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マティルダが手を振り下ろした瞬間、ドンッという音と共に地面が大きく揺れた。
暗闇の中に一瞬だけ眩い光が周囲を包み込んだ。
ドンッと大きな音と共に巻き起こる暴風に木が大きくしなった。
風が収まると地面には大穴が空いている。
その真ん中の地面が残った場所に三人がガタガタと震えながら身を寄せあっている。
住んでいる場所を壊したくなかったし花畑をこれ以上傷つけなかったため加減はしたが、やはりマティルダの魔法の威力は凄まじいようだ。
狙いもコントロールもバッチリである。
溜まっていたものを吐き出したせいかマティルダの気分はスッキリとしていた。
ポキポキと指を鳴らしながら、次の手を考えていた時だった。
「──マティルダ!」
「ベンジャミン様……!?」
ベンジャミンが焦った様子でこちらに向かってくる。
空中から降りてきたベンジャミンが仮面を取るとマティルダを守るようにして震える腕で抱きしめた。
汗が滲み焦った表情を浮かべていたベンジャミンは叫ぶようにして言った。
「一人にしてごめん!マティルダ、大丈夫!?怪我はっ……!アイツらに何かされたのっ!?」
そっと頬に添えられる手のひら……彼の焦りが伝わるような気がした。
心臓がドクドクと音を立てているのが布越しに伝わっていた。
ベンジャミンはマティルダを心配して急いで駆けつけてくれたことがわかる。
「ベンジャミン様、落ち着いてくださいませ」
「マティルダに何かあったら僕は……っ!」
「わたくしは大丈夫ですから」
「……本当にっ、よかった」
俯いて今にも泣き出しそうになっているベンジャミンの頬をそっと指で撫でた。
そして両手で包み込むようにしてベンジャミンの紫色の瞳と目を合わせて、マティルダは微笑んだ。
ベンジャミンは再びマティルダの体を抱きしめたあとに、地面にへたり込んでいる三人を睨みつけた。
「一度でなく二度までも……生きて帰れると思うなよ?」
ベンジャミンの凄まじい圧にローリーとライボルトは震えている。
手のひらには黒い球体が浮いていた。
マティルダはこれを放った時に、魔獣が跡形もなく消え去ったのを見たことがあった。
恐らく木っ端微塵にするつもりなのだろう。
草木は激しく揺れて地面がひび割れていく中、マティルダがベンジャミンを制すように手を前に出して首を横に振った。
不満そうなベンジャミンだったが、マティルダが「ベンジャミン様が手を汚す必要はありませんわ」というと、黒い球体は消えていく。
ローリーとライボルトは失神する寸前だった。
しかし何を勘違いしたのかシエナは嬉しそうに手を合わせている。
着ている服は土で汚れており、フラフラと立ち上がると瞳を輝かせてこちらに向かってくる。
「その美しさは間違いない……!やっぱりベンジャミン様だわ!他の攻略者とは比べものにならない!やっぱりあなたは特別なの……!」
「…………誰?」
「私はシエナ、シエナ・レデュラです!ベンジャミン様は私に魔法を教えてくれるうちに、恋人同士になって、ゆくゆくは夫婦になるのよ……!」
「………?」
「なので、邪魔者は排除致しましょう!?」
そう言ってシエナはマティルダを思いきり睨みつけた。
シエナの視線に気づいたベンジャミンはマティルダを庇うように前に出る。
「ベンジャミン様、私を助けてくださいっ!」
「……意味が分からない」
「私が本来、ベンジャミン様と結ばれるのです!一緒にここで幸せに暮らしましましょう!?」
ベンジャミンは苛立ちからか眉を顰めている。
土だらけで「私がベンジャミン様と愛し合うのっ!」と叫び続けるシエナが滑稽に思えた。
(〝シエナ〟は物語に囚われたままなのね)
そんなシエナの前にベンジャミンが顔を顰めて言い放った。




