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太陽が徐々に沈んで、空がオレンジ色に染まっていく。
ベンジャミンと森の上を歩きながら、マティルダは大切に小さな箱を抱きしめていた。
二人きりになるとベンジャミンは黒い鳥の仮面を外した。
ベンジャミンの視線はマティルダが持っている箱にある。
「そんなにあの店が気に入ったの?」
「えっ……!?」
「ずっと大切そうにその箱を持っているから」
マティルダの様子が違うとすぐに気づくベンジャミンの観察眼。
マティルダのことに関しては本人よりも知っているような気がしていた。
しかしこの中身はまだ見せることはできない。
じっとりしたベンジャミンの視線がマティルダの手元にある。
折角のサプライズが台無しになることだけは避けたいと思い、誤魔化すために言葉を探していた。
「こうして自分で選んだものを買うのは初めてだったので楽しくなってしまって。以前は公爵家に相応しいものを、と流行りのものや好きなものをあまり身につけられませんでしたから」
「マティルダ……」
「ベンジャミン様が似合いそうだと言ってくださった髪飾りを買ったのですが、なんだか嬉しくて……。うちに帰ったら似合うかどうか見てくれますか?」
「……!うん、もちろんだよ」
マティルダの言葉にベンジャミンは少し悲しげな表情で頷いた。
どうやらうまく誤魔化せたようだ。
実際、ガルボルグ公爵邸ではガルボルグ公爵家の人間として恥ずかしくないように…そんな基準で選ばれたものを身につけていたため、マティルダに選択肢は一切なかった。
ガチガチの厳しい場所で育ったマティルダが間違いを許せなくなってしまうのは仕方のないことだろう。
枠から外れること自体、マティルダには『悪』だったからだ。
そしてそれを平然と超えてしまうヒロインのシエナがマティルダは許せなかったのだろう。
何故ならば、自分が本当はそうしたいという欲を必死に抑え込んでいたから。
感情が抑えきれなかったマティルダはヒロインにさまざまな方法で苦痛を与えていく。
しかし今回はそれをしていないのにも関わらずに国外に追放されてしまった。
そして先程、ベンジャミンから話を聞いた通り、三人は追い詰められているところを聞くと、恐らくマティルダはシエナやライボルトに嵌められたのだろう。
そしてシエナとライボルトの嘘に巻き込まれたローリーとは破滅の道を辿ってしまった。
マティルダになってから辛いこともあったが、やさぐれることなく、いい人になろうと真っ直ぐに生きていてよかったと思っていた。
(もうこれで乙女ゲームは終わりなのかしら……そうだといいな)
やっと物語の呪縛から解放されたのかもしれない。
そう思うと今までの努力が報われるような気がした。
足を進めていると、ベンジャミンが優しくマティルダの手を握った。
表情に出やすいのもあるだろうが、ベンジャミンはいつもマティルダを気遣ってくれる。
「マティルダ、大丈夫?何か嫌なことを思い出したの?」
「いえ、大丈夫です!これからどんどん楽しい思い出を作っていきましょう。だからベンジャミン様、また買い物に行きましょうね」
「買い物は………………考えておくよ」
「そんなこと言わないでください!」
「マティルダは危機感が足りないんだ。隙がありすぎるんだよ!」
「そうでしょうか?」
「そんなところが可愛いからいいんだけど……」
ベンジャミンはいつだって真っ直ぐな愛情を向けてくれる。
マティルダになるまではよくわからなかった恋する気持ちが、こんなにも幸せをくれることに改めて喜びを感じていた。
「マティルダに何かあったら……この世界を滅ぼしちゃいそうだ」
「……えっ!?」




