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マティルダは怒りを抑えるようにして両手を握り込んだ。
そしてあの時、マティルダを容赦なく追い出したはずのローリーが平然と『連れ戻す』と言っていることに嫌悪感が湧き上がる。
「わたくしを連れ戻してどうするおつもりで?追い出したのは殿下達ではありませんか」
そう言うとローリーとライボルトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
謝罪でもするかと思いきや、自分の過ちを認めていないどころか責任転嫁している。
(呆れた……)
どうやらベンジャミンから引き剥がして、マティルダを力技で連れ戻すつもりだったようだが、三人がかりでも負ける気がしない。
マティルダになってから積み上げてきたことは無駄ではなかったと思える。
なぜこの作戦が上手くいくと思ったのかを詳しく理由を聞きたいくらいだ。
マティルダが大人しく従うと思っていたのだろうか。
(でも普通の貴族の令嬢だったら、国に喜んで戻ろうとするのかしら……?ここでの生活は自分のことは自分でしなくちゃいけないもの。だからこんなに自信満々に言えるのね)
貴族としての地位も名誉も今のマティルダには、魅力的な提案には思えなかった。
「あの件は、もう過ぎたことだっ!間違いだった」
「今度は妹として可愛がってやる……!」
「そ、そうだな。シエナがここに残るのなら、また婚約者としてやっていける……!そうすれば俺は王太子に戻れるだろうな」
「はぁ……」
マティルダはため息を吐いた。
「ライボルトお兄様に可愛がってもらわなくて結構です。それにローリー殿下と再び婚約なんて絶対に嫌ですわ」
「なっ……!以前は」
「……っ」
ライボルトとローリーは、マティルダの言葉を聞いて手のひらを握り込んだ。
今まで散々もてはやされて肯定されてきた二人からすれば、マティルダの返事は信じられないのだろう。
「ならば無理矢理連れて帰るまでだ……!」
「先程、ライボルトお兄様やシエナ様には言いましたが、ベンジャミン様がいなくとも、あなた達にわたくしを連れ戻すことは不可能です」
「…………!」
「それにわたくしはベンジャミン様と暮らす、この生活が幸せですから。さっさと国にお帰りくださいませ」
もうマティルダは物語に縛られなくていいし自由も手に入れて、贅沢なくらい幸せな生活を送っている今、自分の幸せだけを追い求めている目の前にいる三人に気を使う必要はないだろう。
「一体、何が目的だ!?これ以上、何を望む!やはりガルボルグ公爵の当主の座を狙っていたのか!?」
「多少ならばお前の願いを叶えてやるっ!今ならば愛してやってもいいと言っているんだぞ!?何が気に入らないんだ!」
必死に叫ぶライボルトとローリーの言葉に鳥肌がたった腕を擦った。
言葉も通じないとなればどうしようもない。
しかし、マティルダは従うつもりはない。
「わたくしは戻りません」
「力尽くでも連れ戻す……!」
「いつでもどうぞ。連れ戻せるものならば」
スッと腕を出したマティルダを見て、三人も戦闘体制に入る。
しかし全く負ける気がしなかった。
ローリーは大きな波を起こした後で大した力は残っていない。
シエナは光の玉を浮かべる程度で、ライボルトもいくら魔法の力を高めたとしても、たった一ヶ月でマティルダに追いつくことなど不可能だろう。
(わたくしがこの三人に連れ去られるなんてありえないわ)
マティルダは魔力を集中させていた。
バチバチと金色の線が周囲で弾けているのを見ながら最後の忠告をする。
「大人しく国に帰ったほうが身のためですよ?わたくしは忠告しましたからね」
「……クソッ!ライボルト、構えろ!」
「なんだこの力は……っ!本当にこれがマティルダの力なのか!?」




