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「マティルダの侍女が複数人、常に側におりました。ベンジャミンはマティルダに素顔を見せるどころか、言葉すら交わしておらず、彼との会話は全て空中に浮かぶ文字だった……怪しいことがあればすぐに我々の目に入り、マティルダも疑われることを恐れて常に対策をしておりました」
「そ、そんなものは証拠にはなりません!」
「ほう……何故でしょうか」
ガルボルグ公爵は眉根を顰めながらこちらを見ている。
ローリーは必死に訳を説明する。
「ガルボルグ邸の者はマティルダの味方だ!それにライボルトがベンジャミンとマティルダの不貞行為を証言したのだ……!」
「なんだと……?」
「ひっ……!」
ガルボルグ公爵の怒りに反応してか、部屋の中がバチバチとけたたましい音と共に金色の光が駆け巡った。
ローリーはあまりの眩しさに瞼を閉じた。
ライボルトは引き攣った声を上げた。
「マティルダの実力に嫉妬し、嘘をついて貶めるとは!まさかお前がここまで落ちぶれたとは思いもしなかったぞっ!」
「いや……違うんです。これは……っ!」
ガルボルグ公爵とライボルトのやり取りを見ていたローリーはあることに気づく。
「ライボルト、まさか俺に嘘をついたのか!?」
「……ッ」
「おいっ、なんとか言え……!マティルダがベンジャミンと不貞行為を働いていたというのは嘘なのかっ!?」
ローリーは膝をついて項垂れるライボルトの肩を揺すった。
ライボルトは震える体を抱きしめながら小さく震えている。
ローリーは何も答えないライボルトを見ながらを目を見張った。
マティルダの不貞行為は嘘だった…ということが頭を過り、ローリーは首を横に振った。
それにシエナがマティルダに虐められていた証明もできず、マティルダの味方ばかりだ。
シエナが嘘をつくはずがない、信じたいとそう思っていたからだ。
「それにもし仮にベンジャミンとマティルダが恋に落ちこの国にとどまれば、多大な利益になったはずだ。陛下もそれがわからないわけではないでしょう……?」
「ああ、その通りだ。しかしそんな報告は……っ」
「残念ながらベンジャミンにそんな素振りは一切なかった。私もそうなって欲しいと思っていたがな」
ガルボルグ公爵は淡々と語った。
厳しい視線はローリーへと向いている。
「お、俺は……っ」
自分に非は一切ないと思っていたし、マティルダが悪だと思い込んでいた。
先程までは絶対に自分達が正義だと信じ込んでいたが、それが覆りそうになっている事実を認めたくなかった。
「私はこの件について許すつもりはない。マティルダが戻るまでは王家に協力するつもりはない」
「…………!?」
「それに、この愚息に責任を取らせなければならない」
「父上……っ」
「マティルダが戻ればお前は辺境の地へと向かえ。マティルダに公爵を譲ろう」
「嫌だ!そんなっ……!それだけは……っ」
ライボルトの情けない声が部屋に響いていた。
貴族だった人間が辺境の地に飛ばされるということは『終わり』を意味している。
そこでは自由はなく奴隷のように魔石に魔力を込め続けなければならない。
死んだ方がマシだと思うほど過酷な場所だと聞いたことがあった。
しかしローリーは一切容赦がないガルボルグ公爵を黙って見ていることしかできなかった。
そしてもし自分が間違っていれば、こうなってしまうのではないかと嫌な予感が頭を駆け巡る。
ローリーは震える腕を押さえた。
今の状況からしてシエナを通してマティルダの悪事を証明することも大切だが、この場に追放してしまったマティルダを連れてくることの方が重要なようだ。
父と目を合わせると、ライボルトを見るガルボルグ公爵と同じように軽蔑が込められた視線がこちらに向けられていた。




