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「い、いえ……違うのです!先に不貞行為をしていたのはマティルダの方なんだ!」
「なに……?」
「ライボルトの話によれば、黒いウサギの仮面をつけた魔法講師と密会を繰り返していたそうだ!こんなこと許されない……!」
ローリーは身振り手振りを交えて身の潔白を訴えかけていた。
それを聞いた父と母は大きく目を見開いている。
これで何かとマティルダの味方ばかりしている二人も、目を覚ますだろう…そう思っていたが、大きなため息が聞こえた後に怒りを滲ませた声が響く。
「それならばガルボルグ公爵から報告は受けている……!ベンジャミンはマティルダの実力を大きく伸ばしてくれたと」
「ベン、ジャミン……?」
初めて聞く名前に首を捻った。
ベンジャミン、それがマティルダの相手の名前なのだろうとすぐに理解することができた。
「ベンジャミンと不貞行為!?ガルボルグ公爵邸で!?まさか、ありえない!あのガルボルグ公爵が許すはずがないではないか……!」
「そんなのはわかりません!これは現に屋敷に住んでいるライボルトからの情報なのですよ!?二人で森に行ったり、出かけたり、普通の魔法講師がここまですると思いますか!?」
そう訴えかけると、父と母は困惑したように目を合わせている。
ローリーは笑みを浮かべた。
シエナの件は置いておいても、マティルダの不貞行為は許されるべきではないからだ。
「わかった。ガルボルグ公爵に確認してみよう」
その言葉にホッと胸を撫で下ろした。
「もしマティルダとあの〝ベンジャミン〟が恋仲になったならば……我が国にとっては願ってもないことだ」
「は…………?」
父の言葉にローリーは耳を疑った。
何を言っているのかが分からなかった。
不貞行為を行うマティルダを責めるどころか容認しているではないか。
王太子である自分よりも優先すべき相手がいるなんて信じられなかった。
「ち、父上……何を言っているのですか!?」
「相手はあのベンジャミンだぞ!?もし我が国に留まってくれるのなら、これ以上のことはない……!まさかマティルダがここまでベンジャミンとの仲を深めているなんて!ガルボルグ公爵は何故そのことを報告しなかった!?まさかベンジャミンと共に王家を謀る気だったのか……?」
「父上……!?」
「今すぐにガルボルグ公爵とライボルトを呼べ!今すぐにだっ」
父の必死の形相に呆然としていた。
「先程から言うベンジャミンとは誰のことを言っているのですか?」
「ベンジャミンは……そうか、ローリーはまだ知らなかったか。だが、噂には聞いたことがあるだろう?」
「いえ……興味がなくて」
ローリーは噂話などどうでもよかった。
シエナに会う前までは何にも興味を持てなかったのだ。
「彼は……最強の魔法使いだ」
「最強の、魔法使い?」
「ああ、我々もベンジャミンが何者なのか詳しくは知らない。だが彼はどの国でも英雄だ。素顔どころか声を聞いた者もいない。このブルカリック王国の危機も何度も救っている」
ローリーは目を見開いた。御伽噺でも聞いているような気分だった。
本当にそんな人物がいるのか信じられない気持ちだったが『最強の魔法使い』については噂で聞いたことがあった。
それがベンジャミンという名前だと初めて知ったのだ。
「謝礼も欲しがらないどころか、なかなか受け取らない。各国の王達は何かあった時にベンジャミンに助けてもらえるように大金を渡している。我々もそうしていた」
「……!?」
「それに自分の存在を必要以上に広げないように、そう言って去っていく」
「何故そんな大切なことを教えてくれなかったのですか!?」




