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マティルダは今日も温かい太陽の光と鳥の囀りで目を覚ました。
(今日もいい日になりますように……!)
日課のように祈っていた言葉だが、毎日がとても良い日なので尚更気分がいい。
悪役令嬢の役目を終えて、第二の人生を歩みだしているマティルダはベンジャミンとの生活に満足していた。
周囲の豊かな森とのんびりとした時間。ぽかぽかとした温かい家の中で昼寝し放題。
何ひとつ、不自由のない生活は幸せそのものだろう。
(まさに夢にまで見た理想の生活……!)
今まで苦労してきた分のご褒美だろうか。
マティルダはホロリと溢れる涙を拭って、窓の外を見ながら感慨にひたっていると、背後から抱きしめられるようにして声が掛かる。
マティルダは驚き、肩を揺らした。
「マティルダ、おはよう」
「お、おはようございます!ベンジャミン様」
「いつになったら〝様〟が取れるのかな?愛称で呼んでくれたらいいのに……ベンジャミンって毎回呼ぶと長いでしょう?」
「えっ……!?それは……たぶん、もう少し経ったらです」
「ふーん。マティルダは恥ずかしがり屋だね」
そして、身に余るほどにイケメンで愛情深い最強の旦那様との結婚生活に毎日、ドキドキしっぱなしである。
ただ家を塔にしてしまうほどに外に行ってほしくないようで、少々過保護過ぎではないかと思っている。
ガルボルグ邸では一切好意を寄せているような素振りは見せなかったベンジャミンだが今ではこの通り……激甘である。
「マティルダ、どこにもいかないで」
「わたくしはここにいますから」
「うん……ありがとう」
どうしてこんな風に守ってくれるのか聞いてみると、ベンジャミンはスッと無表情になり「外にはマティルダを傷つける害虫がたくさんいるんだよ」と、真顔で言っていた。
マティルダは勝手に脳内変換して森にはベンジャミンが恐るような危ない魔物や毒虫でもいるのではないかと思っていた。
「わたくしだって雷魔法を使えば少しは抵抗できますよ?」
「マティルダは優しいから……どうかな」
「わたくしを鍛えたのはベンジャミン様ですから!」
「うん、そうだね」
「それでもダメですか……?」
「僕はマティルダに傷ついて欲しくない。心配なんだよ」
優しくマティルダの髪を撫でるベンジャミンだったが、最近は常に不安そうにこちらを見ていることが増えたような気がしていた。
僅かな変化ではあるが視線を感じた時は大体、ベンジャミンがマティルダを見ている。
どうしたのかと問いかけてみても「なんでもないよ」と言って、はぐらかされてしまう。
(ベンジャミン様、どうしたんだろう……?)
あまりにも毎日その状態が続いたので、気になったマティルダはベンジャミンがいない間を見計らって、薄紫色のよく喋る鳥、トニトルスと相談しつつ魔力を放出していた。
「なんだか最近、ベンジャミン様の様子が変だと思わない?」
『あら、ベンジャミンはいつだって変よ?今更そのことに気づいたの?』
「そうかな?」
『大丈夫。アンタも十分変よ』
「そういうことを言いたいんじゃないの……!最近、ベンジャミン様が不安そうにしているというか、何かに怒っている感じかしら?出かけることも増えたし……ス、スッ、スキンシップも多くなったような気がするのっ!」
何かを埋めるようにマティルダの存在を確かめると、フラリとどこかに消えて、またマティルダの元に来て抱きしめてと繰り返している。
バチバチと手から電気を放出しているが、トニトルスは気持ちよさそうに美しい羽根を広げている。
『アンタはいつも呑気というか鈍感というか……』
「やっぱりベンジャミン様は何かに悩んでいるのかしら」




