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マティルダが目を閉じたタイミングで大きなお腹の音がぐぅ…と鳴った。
あまりの恥ずかしさに「ごめんなさい」とベンジャミンの肩を押さえながら体を離す。
すると彼は珍しく不満そうに眉を顰めながらこちらを見ている。
「今のはキスをする流れじゃ……」
「……!」
「今のはキスを……」
「わー!わー!わーっ!!!」
背伸びをしながらベンジャミンの口元を塞いだ。
確かに今はそのタイミングかもしれないと思っていたが、改めて言葉にされると恥ずかしい。
「ベ、ベンジャミン様!お腹が空いていませんか!?」
「……………」
「夕食の用意ができてますよ!早く食べましょう!」
「わかった。マティルダの料理は全て美味しいから嬉しいよ」
「そう言っていただけて嬉しいです」
ベンジャミンの言葉がじんわりと心に染みた。
マティルダになってからは身近な人に褒められたり認められることは殆どなかった。
マティルダになってからは断罪回避に忙しくし
しかしこんな風に過ごせる日が来るのならば、マティルダに転生して悪くなかったと思えた。
「いつもありがとう、マティルダ。こんな風に幸せな気持ちになれるのはマティルダのお陰だ」
「~~~っ!」
ベンジャミンは優しく微笑んでいる。
しかしイケメンの破壊力はひとたまりもない。耐性がなければ尚更だ。
マティルダは両手で真っ赤になった顔を覆った。
「なんで顔を隠すの?」と不満そうな声が聞こえてくる。
幸せを噛み締めつつも、今日もベンジャミンと共に楽しい夕食とお腹いっぱいになるまで甘いものを食べたマティルダは食べ過ぎてはち切れそうなお腹を押さえながら自室で横になった。
先程も「そろそろ一緒に寝ない?」とベンジャミンにお願いされたが「心の準備が……」とついつい反射的に断ってしまった。
「何もしないで寝るだけだよ?」
「わかってます……!」
「まだ恥ずかしい?」
「恥ずかしいというか、なんというか……」
モジモジと煮え切らない態度を取るマティルダにベンジャミンはいつも優しくしてくれる。
「そんな顔しないで?マティルダを困らせたいんじゃないんだよ。ごめんね」
「あっ……」
「おやすみ、マティルダ」
マティルダの頬にキスして、ベンジャミンは自室に戻ってしまった。
初日に一緒にお昼寝したものの、あんなに美しい顔が常に間近にあったらどうなってしまうのだろうか。
(落ち着きなさい、マティルダッ!美人も三日までと言うでしょう?要は慣れ!慣れなのよ……!)
毎晩そう言い聞かせてはいるが、あっという間に一カ月経ってしまっている。
ふわふわなクッションを握りしめながらポツリと本音が溢れた。
「もう少し押してくれたら、わたくしだって……」
ベンジャミンはマティルダが嫌がることを絶対にしない。
しかし時には少し強引なくらいに押してほしい時もある。
我儘を言っているとわかってはいるが、嫌だと言っても一歩踏み出せなくて察してほしい複雑な乙女心である。
断り続けているせいか、なかなか一緒に眠るタイミングを逃してしまっていた。
トニトルスにも相談しているが『めんどくさい女。言えばいいでしょう?』とハッキリと言われて、ぐうの音も出なかった。
(いきなり毎日は無理だからお試しでやりましょう、って言えばいいのかしら。前みたいにお昼寝から試してみるのもいいかもしれないわ……!よし、この作戦でいきましょう!でも、ベンジャミン様に呆れられてしまうかしら)
悶々と考えていたマティルダだったが、グッと気合を入れるように手のひらを握り込んだ。
明日はベンジャミンの期待に応えるためにも勇気を出して一歩踏み出そうと決めて、マティルダは眠りについたのだった。
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