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目を擦りながら窓を見ると、すっかり陽が沈んで暗くなっている。
「マティルダ、よく眠れた?」
「べ、ベンジャミン様、いつ帰ってきたのですか!?」
「……いつだっかな?」
「声を掛けて下さればよかったのに!」
トニトルスの姿もなくなっていて、部屋にはぼんやりと蝋燭のような灯りが浮かんでいた。
「気持ちよさそうに寝ているから起こせなかったんだ」
「次からは見ていないで、ちゃんと起こしてくださいね!」
「わかったよ。ごめんね。つい、寝顔が可愛くて……」
「もうっ……!恥ずかしいので見ないでください」
マティルダは口端に涎がついていないか手を伸ばすが、そんな気持ちを見越したようにベンジャミンが「たとえよだれが出ていても可愛いから大丈夫だよ」と言って立ち上がる。
そしてマティルダの元に白い箱と茶色の袋を持ってくる。
ベンジャミンは中身を取り出すと綺麗にラッピングされた紅茶の茶葉が見えた。
「マティルダのために甘いものと紅茶を買ってきたよ」
「わぁ……!ありがとうございます」
箱を開けるとこれでもかと敷き詰められているケーキやクッキーがあった。
どれも美味しそうではあるが、明らかに二人でも食べきれない量である。
そしてマティルダの予想によれば……。
「これはベンジャミン様の分も含まれてますよね?」
「いいや、全部マティルダのだよ」
やはりマティルダの予想は当たったようだ。
「一人では食べきれませんわ!」
「甘いもの好きだろう?」
「限度があります……!こんなにたくさん買っても食べきれません!ベンジャミン様は甘いものが得意ではないのですから、次から少しずつ買ってきてくださいね!?残してしまったらもったいないですし、作ってくださった人にも申し訳ないです!」
テーブルに箱を置いてマティルがそう言うと、ベンジャミンは大きく目を見開いて固まっている。
それを見たマティルダはハッとする。
買ってもらっているにも関わらず、大きな態度を取ってしまったことに気づいたマティルダは瞬時に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!偉そうなことを言ってしまって……!もちろん嬉しいと思ってますし、ありがたいと思っていますが、残すのは良心が痛むというか、もったいないおばけというものがおりまして……!」
マティルダの言葉の途中で、上から覆い被さってくる影と重み。
ベンジャミンに抱きつかれていることに気づいて、マティルダは状況がわからないまま、なんとなく背に手を回した。
するとベンジャミンは少しだけ体を起こすと、マティルダの髪を優しく梳くようにしてこちらを見つめながら小さく呟いた。
「次からはマティルダの言う通り、気をつけるよ」
「ベンジャミン様……ありがとうございます。わたくしも気をつけますね」
「いいや、マティルダはこのままでいい……このままでいてほしいんだ」
「え……?」
「だめかな?」
「ダメ、ではないですけど……」
「ありがとう、マティルダ。こんな気持ち初めてだ」
「???」
何故そんなにベンジャミンが怒られるのが好きなのかと疑問に思ったが、ベンジャミンはご機嫌である。
くるくるとマティルダの髪で遊んでいるベンジャミンを観察していたが、至近距離で目が合う。
紫色の瞳が細まるのをじっと見ていると形のいい唇が動く。
「なんだかこの距離感って、夫婦って感じだよね」
「───!?」
改めて言われると恥ずかしくなり息を止める。
顔を胸に寄せてベンジャミンから見えないようにすると、マティルダの頬を大きな手のひらが包み込むようにして、距離が近づいてくる。




