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その相手はちょっぴりヤンデレな最強魔法使いである。
マティルダは苦笑いを浮かべつつも手を繋ぎながら屋敷へと帰った。
荷物を整理しながらベンジャミンにプレゼントを渡すタイミングを見計らっていたが、なかなか渡せずに夜になってしまう。
いつもベンジャミンはマティルダにプレゼントをたくさんくれるが、マティルダから渡すのは初めてのことだった。
(好きな人にプレゼントを渡す時って、こんなにドキドキするのね……!ベンジャミン様なら、なんでも喜んで受け取ってくれそうだけど、とても緊張するわ)
ソワソワした気持ちで夕食を食べていると、ベンジャミンは急に立ち上がり窓の外をじっと見つめたまま動かなくなってしまった。
「…………」
「ベンジャミン様、どうかされましたか?」
「……何か変だ」
「変……?」
そう言われてもマティルダにはいつもと変わらないように見える。
「ブルカリック王国近くの波が荒くなっている。天気はいいのに。何故だろう……?」
「波……?ブルカリック王国の近くの海ですか!?」
「うん。自然というよりは意図的に誰かが魔法を使って大波を引き起こしている気がするんだ」
「一体、誰がそんなことを……」
マティルダが呟いたのと同時にベンジャミンは椅子を引いて立ち上がった。
マティルダには何も聞こえたりはしないが、ベンジャミンにはわかることがあるのだろう。
「このままだと城下町が波に飲まれてしまうかもしれない」
「嘘……」
「すごく大きな力だ。魔族が関わっているのかもしれない」
「え……?」
「もしかしたら師匠が」
「!!」
そしてブルカリック王国に魔法で、大波を起こすようなことをできる力を持っているのは数人しかいないが、とても行動に移すとは思えなかった。
もし魔法を使って自国を破壊するようなことを引き起こせば大罪だと知っているからだ。
(こんなに大きな力を持っている水魔法の使い手は多くはないはずだけど……ブルカリック王国の貴族がこんなことするなんて考えづらいわ。もしかして魔族の仕業かしら?)
ブルカリック王国の人間ではないと仮定すると、考えられるのは魔族くらいなものだろう。
ベンジャミンの反応から見てもその可能性はもしかしたらあるかもしれない。
(だからベンジャミン様はこんなに焦っているのかしら)
しかしベンジャミンの話を聞く限り、こんなことを引き起こすようには思えなかったからだ。
城下町にはマティルダと仲良くしてくれていた人達もいる。
それに活気はなかったとはいえ、町にはまだまだたくさんの人達が住んでいる。
心配からかマティルダは無意識に両手を胸の前で握り、祈るように合わせていた。
「気になるから、僕は少し様子を見てくるよ」
「わたくしも行きます!」
「マティルダはここにいて。君を危ない目に合わせたくないんだ」
「ですが、心配で……!何かできるかもしれないし、それにっ」
ベンジャミンはマティルダの唇に人差し指を寄せた。
言葉を遮られて眉を顰めていると、ベンジャミンはマティルダの体を抱き寄せてから額に口付けた。
「すぐ戻ってくるから」そんな言葉を残して、ベンジャミンは屋敷から出て行ってしまった。
マティルダはベンジャミンを追いかけるように窓から身を乗り出して彼を見送っていた。
妙な胸騒ぎを感じていた。
(一体、何が起こっているのかしら……)
どうやらプレゼントを渡すのはもう少し先になりそうだ。
夕食時に渡そうとテーブルの隣の棚に隠していた懐中時計が入った箱をベンジャミンが座っていたテーブルの上に置いた。
空になったお皿を片付けながら、プレゼントを渡せなかったことを後悔していた。




