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はやる気持ちを抑えていると周囲は、隣にマティルダではなくシエナがいることを不思議に思っているのか、怪訝そうな面持ちでこちらを見ている。
(皆、あの女の本性を知れば驚くに違いない……!今は俺のように騙されているだけだ)
しかし、明らかに周りとは違って敵意が篭った視線が向けられていることに気づく。
それはマティルダと仲のいい令息や、いつも一緒にいる令嬢達であった。
シエナはそのことに気がついたのか、可哀想なくらいに体を震わせている。
ローリーは怯えるシエナを守るように背に隠してから彼女達を牽制するように睨み上げる。
やはりシエナの言っている通り、マティルダの命令によって嫌がらせを受けているのだと思った。
暫く待っていると、公爵家の馬車が到着したとの知らせを受けた。
現れたのはマティルダだったが、いつもより表情が強張っているように思えた。
振り向くとライボルトは頷いた。
ローリーは作戦通りにマティルダを追い詰めていく。
違うと必死に訴えかけてはいるが、彼女の言い分など聞く必要はない。
証拠もあれば証人もいる。
そしてマティルダは小さな雷を落とした後に、自分の足で会場を去って行った。
(……本当にこれでよかったのか?)
一抹の不安が頭を過ぎる。
あんなにも追い出したいと思っていたはずなのに、何故かマティルダの優しい笑顔が頭にチラついた。
彼女が去っていった扉を見ながら考えていた。
そんな時、服の裾を引かれてローリーはシエナに視線を送る。
「ローリー殿下、どうかしたのですか?」
「いや……なんでもない。もう安心だな、シエナ」
「ローリー殿下のおかげです。フフッ……うまくいきましたねぇ」
「ああ、そうだな」
「これでぜーんぶ、私のものだわ。あの人が迎えにきてくれるまでもう少し」
「……?」
シエナの笑顔がいつもと違って見えたが特に気にすることはなかった。
ローリーはシエナが喜んでいるならそれでいいと思っていた。
(俺は、こんな風に人を愛することができたのか)
シエラのホワイトゴールドの髪をそっと撫でると心が満たされていく。
『悪』を排除したにも関わらず、周囲からは拍手喝采が起こることも祝いの声があがることもなかった。
シンと静まり返る会場に違和感を感じつつも、ローリーは声を上げた。
「さぁ、今日は楽しんでくれ!」
「…………」
そう言っても状況は変わることはなかった。
「まさか、こんなことって……」「これから大丈夫なの?」「ガルボルグ公爵がお許しになるはずはないわ」と、不安そうな声で溢れている。
誕生日パーティーというにはあまりにも重々しい空気だったが、ローリーやライボルト達は浮かれていて、そのことに気づくことはなかった。
そして先程こちらを睨んでいた令嬢達はマティルダに魔法を攻撃されていたにも関わらず、マティルダの味方をするように叫んでいる。
「マティルダ様にあんな仕打ちをして……!ローリー殿下にはバチが当たりますわ!」
「こんなことあんまりです。ローリー殿下、ライボルト様には失望いたしました!」
「そんな女に騙されている殿下達が哀れでなりませんわ!」
「この事実を知れば陛下達はがっかりなさるでしょう。わたくしはこのことを父に報告させていただきますから」
吐き捨てるようにして言った後に、婚約者を連れてその場から去って行ってしまった。
二部には国中の貴族が集まる予定で、そこですぐにでもシエナとの婚約を発表したいと思っていた。
シエナにはサプライズのつもりで黙っていた。
レデュラ男爵には報告済みでとても喜んでくれていた。
妙な空気のまま一部は幕を閉じた。




