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ローリーはその隙に立ち上がり、動いたことでガタリと音が立つ。
するとベンジャミンの仮面がこちらを向いた。
『マティルダが不当な扱いを受けたことが許せない。しかもコイツは自分のためにマティルダを取り戻そうとしている』
「何!?本当か、ローリー」
「ですが父上!この事態を収めるためにはマティルダを連れ戻さなければ……!」
「いいや、もう遅い。お前はこの騒ぎの責任を取り廃嫡として、ウィリアムが王太子となる準備は進められている」
「なっ……そんなっ、嘘だッ」
「この事態を引き起こした責任を取らねばならん!この事態をいかに早く収めるか……それにかかっているからな」
「待ってください!まだ一カ月しか経っていないのですよ!?それなのにっ」
ローリーは父の言葉に愕然とした。
一カ月と少しで転げ落ちるようにローリーは何もかも失って行く。
それを元に戻そうと必死に動いても、こうして大きな壁が立ち塞がる。
(折角、マティルダは生きていたことがわかったのに……っ!国に戻せば廃嫡にはならずに済むのではないのか!?)
父とベンジャミンが何かを話しているのをどこか他人事のように見ていた。
「おい、聞いているのか!ローリーッ」
「…………っ」
何も耳に入らずに呆然としていると、目の前で大きな炎が上がる。
驚いて顔を上げると、ゆらゆらと揺れる炎に飲まれていくソファが目に入ってローリーは息を止めた。
『こうなりたくなかったらマティルダを利用するなんて思わないことだ』
「あ……」
先程見ただけでも風に火にと、ベンジャミンは普通ならばあり得ないような色々な魔法を使っている。
まるで手品のように今度は焼け焦げたソファを凍らせて、パチンと指を鳴らすと一瞬にして砕け散る。
真っ黒な塵になったソファだったものを見て、背筋がゾッとした。
『マティルダは僕の大切な人だ。彼女の幸せのためだったらなんだってする』
「は…………?」
『マティルダは僕と共に毎日、笑顔で幸せに暮らしている。お前と違って僕はマティルダを絶対に傷つけない』
ローリーは耳を疑った。
国外追放されたはずのマティルダは幸せに暮らしているのに、ローリーには廃嫡の危機まで迫っている。
あっさりとベンジャミンに鞍替えして幸せに暮らしているのだと聞いて悔しさと怒りが湧いてくる。
(こんなのはあってはならない!間違っている……っ!)
ベンジャミンのマティルダへの愛情が大きいことは明白だった。
それに幸せだと強調しているのは不安の裏返しではないだろうか。
ローリーは二人の幸せを壊すことで頭がいっぱいになっていた。
「本当にマティルダは幸せなのか?」
『…………!』
「この国に戻りたいのではないのか!?それをお前から逃れられずに苦しんでいるのではないのか?貴族の令嬢として育ったマティルダがお前と訳の分からない暮らしを本当にすると思うのか……?」
「いい加減にしろ、ローリーッ!」
「マティルダの婚約者はまだ俺だ!長年、マティルダを見てきた俺にはわかる!よく考えた方がいい……マティルダはどこで暮らすのが幸せか」
ローリーは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
何も語らない黒いウサギの仮面は無機質で冷たく見えた。
(こんな意味の分からない恐ろしい奴と、マティルダは心を通わせたというのか!?最強の魔法使いというのは本当だったのか……)
ベンジャミンは父の方を向きながらローリーを指さしている。
「マティルダの事情はわかった。ガルボルグ公爵にもそう伝えておく」
「え…………?」
そんなローリーの前にもう一度、光の文字が浮かぶ。
『マティルダに手を出すな。警告はしたからな……もし勝手をするならばお前の存在ごと国を消す』
そう書き残して、ベンジャミンは一瞬で消え去ってしまった。




