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そう言って笑ったマティルダに黒いウサギの仮面がじっとこちらを向いている。


確かに何故マティルダが毎日、城に通い魔力が空っぽになるまで力を使わなければならないのか疑問ではあるが、皆に感謝されるし「ま、いっか」という軽い気持ちでいた。

それに毎日毎日会社に出勤するような気分でもう習慣化されてしまっている。

友人の令嬢達にも「無理をなさらないで」と心配されていたが、なんとなく今日まできてしまった。


(やりがいがあるし、溜まった魔力を放出するのはスッキリするのよね……)


そしてベンジャミンの魔法で城へと送ってもらう。

とは言っても、空中をスイスイと浮いて歩いている彼に城までエスコートして連れて行ってもらっている。

すぐ後ろからはガルボルグ公爵家の侍女達が馬車に乗ってついてくる。

やはり婚約者ではない男と二人きりでいる訳にはいかないからだ。

変な言いがかりをつけられても嫌だし、ガルボルグ公爵や夫人にも確認してもらいながら徹底的に気をつけていた。


もしベンジャミンと何かあればガルボルグ公爵にも「ガルボルグ家の者が軽率な行動を取るな!」と、こっぴどく怒られてしまうし、ベンジャミンと会うことを禁止されてしまうだろう。

気の抜ける唯一の時間がなくなることは嫌だった。


(多分、男性よね……?でも髪も長いし、線も細いし、いまいちわからないわ)


恐らく男性という前提でマティルダは動いていた。



「今日はよく晴れていて風が気持ちいいですね!ベンジャミン様」


『そう?』


「はい!わたくし、この時間がとても好きなんです。空中を歩くなんて夢みたい……!」


『…………』



最初は怖かったが、今は不思議な感覚が癖になりつつある。

これは風魔法の一種らしいが、ガルボルグ公爵夫人に聞いてみてもとても真似できないような高度な魔力コントロールや集中力が必要なようだ。


城から少し離れた場所に下ろしてもらい、侍女達と合流したマティルダは頭を下げた。



「ベンジャミン様、ありがとうございました。今日もとても有意義な時間を過ごせて楽しかったですわ」


『……また』


「はい。では行って参ります」



そう言ってマティルダは城に向かって歩き出して、門の中へと入っていった。


城の中で従者達と挨拶を交わしながらいつもの部屋へと向かい、魔力が空っぽになるまで金色の玉に力を込めた。

城に明かりが灯り、町もイルミネーションのように光り輝いている姿を見ると、みんなの役に立っているのだとやりがいを感じていた。

それに国王や王妃にも感謝されて一石二鳥である。


(いざとなったら助けてもらいましょう……!)


自分の仕事が終わればローリーと顔を合わせることなくクタクタになってガルボルグ邸に帰る。

マティルダを避けるようにライボルトはわざとらしく去っていく。


ベンジャミンとの出会いによって無意識に己を高め続けていたマティルダは、そのことによって王太子であるローリーや、兄のライボルトから反感を買っていることには気づいていなかった。

そんな中でも、なんとか踏ん張りながらマティルダの運命を変えようと奮闘していたのだが……。


(………ついに、学園に入学してしまった)


恐れていた乙女ゲームがスタートしてしまった。

マティルダは学園の門を見ながら震える体を押さえていた。

姿勢良くカバンを持ちながら険しい顔で見上げていたので、周囲の生徒達はマティルダを避けて去っていく。


グッと手に力を入れて一歩踏み出そうとすると足は竦んでしまう。


ここに入ってしまえば、もう逃げられないような気がしていた。


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