、みんな母が殺した。

 永遠とは何だろう。お金だろうか。得難い宝だろうか。眩い名声だろうか。

 ────────────いや、違う。僕らを殺して手に入れられるのは、そんなものじゃない。古くから受け継がれ未来へ続いていく唯一絶対の概念。王位だ。

 死にたくないと思った。別に生きていて楽しいことなんて特に無くなってしまったけど、咄嗟に、理由も無く生きたいと思った。だから僕は枕元に隠していた短剣を、涙を流しながら息子の首を絞める母の胸元に突き刺した。ごぽりと口元から垂れた血が僕を汚していく。彼女は最期に、母親のように微笑みながら、けれど決して手元を緩めないまま死んだ。今にして思えば、これが最後に感じた肉親のぬくもりだ。

 結局、母は永遠を手にできなかった。

 その時になって、僕は王になれば永遠を手に入れられるのだと学んだ。永遠になれば死ぬことは無いのだと思った。死ぬことが無ければ、ああ、こんなに安心できることはない。

 だから僕は、いや、私は王になると決めたのだ。


「大変だったな。今は余計なことを考えるな。私に全て任せよ」


 駆け付けてくれた叔父上は、母の遺体を秘密裏に処理するよう部下に命じて、疲弊した様子で私にそう言った。この大変な時代に、王妃が王を殺したなどという醜聞は貴族諸家に知られるわけにはいかないと叔父上は嘆いていた。

 だが、数日後に母の寝室から幾枚かの不義密通を綴った便りが見つかり、読んでみれば長年に渡り関係が続いていたことを示唆する内容で、その相手は叔父上であった。最後のやり取りは共謀して玉座を奪おうと語るもので、王家に対する叛意は明らかだった。

 全て任せよというのは、どこまでを含めていたのだろう。母の遺体を処理するまで。それに付随する騒動にケリをつけるまで。政務の代行まで。それとも、王位そのものまでもだろうか。

 彼もまた私から永遠を奪おうとしていると思った。信じていたのに、頼りにしていたのに、尊敬していたのに、あなたまでも、お前までも、私に死ねと望むのか。


「叔父上は王位欲しさに王妃と共謀して王とその子らの命を奪った。さらには王妃さえも葬り、我が命まで狙った。到底許されるべき所業ではない」


「本当なのですか? タイヒラント候がそのような狼藉を働くとはとても……」


「かの大候は陛下の父君と王国を治めていた共同統治者。継承権を持たぬ身ゆえ、野心を抱いたとておかしくありませぬ。今すぐにでもあの卑劣漢を処断する必要がありましょうぞ、ジギスムント卿」


 私に同調してくれたのは、昔から王家に仕えている宮廷魔術師だった。

 この主張に叔父上は真っ向から対立し、むしろこちらが権力欲しさに両親と兄姉を手に掛けたのではないかという疑惑を投げて王国の分裂を図ろうとしたものの、私は利権を餌に貴族諸家を唆し、敵方の派閥を瓦解させ、モルゲンブルグ候の後ろ盾を最大限に活用して政争に勝利した。

 最期の瞬間まで、絞首台に立った叔父上はひたすらに怨嗟を吐き続けていた。

 それが私の道のり。私が王になった経緯。

 深い動機など存在しない。ひたすらに浅ましく、単純で、純粋だ。

 私は、生存のための生存を望んでいるに過ぎない。


「宮廷魔術師! どこにいる。我が呼びかけに答えよ!」


 長い城の廊下を歩きながら私は叫ぶ。

 すでに王都の周辺には各領から派遣された兵士で構成された連合軍が陣を囲み、城門の前は一触即発の状態になっていた。それもこれもあの忌々しいカッセルハイムのハゲタカが貴族諸家を扇動して王都への侵攻を企てたからだ。

 降伏勧告文などと、どこまでも王家を舐め腐っている!

 軍を率いて攻め込んでやりたい気持ちはあったが、指揮の経験など皆無で、王家に伝わる宝剣は宴の席で王の威容を見せつけるため勇者フランツに譲ってしまった。とてもじゃないが戦場に飛び込めるような準備はどこにもない。

 かといって壁の中に籠るのも限界がある。食料の流通経路はすでに敵方によって押さえられ、城と都市内の備蓄で軍を維持するのもそろそろ限界だ。無能な平民隊の指揮官たちは軟弱にも降伏に応じるべきだなどと抜かしてきたが、愚かな敗北主義者共はその部下に命じて即刻処断した。おかげで治安維持も人手が足らず、都市の門と大通り、そして王城周辺に部隊を配置しておくのがやっとだ。

