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「ですが、わたくしは国に帰るよりも塔の外に出たいです!」
「…………!」
「外に自由に行き来できたらもっと幸せです」
「マティルダが外に……」
「もちろん、ベンジャミン様の話を聞いて、森が危険なことも理解しています。ですがわたくしは小さな魔獣ならばひとりで倒せますし、ベンジャミン様に鍛えていただいた力もありますから、多少のことでは負けませんっ!」
「…………」
「これから二人で楽しく暮らしていくためにも、そろそろ外に出てもいいのではないでしょうか!?」
マティルダは一カ月も外に出ていない。
この生活は好きだが、さすがにこのままだとどうにかなってしまいそうである。
こちらもトニトルスに相談してみたが、やはり「ベンジャミンに直接、説得した方がいいわよ」と言われてしまったのだ。
いつもはベンジャミンの見えない圧に屈していたが、今日こそはと一歩踏み出したのだった。
「でも……心配なんだ。もしマティルダに何かあると思うと正気じゃいられない」
「わたくしもこのままずっと塔の中にいたら正気ではいられません!」
「…………!」
「や、やっぱり気分転換は必須だと思うのです……っ!それにたまには裸足で野原を駆け回りたいです。それに甘いものの食べすぎて太ってしまいました」
マティルダはそう言ってアピールするように頬の肉を摘んだ。
美しくスタイル抜群だったマティルダだが、ここ最近はベンジャミンに甘やかされすぎて少し体が重い。
ベンジャミンの瞳がスッと細まった。
いつもなら「な、なんでもないです!」と首を横に振るところだが、今日は引き下がることなく粘ると決めていた。
この話に持っていくだけでもやっとなのである。
(このままだといつものようにダメと言われて終わっちゃう……!)
ベンジャミンは一気に不機嫌モードである。
「それは、やっぱりあの国に帰りたいということ?」
「違いますっ!この辺の外に出て気分転換をしたいのです!」
「…………マティルダが傷つくのは嫌なんだ」
ベンジャミンはこれだけは絶対に譲るつもりはないようだ。
マティルダはこのもどかしい気持ちをどう伝えればいいか分からずにやきもきしていた。
(どうしたらベンジャミン様にわたくしは簡単に怪我をしないし大丈夫だって伝わるのかしら……)
そもそも会話内容が噛み合っていないのだが、二人はそれに気づくことはない。
ベンジャミンの傷つくはブルカリック王国でのマティルダへの不当な扱いを指していて、マティルダは魔獣や虫に襲われて怪我をしてしまうと思っていた。
先程のベンジャミンとの会話内容からして譲歩してくれるのかと思いきや意外と頑なである。
だがマティルダだってベンジャミンのことは大好きだが、この塔の外に出て、あの気持ちよさそうな草むらで昼寝をするために頑張らなければならない。
「わたくしもベンジャミン様と一緒に買い物したり、外で昼寝したりしたいのです!」
「僕と一緒に?買い物と昼寝……」
いつもとベンジャミンの反応が違うことに気づいたマティルダは先程の会話を思い浮かべる。
(もしかして、ベンジャミン様は〝一緒〟という言葉に反応したのかしら)
今まで思いつかなかったが、マティルダの「外に出たい」に対してベンジャミンは「マティルダが傷つくからダメ」と言っていた。
となれば、単純に傷つかなければいいのではないだろうか。
そして共にいるのは最強の魔法使いと名高いベンジャミンである。
意を決してマティルダは声を上げた。
「ベンジャミン様が一緒ならば、わたくしが傷つくこともありませんし、危険もないでしょう?」
「一緒……」
「はい、一緒です!!!」




