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積極的なベンジャミンに比べて、前世の記憶を含めて恋愛経験がほぼないマティルダは顔が近づくたびに過剰な反応を返していた。
呆れられてしまうと思っていたが、ベンジャミンはマティルダがウブな反応を返すたびに「可愛い」と言って喜んでいる。
ベンジャミンにはローリーとの関係を問われたことがあった。
「あの王太子とは何もなかったんだよね?」
「……そ、それは」
「僕がマティルダの初めてじゃないの?」
「~~~っ!」
「マティルダ?」
「そうです!全部、ベンジャミン様が初めてですからっ!」
どうやらローリーとの関係が気になっていたようだが、マティルダの努力虚しくローリーにはずっと距離を空けられていたため、婚約者というのは名ばかりでむしろ友人よりも遠い関係だった。
「よかった……なんだか嬉しいな」
「……!」
「これからもマティルダのペースに合わせるよ。いきなり襲ったりしないから安心して」
「と、当然です……!」
「今日も可愛いね、マティルダ」
ベンジャミンは言葉通り、手を繋いだり頬にキスをしたりと順調に距離を縮めている。
そして日が経つ度にベンジャミンに惹かれていくことに気づいて、我ながらチョロいと思いつつも夢のような時間を過ごしている。
今までマティルダとして頑張ってきたご褒美なのだろうか。
『もし願いが叶うなら、生まれ変わって美人になってお金持ちになりたいし、社畜にならないでイケメンと幸せに暮らせたらいいかも~!それから魔法なんか使えちゃったりしたら最高なんですけど!!!!』
マティルダになる前に願ったことが、少々遠回りではあったがバッチリ叶っているではないか。
(赤い光の神様……ありがとうございます)
マティルダは祈るように手を合わせた。
(まさかベンジャミン様とこんな関係になるなんて、あの時には思いもしなかったけど……今は感謝しています)
黒いウサギの仮面をつけた変わった人。
それがベンジャミンの最初の印象だった。
会話は空中に浮かぶ文字だけで、声も顔も知らない。
だけど忙しなくどこか寂しい日々の中で彼が癒しになり、本当の姿を曝け出せる唯一の場所になっていたのは間違いない。
(まさか仮面の下がこんなにイケメンで、お喋りだとは思わなかったけど……)
ベンジャミンはたまに好奇心旺盛な子供のようにも見える。
魔法のことはブルカリック王国の魔法講師達や専門家よりもずっと詳しいのに、人間関係においてはどこかズレている。
しかしマティルダに好かれたい一心で、ベンジャミンは町で恋愛小説や役立ちそうな本を買ってきて読み漁ってはマティルダに『コレ、実践しよう』と言ってくる。
いつもは可愛くて、たまに男らしくて……と考えてマティルダはブンブンと首を横に振った。
照れて赤くなっている頬を押さえつつもニヤニヤしていると、窓の外から『なに一人でニヤニヤしてんのよ』という厳しい声と共にバサバサと紫色の羽が舞った。
「トニトルス……!おかえりなさい」
『相変わらずヘラヘラしているのねぇ』
「えへへ」
『褒めてないわよ!ベンジャミンはまた買い物?』
「えぇ、そうよ」
『それよりも今回は隣国まで行って疲れちゃったわ!お腹も空いたし……』
「最近トニトルスがいなくて力を使わないからムズムズしちゃって……!定期的に帰ってきてくれるから助かるわ」
『当たり前でしょう?』
この口の悪い鳥はトニトルスという名前で、羽が薄紫色で光の加減によって金色に輝いてみえる。
胸元は白いフサフサに覆われていて、その気持ちよさそうな羽を撫でようとしても、触るなと言わんばかりに嘴で突かれてしまう。




