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証拠を提示しても一切動じないシエナに周囲も驚いていた。
マティルダに再び話を聞きたくとも、もうこの場にはいない。
(俺はどちらを信じればいいんだ……!)
今までにないくらい王家は揺れていた。
周囲から送られる軽蔑の眼差しはローリーにとっては耐え難いものだった。
(マティルダを取り戻しさえすればいい。まだ死んだと決まったわけじゃない!そうだ……!マティルダは死んでない)
ローリーはそれを聞いてからずっと考えていた。
そしてある答えに辿り着く。ローリーは藁にもすがる思いだった。
マティルダの靴を見つけた騎士を呼び出して聞いてみると、やはりマティルダの死体を実際に見たわけではないらしい。
「崖の下までは調べていない……!マティルダがどこかで生きている可能性があるのではないか!?」
部屋でブツブツと呟きながらローリーは考えを巡らせていた。
「マティルダがいれば元に戻れるかもしれない!あの女を取り戻せさえすれば……っ」
ローリーは藁にも縋る思いだった。
もうこれしか自分に残された道はないのだ。
その場所に向かうことを父に提案しよう立ち上がった時だった。
目の前に光り輝く文字が浮かんだ。
『……マティルダは渡さない』
「!?」
ローリーが顔を上げると強い風が吹いた。
そこには、行く手を阻むように黒いウサギの仮面をつけた男が空中に浮いて立っていた。
その肩には紫色の美しい鳥がとまっていたが、バサバサと音を立てて窓から飛び立っていく。
ローリーの部屋に紫色の羽が舞った。
『君がマティルダを傷つけて国外に追放した。それなのに今更、取り戻そうとするなんてどういうつもり?』
「……!」
『これ以上、マティルダに関わろうとするならば僕が許さない』
ベンジャミンの言葉はほとんど頭に入らなかった。
それよりも〝マティルダが生きている〟ということに衝撃を受けるのと同時に、まだ自分に希望があると思った。
そして目の前にいる男は父とガルボルグ公爵が言っていた『ベンジャミン』だと推察することができた。
「お、お前はベンジャミンだな!マティルダはどこにいる!?生きているのだな……!」
『…………』
「今すぐに連れ戻さなければ……っ」
そう言った瞬間に、体が吹き飛んでしまうほどの暴風がローリーを襲う。
窓ガラスが弾け飛ぶように割れて大きな音を立てた。
「ぐっ……!」
『僕の話、聞いていた?マティルダに近づくなって言っているんだけど』
ローリーは息もできないほどの風に悶えていた。
何事かと部屋に入ってきた侍女達が大きな悲鳴を上げたが「助けて」ということもできない。
すると騒ぎを聞きつけたのか父や騎士達が部屋にやってくる。
「ベンジャミンか……!」
父が声を発するのと同時に、ビュービューと吹き荒れていた風が止んだ。
ローリーは壁から滑り落ちるようにしてその場に座り込んだ。
いつもならば魔法で対抗できるのに、ベンジャミンに対しては何もできなかった。
(信じられない……!じ、次元が違う。違いすぎる……!)
王族故に魔法に関しては自信があったが、それが反撃する間もなく赤子のようにねじ伏せられてしまった。
その衝撃もありローリーが動けないでいると、ベンジャミンは宙に浮かびつつもこちらに歩いてくる。
父の後ろに控えている騎士達も恐怖からか震えている。
そして再び空中に文字が浮かぶ。
『これ以上、マティルダに関わるな』
「ベンジャミン、説明してくれ。マティルダは生きているのか!?」
『それを知ってどうする?』
ベンジャミンがグッと父に距離を詰めたが、自分と違って父は動じることはなかった。