 所詮は平民階級の臆病者。忠義を貫く勇気も事態を打開する知恵も無い。私の周囲にはこんな連中ばかりであまりに嘆かわしい。


「ここにいたか!」


 城の一角にある展望台に魔術師はいた。

 いつも通りとんがり帽子を目深に被り、悠然と眼下の景色を眺めている。


「これはギルベルト陛下。如何(いかが)なされましたかな」


「イカもタコもあるか。無知蒙昧の貴族共が兵を率いてすぐそこまで迫っているのだぞ。しかも中にはあの……」


 ええい、口にするのも忌々しい。

 ジギスムント・フォン・モルゲンブルグ。犬にも劣る忠臣面の裏切り者め。いついかなる時でも味方ですという態度を取りながら、勇者フランツの帰還を許した挙句、勇権会議などというふざけた催しに参加し、不埒者の王位簒奪に合意するとは。

 ハゲタカやドミニク、筋肉馬鹿のイガルギッター伯は腹立たしくてしょうがないが、特にあの老いぼれは我が憤怒で以て処断せねば気が済まない。


「……とにかく何か策はないか。戦闘が本格化する前に敵の気勢を削ぎたい」


「魔術は万能の奇跡ではありませぬ。あの軍勢を相手取れるとしたら、魔王とその配下たちが束になってようやくでしょう」


「それを何とかするのが貴様の仕事だろう────賢者アンブロシウスよ!」


 父の代から王城で仕事をしているこの人物は宮廷魔術師の職を与えられているが、『賢者』という異名のほうが通りがいい。しわがれた声と曲がった腰から老人であると推測できるが、その姿を見た者は一人もいない。

 胡散臭い男だが、自分は善人ですと嘯く人間よりはるかに信用できる。


「王国軍の要である騎士隊は機能不全。平民隊も経験者がいなくなって烏合の衆も同然にございます。儂も老体ゆえ戦闘など不可能ですし、ここは陛下が降伏なされば丸く収まりましょう」


「収まるものか。間違いなくドミニクが殺しに来るわ!」


「ならば猶更、あのとき強硬策に打って出るべきではありませんでしたな」


 いや、むしろあれが最後の好機だった。

 側近の多くがこちらを見限り、名のある騎士たちが離反していく中で王国軍が正常に稼働していたからこそ、厚顔無恥の貪欲者共を王都から追放できたのだ。

 軟弱な側近の意見に唯々諾々と従っていれば、とっくに処刑台の上で間抜けな死に顔を晒していただろう。


「過ぎた決断を蒸し返すな。このままでは簒奪者たちによってルートヴィーヒから始まるゴルトオヴァールは滅亡。王国が積み重ねてきた歴史は徒労になるのだぞ」


 宮廷魔術師の肩が揺れた。

 やはり長年に渡り仕えてきただけあって、王家の名前には感じるものがあるらしい。


「……時に陛下、勇者フランツに同行する少女について何かご存知ですかな」


「フランツに……少女だと? 世間話なら後にしろ。今は外の連合軍が重要だ」


 大衆に愛されていた青年を思い出す。

 勇者、勇者、勇者。勇ましいから何だというのだ。我々の喧伝によって有名になっただけの分際で、どうしてあそこまで偉そうに振舞えるのだろうか。常識的な発言をするだけで成人君主のように持て囃され、笑顔を向けるだけで太陽の光が注がれたみたいな反応をされる。

 あんな平凡な田舎者がどうして広く民草から支持を受けるのだ。

 王になった私は、あんな視線を向けられたことはない。

 魔王を倒したから偉いのか。魔人を大量に殺したから偉いのか。華やかな英雄譚ばかりが持て囃されたところで、実際に戦線が維持できるよう貴族諸家へ掛け合ったのは私だ。王国軍をモルゲンブルグとカッセルハイムに派兵するよう命じたのは私だ。勇者の公募を始めたのも私だ。私がいなければ、魔人との戦争は今頃どうなっていた。

 国王たる私(えいえん)がいなければ、私はどうなっていた。


「危機に瀕しているのは陛下だけではありませぬ。()()もまた、対処せねばならぬ問題があるのです」


「我々……?」


「あと十年もあれば準備が整うはずでした。しかしあの魔王めは何らかの策を用意しておりました。確実に殺したにもかかわらず、前回と比較にならぬほど復活が早かったのです」


 この男は何を言っている。

 そんなのはもう終わった。言い伝えの通り勇者フランツが魔王を倒し、王国には平和が訪れ、いや、訪れてはいないが言い伝えそのものは無事に成就されたではないか。

 しかし、名前も知られていない昔の人間が残した言葉が数百年も形を変えず伝わるものなのだろうか。誰かの意思が介在することなく、陰謀のために歪められることもなく、ただの一言も歯抜けにならず、今日に至るまで原型そのままに?

