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今日、ローリーは婚約者に別れを告げた。
ローリーの怒号を無視して扉へと歩いて向かうマティルダ・ガルボルグは多少の抵抗はあったものの、あっさりと会場を去って行った。
『皆様、ごきげんよう』
そんな言葉を残して……。
幼い頃から城に出入りしている彼女のことはよく知っていた。
金色の髪と橙色の瞳はギラギラと輝いていた。
高飛車でプライドが高いマティルダに昔から苦手意識があった。
しかし魔法の力は強く、何においても彼女は優秀だった。
それはガルボルグ公爵に厳しく躾けられているからだろうとすぐにわかった。
マティルダは家柄、魔法の力と共に王太子の婚約者として申し分ないだろうと言われていた。
将来の結婚相手として意識することはあっても自分から話しかけることはなかった。
それは向こうも同じ。こちらに全く興味はないとでも言うように彼女は近づいても来なければ、他の令嬢達のように媚を売ることもない。
互いの距離感は何も変わらないままだった。
そんなある日、マティルダは人が変わったように、にこやかに話しかけてくることが増えた。
正直に言えば、感じるのは困惑だった。
今更、マティルダに普通に接することが恥ずかしいと感じていた。
なによりここで屈してしまえば負けたような気分になった。
そんな理由からマティルダに辛く当たっていたが、彼女は表情を崩すことはなかった。
ならこのままでいい……そう思った。
そして何故かマティルダは頑張ってこの婚約を阻止しようと動いていたようだが、ローリーはそれが成功するわけがないと半ば諦めた気持ちでいた。
今回、王家では雷魔法を使える子供が生まれなかったのもそうだが、両親は優秀なマティルダを気に入っており、他の令嬢に見向きもしていない。
(抵抗しても無駄なのに……馬鹿な奴だ)
自分達は決まった道の上を歩いていくことだけしかできないし、そこにローリーの意思は関係ない。
幼い頃にそう学んでいたローリーは足掻いて逆らうことは無駄だと知っていた。
だからこそ、マティルダが己の運命に争おうとするのをみていると滑稽に思えるのと同時に感じたことのない苛立ちに襲われていた。
しかし彼女はめげるどころか、前へ前へと進もうとしている。
身分関係なく令嬢や令息達と仲良くして、周囲に気を配り、父や母の役に立とうとしている姿を見ていた。
兄であるライボルトとの仲は微妙らしいが、懸命に自分の有用性を証明しようとしているように思えた。
それが次第に目障りだと思うようになり、それはライボルトも同じ気持ちだと気づいた。
結局、マティルダとの婚約が決まった。
彼女の努力は報われるどころか、ローリーが思っていた通り全て無駄になった。
それなのに諦めるどころか、めげずに何度も立ちあがろうとする。
最近では魔法を高めるためにガルボルグ公爵に講師を頼んでおり、もう教えることはないと言われているそうだ。
何故彼女がそんなに頑張っているのかが、理解できないのと同時に、沸々と怒りのような感情が湧いてくることに気づいた。
以前は学ぼうともしなかった魔法をマティルダは積極的に取り入れようとしている。
(一体、何をするつもりだ!?俺への当てつけなのか!?)
それにガルボルグ公爵やライボルトがやっていた城での仕事も手伝うようになり、ますます評価を上げていく。
「ローリー殿下、ごきげんよう!今日もいい天気ですね」
いつも明るく、優しく、健気を装うマティルダを躱すことが辛くなっていった頃、学園に入学していた。
色のない日々を過ごしていたローリーの前に、突如として光が差し込んだ。
それが学園に入学してきた男爵令嬢シエナ・レデュラだった。