 あるいは昔から生き続ける化け物のような奴がいるなら話は別だろうが。


「ギルベルト陛下、この現状を打開する唯一の方法があります。陛下が了承してくださるならば、我々が今すぐにでも軍勢を用意しましょう」


 宮廷魔術師はようやく外の景色からこちらへ身体を向けた。


「さあ、ご決断を。ゴルトオヴァールのため、今ひとたび魔王を打倒せんがため、民草の命を捧げるのです。それがあなた様の生き残る術にございます」


 目の錯覚だろうか。とんがり帽子の大きなつばの下で、無数の瞳が蠢いたように見えた。

 いや、ありえない。魔獣が人の姿を取るなど聞いたことがない。それに説明の内容も無茶苦茶だ。民草の命を捧げれば軍勢を用意するなんて、双方の因果関係がまったく理解できない。


「……人の命でなくてはいけないのか」


()()は人とこそよく馴染みますゆえ」


 生き残る術。

 民草の命を捧げてまで、何のために私は生きるのか。人道にもとる悪事を犯し、誰のために私は生きるのか。

 勇者フランツであればどのような決断を下すだろう。民草に愛される英雄ならば、この誘惑を断って見せるのだろうか。そして更なる称賛を浴びて、栄光の中に名前を刻むのだろうか。人々は彼に尊敬の眼差しを。

 眼差し、を────────────────。

 哀れみ。

 困惑。忌諱。嫉妬。恐怖。非難。悲しみ。怒り。

 どうしてあなたは生きているのという問いかけ。どうして兄や姉ではないのという問いかけ。どうして無様に生き続けているのという問いかけ。誰もが国王の生に意味を求めて、意味を与えようとして、それが無価値と判れば捨てさせようとしてくる。

 あの眼差しだ。使用人の、政敵の、平民たちの、貴族の、意味を求める眼差しが、僕を責め立ててくる。黙れ、黙れ、黙れ。何も知らないくせに、もっともらしい言葉を飾り立てて正しい側に立とうとするな。いかに取り繕ったところで、結局、お前たちの望んでいるのが僕の死であることぐらい分かっているんだ。

 負けるものか。折れてなるものか。ここで彼らの望みに応じれば、今までの生涯すべてを否定せざるを得なくなる。自分の価値を自分で否定してしまう。だから、だから、だからこそ、僕はそれを撥ね付けるぐらい強く願う。

 生存のための生存を。

 ただ生きるための人生を。


「────────────くれてやる。私こそ、ゴルトオヴァールこそが王国だ。この危機を切り抜けるためなら民草の命も惜しくない」


 表情など見えないのに、賢者アンブロシウスが嗤ったように感じた。


「ええ、ええ。素晴らしい決断にございます。それではお見せしましょう。我らが『深淵』の本懐を」



────



 その日、見張り役を割り当てられていたモルゲンブルグの騎士たちは、突如として出現した魔獣の対応に追われていた。後ろ足で立ち上がれば大人三人分はあろうかという身の丈の怪物は、驚くべきことに王都の壁の内側から這い上がって来た。しかしそこはよく訓練された軍人なだけあり、見事な連携でこれに対処したのだが、やはり都市内部からやってきた事実は現場に不穏な影を落とした。

 都市の内部はどうなっているのか、平民隊は何をしているのかという疑問から、現場の指揮官は指示を仰ぐために仮設野営地へと戻り、他の騎士が魔獣の死体を処理しようとした時、彼らの足元が大きく揺れた。

 豪雨、洪水はともかくとして、王国において地震は珍しい災害だ。屈強な者たちの間にも動揺が走ったが、彼らは程無くして地面が揺れたことなどすぐに忘れてしまった。

 それは空高くそびえ立つ『塔』であった。

 ねじれ、歪み、天地を冒さんとする冒涜的な巨塔が、狂気の嘶きと共に王城を囲むようにして生えてきた。ある者にはそれが赤色に見え、ある者にはそれが青色に、黄色に、緑色に、紫色に、この世界で形容しうるあらゆる色合いに見えてとれた。

 幾重にも連なる階層の表面には窓のような穴が開いており、そこからは融解した三つの瞳が矮小な人間共を見下ろしている。絶え間なく流れ続ける穢れた讃美歌はこの世の理外にのみ影響しうる音階言語だ。

 それは星を喰らい生命を喰らい情報を喰らう浸蝕生物。

 即ち、深淵であった。

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